第9話 姫騎士の告白
スポーツドリンクとゼリー飲料で人心地ついたアラーナは、再びベッドに身を委ねた。
それから彼女は黙り込み、陽一のほうを見なくなった。
修復済みの服を着るかどうか、ということに関してはふたりとも忘れてしまっていた。
「なぁ、ヨーイチ殿」
しばらく虚空を眺めていたアラーナが、ふいに口を開いた。
「ん?」
「昨夜は、どなたが私の世話をしてくれたのだろうか」
「それは……、知り合いの女性に頼んで――」
「知り合い、というのはどの程度の? 恋仲の女性か?」
「――え?」
先ほどまでぼんやりとしていた姫騎士の視線が、しっかりと陽一を捉えていた。
「いや、その……、なんというか……」
「声がな……、聞こえておったのだ……」
「あー……」
リビングと寝室を隔てる壁はそれほど厚くないうえに、昨夜の花梨はかなり乱れていた。
アラーナの意識は断続的に戻っていたので、リビングでの声や音はもちろん聞こえていただろう。
「淫魔の媚薬が見せた夢ではないかと思っていたのだが、先ほど私の身体を拭く手つきが違っていたのでな……」
「そっか……。それは、ごめん」
「いや、べつに責めるつもりはないのだ。礼を言わねばならん身であるしな」
そう言って視線を逸らしたアラーナの顔が、徐々に赤みを増していく。
少しずつ呼吸も荒くなっているようだった。
もしかして体調が再び崩れたのではないかと心配し始めた陽一を、再びアラーナの視線が捉えた。
今度はなにか意を決したような表情であり、ほどなく姫騎士は口を開いた。
「と、ところで、礼といえば……」
「ん?」
「私は……魅力のない女だろうか?」
「はい!?」
魅力がないどころか、その美貌と肢体に幾度も理性を失いそうになった陽一である。
むしろ魅力過多と言ってもいいだろう。
「いや、なに言ってんの?」
「その、ヨーイチ殿は……、私の提案を聞き入れてくれなかっただろう?」
アラーナが少し悔しそうな表情を浮かべた。
「私という、無抵抗の女を目の前にしながら、ヨーイチ殿は恋仲の女性を呼びつけて」
「いや、あれは呼びつけたわけじゃ――」
「私には抱く価値もないということだろうか?」
「――いや、そうじゃないって!!」
「しかし、ヨーイチ殿は抱いてほしいという私の要望を受け入れてくれてくれなかったではないか」
「それは、あのときのアラーナさんはまともな状態じゃなかったからであって、決してあなたに魅力がないなんてことはない」
「本当に……?」
「もちろん。顔はいままでで会ったことないくらいの美人だし、肌はすべすべで真っ白だし、胸は大きいし、スタイルはいいし、はっきり言ってこんな魅力的な人を俺は見たことないよ?」
言われているうちに姫騎士の顔がどんどん赤くなっていく。
「では……、いまなら抱いてくれるか?」
「え?」
アラーナは顔を赤らめ、目を潤ませながら切なげな表情を陽一に向けた。
「あのときはまともな状態じゃなかったというが、いまはどうだろう?」
「う……」
「もう、媚薬の効果は切れていると思う」
それは陽一も【鑑定+】で確認しているので間違いはない。
「少なくとも私の思考は正常だと自覚している。そのうえで抱いてほしいと言えば、あなたは応えてくれるだろうか?」
「……どうしたんだい、急に?」
その問いかけに、アラーナは眉をひそめ、口をわなわなと震えさせた。
「わからないよっ……!!」
そして突然叫んだあと、アラーナは自由に動く体幹の力を使ってなんとか寝返りをうち、陽一に背を向けて身を縮めた。
「私にも、よくわからないんだ……。なんで私は会って間もない男性に抱いてくれなどと……」
陽一に向けられた姫騎士の背中は、わずかに震えているように見えた。
「昨夜、朦朧とした意識の中で女性の嬌声が聞こえたとき、胸が締めつけられるようだった。なぜなのかはよくわからない……」
「アラーナさん……」
「今朝起きて、ヨーイチ殿の顔を見たとき、ドクンと胸が高鳴るのを感じた。なぜなのかはよくわからない……」
アラーナの声が震え始め、鼻をすするような音が混じり始めた。
「ふぐ……。さっきヨーイチ殿に身体を見られたとき……、恥ずかしいと思うより……もっと見てほしいと思ってしまった……! うぅ……!! これは……、この気持ちはなに……?」
囚われ、身体の自由を奪われ、媚薬によって正気を失いかけてなお凛々しいと感じていた姫騎士の背中が、陽一にはとても小さく見えた。
「……ひとりにして」
「え?」
「手も足も動かない、自分を慰めることもできない状態で、たとえ1秒でもあなたのそばにいるのはつらい……」
陽一は思う。
彼女のそれは一時の気の迷いであろうと。
身体の自由を奪われ、媚薬で朦朧とし、そんな状態で危機を救われた。
(そりゃ錯覚してもしょうがないだろう)
しかし女性にここまで言わせて
そもそも陽一はひと目見たときから姫騎士と呼ばれたこの女性に惹かれていた。
いや、陽一に限らず男なら誰でも憧れるだろう。
彼女は人生をかけてでも一度はお相手願いたいと考えるだけの容姿を備えているのだ。
そんな女性から言い寄られているにも関わらず、陽一が彼女を拒絶しているのはなぜか。
――かっこつけているだけである。
“女の人の弱みにつけ込まない紳士な俺かっけー”とでもいったところか。
まぁ、女性にここまで言わせてしまう時点で紳士でもなんでもないのだが。
(こりゃカッコつけてる場合じゃねぇな)
昨夜花梨がきてくれたおかげで少しは落ち着いていたが、先ほどアラーナの身体を見てからはずっと興奮したままだった。
陽一は服を脱いぐと、アラーナにかけてあった布団を勢いよく引き剥がした。
「ひぃあっ!?」
突然布団を剥がされた姫騎士が、情けない悲鳴を上げるも、陽一は気にせず彼女の肩に手をかけ、ごろんところがして仰向けにした。
「え? あ……ヨーイチどの?」
「あなたを見たときから抱きたいと思っていたんだよ、俺は。でも我慢してたんだ」
「あ……う……」
「でもあなたが……、アラーナさんが抱いてほしいってんなら、俺はもう我慢しないからな」
「……我慢など、最初からする必要はなかったのだ」
「そう。いまさらあと戻りはできないからな」
「ふ、ふふん……! 望むところだ」
目に怯えをたたえながら、アラーナがぎこちなく口角を上げる。
自分では不敵な笑みを浮かべたつもりなのか、その不自然に強がったような表情が、とても、かわいらしく感じられた。
陽一は姫騎士にまたがるように膝をついて覆いかぶさり、彼女に顔を近づけた。
鼻と鼻が触れ合うほどに顔を近づけると、アラーナの熱い吐息が顔にかかる。
ここにきて覚悟が決まったのか、彼女は目を閉じ、わずかに顎を上げた。
その姿に陽一は微笑み、そのまま唇を重ねる。
固く閉じられたアラーナの唇を、ついばむように何度も咥え、優しく舌でなぞってやった。
しばらくそうやって浅いキスを続けるうちにアラーナの緊張はほどけてきたのか、わずかに唇が開いた。
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