第8話 姫騎士の目覚め
花梨を見送ったあと、シャワーを浴びた陽一は、少し緊張しながら寝室のドアを開けた。
昨夜のような匂いは充満しておらず、ひとまず陽一はほっとひと息ついた。
顔を見る限り汗はある程度引いているし、寝顔も穏やかで、布団に手を入れて肩のあたりを触ってみたが、体温も落ち着いていて汗ばんだ様子はなかった。
花梨のおかげもあって、陽一もいまは落ち着いている。
まだ姫騎士が起きる気配はなさそうなので、陽一はひとまず【無限収納+】に入れた彼女の装備品を確認した。
鎧に関しては特に問題ないが、服のほうは残念なことになっている。
無残に切り裂かれ、使い物にならなくなっているのだが――、
(これ、メンテナンス機能で直らないかな…………って直んのかよ!!)
修復された服を取り出してみると、切り裂かれたインナーや、ワンピースの留め具の部分が元に戻っていた。
【無限収納+】のメンテナンス機能だが、欠損部分の再生はできないものの、切れたり破れたりあるいは折れたりしたものは、分子レベルでの修復が可能だったりする。
そこまでの性能を無論、陽一は理解していないのだが。
今回の場合はただナイフで切り裂かれていただけなので、問題なく修復できたのだった。
(とりあえず見えるところにおいておくか)
もし自分が目を離した隙に彼女が目覚めた場合でも、彼女自身の所持品が目につくところにおいてあれば安心するだろうと思い、ベッド脇にバーベキュー用のテーブルを取り出した陽一は、その上に鎧と衣服を置いて寝室を出た。
「あー、結局また戻ってきちゃったなぁ」
リビングに戻った陽一は、自分の部屋を見回しながらいまさらにそんなことを呟いていた。
勢い込んで出発した異世界冒険だったが、1日半で中断されたのだった。
「とりあえずメシでも……、いや、掃除が先か……」
リビングのソファ周りを見て陽一は脱力した。
とりあえずいろいろと汚れてしまったソファやテーブル、カーペットなどを【無限収納+】にいれ、床や壁を手早く拭いたあと、メンテナンス機能で綺麗になった収納物を再配置し、買っておいた弁当で手早く朝食を終えた。
その後ひと息ついて寝室に入ると、ちょうど姫騎士が目覚めたところだった。
「おはよう、動けるようになった?」
「んぅ……あぁ、なんとか」
そう言いながら姫騎士が上体を起こすと、布団がめくれ、その下にかけてあったバスタオルがはらりと落ち、その豊満な乳房が露わになった。
昨日はずっと仰向けだったのだが、起き上がった状態で見ると、それは想像以上に大きかった。
「……まだ手足は動かないようだ」
どうやら『全身拘束』の効果は切れたようだが、『四肢麻痺』の効果は残っているらしい。
一応鑑定した結果、『魔封』と『催淫』も効果が切れていたが、『四肢麻痺』が弱まり始めるまでまだ20時間ほどかかるようだ。
「その、すまないが……」
そう言って姫騎士が恥ずかしそうに自身の胸元に視線を落とした。
「ああ、ごめんごめん」
陽一は新しいバスタオルを取り出し、胸に巻いてやった。
「すまない、世話になる……」
「まぁ、これもなにかの縁だから」
「うむ……」
申し訳なさそうにうつむいていた姫騎士だったが、すぐに顔を上げ、昨日とはうって変わって
「自己紹介がまだだったな。私はアラーナ。冒険者だ」
「えっと、俺は陽一。庶民です」
名字持ちは貴族だけ、という設定が異世界ものにはよくあるので、姓を名乗るのは避けておいた。
「ヨーイチ……ヨーイチ殿か。うむ」
陽一の名を呟きながら何度か頷いていたアラーナが、少し落ち着いたところで寝室をキョロキョロを見回し始めた。
「庶民というわりには……ずいぶん立派なところに住んでいるようだが」
「まぁ、その辺はおいおい説明するよ」
「うむ。ああ、私の鎧……」
ひととおり部屋を見回したあと、アラーナはベッド近くの机の上に置かれていた白銀の鎧に気づいたようだ。
「おや、その服……」
「あ、直しといたよ。着る?」
「直した? あれはもう直しようもないほど切り裂かれていたように思うが」
「まぁ、そういうスキルを持ってるということで」
そう言った瞬間、姫騎士の視線が少し鋭くなったように感じられた。
「スキルか……。では転移もスキルなのかな?」
「ま、そんなとこ。ってかよくお気づきで」
「森の中にいたのが次の瞬間には屋内だったのだ。いくら意識が
「そりゃそうか」
「……で、じつのところヨーイチ殿は何者なのだ?」
「だからそういうのはあと回しでいいっしょ。とりあえず『四肢麻痺』が治るまで休んだほうがいいんじゃない?」
「……そうだな」
そこでアラーナの腹がグゥと鳴った。
「むぅ……」
姫騎士は恥ずかしげにうつむいた。
「あ、腹減ってるよね」
「その、ヨーイチどの……、昨日の美味しい飲み物をもらえないだろうか」
「あ、はいはい」
そう言って陽一はスポーツドリンクを【無限収納+】から取り出した。
「ヨーイチ殿は【収納】も使えるのだな」
「まぁね」
ペットボトルを開け飲ませてやる。
アラーナは500ミリリットルのスポーツドリンクを一気に飲み干した。
「んはぁ……、美味しいな。これはなんという飲み物だ?」
「スポーツドリンクだね」
「スポーツドリンク……ふむ、聞いたことはないな」
「あ、あとこれどうぞ」
陽一はパウチ入りのゼリー飲料を取り出し、ふたを開けて飲み口を咥えさせた。
アラーナは
「……うむ、これも美味しいな。ゼリーをあえて砕いて飲みやすくしているのか。面白いな」
(へぇ、ゼリーはあるのか。まぁ寒天とかゼラチンも随分昔っからあったっていうし、不思議じゃないか)
「あの……ヨーイチ殿……その、非常に申し上げにくいのだが……」
アラーナの視線が自身の身体に向く。
「あ、はい」
それから陽一は、アラーナの汗などを拭いてやった。
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