第7話 姫騎士を介護

 ベッドの上で眠る姫騎士は、女性であっても見惚みとれてしまうほど美しかった。


「で、この娘どうしたの?」


 そこで陽一は、彼女が悪漢に襲われていたところを助けたこと、ドラッグ――媚薬のことはそう説明した――の影響でまともな状態ではないということ、どうやらわけありのようで警察には頼れないことを説明した。


「はぁー……。なんでアンタがそんな厄介事を……」


 かなり穴のある説明だったが、花梨は特に陽一を追及するようなことはなかった。

 というか、花梨であればある程度無理のある状況であっても、見過ごしてくれるだろうという打算が陽一にはあったのだった。


「そう。じゃああたしはこの娘の世話をすればいいわけ?」

「……いいのか?」

「いいも悪いも、ほっといたらアンタこの娘のこと襲っちゃうでしょうが!!」

「…………はい」


 どうやらお見通しのようである。


「ったく……。で、なにすればいいの?」

「えっと、とりあえずドラッグを抜く必要があるから、汗とかいろいろ出してもらって、それを拭いてあげる感じかな」

「わかった」


 陽一は大量のバスタオルとスポーツドリンクを用意し、花梨に託した。


「じゃ、あとはあたしがやっとくから、アンタは出てって」

「お、おう」


 姫騎士にかけられた布団をめくった花梨が、甲斐甲斐かいがいしくその身体を拭いていく。

 そんな寝室の様子を想像し、鼻息を荒くしながら、陽一は気を紛らわせるようにスマートフォンをいじって時間を潰していた。

 花梨が寝室に残っておよそ20分経ったころ、寝室のドアがガチャリと開いた。

 開かれた扉からは淫猥な匂いとともに、花梨がわずかにふらつきながら姿を現わす。


「おう、おつかれ」

「うん……」


 花梨の様子がどこかおかしいと感じた陽一は、ソファから立ち上がる。

 そして花梨のほうへ歩み寄ると――、


「んむっ……!!」


 陽一に駆け寄った花梨が突然唇を重ねてきたのだった。

 そして唇が重なるのとほぼ同時に、花梨は陽一の頭に手を回して逃げ道をさえぎるように抱え、舌を貪り始めた。

 姫騎士の世話と変な想像のせいでかなり興奮していた陽一は、多少戸惑いながらも花梨を受け入れた。


○●○●


「ごめん……」

「いいよ。それより、どうしたんだよ、急に」


 行為を終えて少し冷静になったのか、花梨は少し恥ずかしげにうつむいた。


「あのね……、あの娘のお世話してたら……、なんていうか、こう……ムラムラきちゃって……。匂いのせいかな……?」

「あー、そうかも」


 姫騎士が粘膜から吸収した媚薬が、汗などの体液とともに排出され、それが気化した可能性はある。

 その媚薬混じりの空気を吸った花梨が軽い催淫状態に入ったとしてもおかしくはない。

 まだ陽一の首に腕を絡めたままの花梨が、さらにぐっと抱きついて彼の胸に顔を埋めた。


「どうしよ……、あと何回かお世話したほうがいいんだろうけど……」


 そこまで言ったあと、花梨は顔を上げ、潤んだ目を陽一に向けた。


「また、変な気分になっちゃうよ……」


 結局そのあと、花梨が姫騎士の世話をして部屋から出るたびに、ふたりは何度も求め合うのだった。


○●○●


「あ、やばい。飛行機の時間……」


 明け方近くになったころ、花梨が思い出したように呟いた。


「飛行機?」

「うん。明日……ってか、今日か……。また出張なんだわ」

「そうなんだ」

「ん……。ホントはそれ伝えにきたんだよね……」

「そっか。それ伝えるためだけにわざわざ……?」

「んもぅ。そこは察しなさいよ」


 電話で伝えれば済むものを、わざわざ訪ねてくるということはそういうことである。


「ごめん……」

「ふふ……でも、こんなことになるとはねぇ……」


 花梨は自身の身体を自嘲気味に眺めた。


「ごめん、歯止めがきかなくて……」

「ううん。どっちかっていうと、求めたのはあたしのほうだし」


 そう言いながら花梨はゆっくりと立ち上がった。


「でも、ひと晩中がんばったわりには、元気ねぇ」


 花梨はストレッチのように身体を軽くひねりながら、そう呟いた。


「さてと。シャワー借りるね」

「おう」


 花梨がシャワーを浴び始めたのを確認したあと、陽一は花梨の衣類を手に取った。


「うへぇ……ドロッドロだな……」


 最終的にお互い裸にはなったが、最初のうちは服を着たままだっただ。

 陽一はそれらを一度【無限収納+】に入れ、綺麗にしたあとバスルームへ向かった。


「服、綺麗にしといたからここに置いとくね」

「え……? あ、はーい」


 花梨の衣類を脱衣所に置いたあと、陽一は洗面所でタオルを濡らし、とりあえず身体全体を拭いたうえで、ジャージに着替えた。

 しばらくすると、シャワーを終えた花梨が昨日と同じ格好で、濡れた頭にタオルをかぶったままリビングへ戻ってきた。


「ねぇ、服がちゃんと綺麗になってるんだけど、洗濯したにしては早すぎない?」

「ん? まぁ、いいマンションにはいろいろあるってことで」


 これに関しては怪しまれることもわかっていたが、かといってあんなドロドロの服を着せるわけにもいかないので、陽一はあえてスキルを使った。


「ふーん……」


 スーツを着込んだ花梨が、ジトリと半目で睨んでくる。


「いや、あのさ……、まだ早朝で人は少ないけど、あんなドロドロの服を着て帰るわけにもいかないだろ?」

「……あたしは、ジャージとか借りるつもりだったんだけどねぇ」

「あ……その手が……」

「ふふ。ま、いいけどね。ありがと」


 ひとしきり陽一がうろたえるのを見て満足したのか、花梨はニッコリと微笑んだ。


「じゃ、時間ないし、あたしいくね」


 飛行機のことを考えると、一度帰って少し準備するくらいの時間はあるが、ここでゆっくりと時間を潰すほどの余裕はない。


「そっか。頑張ってな」

「うん」


 軽い足取りで玄関へと向かう花梨のあとについて、陽一はそこまで見送ることにした。


「ねぇ、陽一?」

「ん?」


 玄関で靴を履きながら、陽一に背を向けたままの花梨が訊ねてくる。


「いつか、ちゃんと話してくれる……?」

「え……?」


 呆然と立ち尽くす陽一を尻目に、花梨は靴を履き終えると、くると振り返った。

 そして、なんと答えるべきか迷っている陽一に顔を近づけ、そのまま軽く唇を重ねた。


「じゃ、いってくるね」

「お、おう……、いってらっしゃい」

「んふふ……。なんかいいねこういうのって……」


 そんな言葉とは裏腹に、花梨は少しさみしげに目を伏せたあと、陽一とは目を合わせずそのまま玄関を出ていった。


「……どうすっかな」


 花梨を見送ったあとしばらく玄関に突っ立っていた陽一は、あいかわらずなんともいえない情けない表情のまま呟き、ポリポリと頭をかいた。

 スキルや異世界のことを、いずれ花梨には打ち明けたほうがいいのだろうか。

 そんなことをぼんやりと考えながら……。

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