第4話 話せばわかる作戦

 陽一の声に、3人の男が驚いたように振り向いた。

 ローブの男は慌てて立ち上がり、軽鎧の男は咄嗟とっさに剣を構える。

 そして革鎧の男は腰に下げたナイフを陽一に向かって投げた。


 ガイィンと、少々間抜けな音とともに、ナイフは透明な盾に弾かれた。


 革鎧の男が陽一に気づいた瞬間、攻撃の意思を【鑑定+】で確認できたので、ポリカーボネート製の円盾を【無限収納+】から取り出したのだ。

 装備したままの状態で【無限収納+】に収めておくと、取り出したときに即時装備しやすいことがわかっており、盾を含む防具の手早い着脱の練習を積んでいた。


(ふぃー、あぶねぇ……)

「ほう、【収納】持ちか」


 軽鎧の男が剣を構えたまま感心したように呟く。


「そうか、そりゃ便利そうだな。おい、魔道具なら置いていけ。スキルならそこでじっとしていろ」


 おそらく後半は陽一に向けたであろう言葉を革鎧の男が投げかけると、ローブの男が口を挟む。


「魔道具特有の魔力の流れはなかったですね。たぶんスキルのほうでしょう」

「そうか、じゃあ荷運びポーターとして使ってやるからそこでじっとしてな」


 自分のことを話しているのであろうことを理解しながらも、陽一は少し冷めたような視線を革鎧の男に向けていた。


「おい、聞いているか」


 陽一はその言葉を無視して軽鎧の男へ視線を向けた。


「そんなことより俺の話を聞いてくれませんかね、デリック・メルナーさん?」


 その言葉に、軽鎧の男がビクン、と反応する。


「貴様……何者だ……?」

「むしろそれはこちらのセリフですよ」

「なに?」

「いえ、あなた方が何者かは知っているんですがね、こんなところでなにをしているのかを聞きたいわけですよ。例えば魔術士の名門であるミード子爵家の長男ファレルさんが、こんな森の奥で無抵抗な女性を囲んでなにをしているのかと」


 今度はローブの男が驚いたように顔を上げた。


「コルボーン伯爵の依頼をベラジール子爵家の執事を通じてそこのゲンベルとかいう小悪党が受けたのまでは理解できるのですが、王都騎士団入り間違いなしのデリック・メルナー次期男爵と、宮廷魔道士として将来が約束されているファレル・ミード次期子爵がなぜこんなことをしておられるのでしょうかねぇ?」


 ファレルと呼ばれたローブの男とデリックと呼ばれた軽鎧の男の顔が青くなる。


「おい、なにごちゃごちゃしゃべらせてんだ? さっさと始末しろよ。こっちはこっちでやらせてもらうからよ」


 陽一の存在を不審に思った革鎧の男ゲンベルは、状況がある程度明らかになるまで自重していたが、媚薬の効果で我慢できなくなったのか腰を押し進めようとした。


「いいんですか、あれ? やっちゃったらもう取り返しはつきませんよ?」


 その言葉に、デリックが慌ててゲンベルの肩をつかむ。


「な、てめなにしやが――」


 そしてゲンベルの抗議を無視し、デリックは力任せに男を引き倒して胸を踏みつけた。


「ぐぇ……。バ、バカヤロウ! んな奴はさっさと始末すりゃいいじゃねぇか! バレなきゃいいんだろうがバレなきゃよぉ」


 ファレルとデリックが目配せし、うなずく。

 デリックは念のためゲンベルを軽く踏みつけたまま剣を構えて陽一を警戒し、ファレルが魔術を使うべく手をかざした。


「えーっと、そんな男の言葉を聞いちゃっていいんですか? そいつはただやりたいだけですよ」


 陽一はゲンベルが催淫状態にあることを確認していたため、説得の対象をファレルとデリックに絞っていたのだった。


「俺ひとりでこれだけのことを調べられると思います? 俺がしばらく経って帰らなければ……、計画は実行されたと判断されるでしょうねぇ」


 ファレルとデリックが怯む。


「あ、そうそうデリックさんのところのミリアちゃんは、確か今年で10歳でしたっけ? 父親が女性に対して集団で乱暴を働くような男だと知れ渡ったら、来年から通い始める幼年学校はさぞ居心地が悪くなるでしょうねぇ。いや、もしかすると具体的な嫌がらせがあるかもしれませんよ? そちらの女性がされそうになったような」

「なっ……!?」

「ファレルさんも大丈夫ですか? 婚約者のオルタンスさんの父君、オズルード伯爵は高潔な方だと聞き及んでおりますが。四女とはいえ相手は伯爵家の娘。嫁がせるにふさわしくないと判断され、婚約破棄などされようものなら、この先ミード子爵家はどうなるんでしょうねぇ? あ、優秀な弟君がいらっしゃるから大丈夫か!」

「ぐっ……」


 【鑑定+】を使って相手の素性や生い立ちを調べあげ、交渉材料をそろえたうえで真摯に説得・・する。

 これこそが、陽一の考えた『話せばわかる作戦』である。


「そちらの女性は俺が保護しますよ。おふたりはゲンベルとかいうトチ狂った小悪党の凶行をすんでのところで止めていただいたわけですし、あとはその男を捕縛して連行してください。それでこの件は解決じゃないでしょうか?」

「そ、そうだね……」

「うむ。危ないところだったな」


 どうやらデリックとファレルは陽一の説得に応じてくれるようだ。


「てめぇらっ! ふざけんじゃねぇぞっ!! その足をどけろぉ! 早く……早く姫騎士を――っ!!」


 いままさに仲間が自分を売って助かろうとしていることなど気にもとめず、ゲンベルは喚き散らした。

 どうやら媚薬が効きすぎているようで、その様子を見たファレルとデリックは逆に冷静になることができたようだ。


 ジタバタと暴れるゲンベルのもとにファレルがしゃがみ込み、腰に差していた短い木の枝のような杖で頭を小突いた。

 すると、ゲンベルは嘘のようにおとなしくなり、そのまま気を失った。

 どうやら魔術を使って昏倒させたようだ。


「で、では我々はこれにて……」

「あの、み、みなさんによろしく」


 青い顔のまま媚びるような表情で陽一に頭を下げると、ファレルとデリックは気絶したベンゲルをマントで簀巻すまきにして担ぎ、文字通り逃げるように去っていった。


「ふぅ……。なんとか切り抜けられたか……」


 陽一は大きく息を吐いたあと、思い出したように姫騎士と呼ばれていた女性のほうを向いた。

 男たちのことは細かく調べた陽一だったが、被害者と思われるこの姫騎士については一切調べていない。

 男たちを調べるに当たっても、彼女の個人情報はなるべく伏せるよう、設定していたのだった。


(こ、これは……)


 姫騎士を見た陽一は、思わず息を呑む。


(も、申し訳ねぇ……!! しかしなんちゅうエロい格好だ……)


 銀色のきれいな髪をもつその女性の容姿は、いままで見たこともないくらい美しかった。

 その女性は息を荒らげ、うつろな瞳で陽一を見ていた。

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