第3話 異世界サバイバル

 陽一よういちはジャナの森を迷いなく歩いていた。

 そこは某樹海のごとく、数メートル歩いて振り返ればもう見覚えのない景色となるほど鬱蒼と茂った森だった。

 訓練であれば適当に歩いて魔物を倒したあと、遭難しようとも【帰還+】で帰ればいいのだが、今回は明確な目的地がある。


 ホームポイント1から東に向かったところにある、おそらくは町であろう場所。

 下手に歩けば明後日の方向へと向かってしまう可能性もある。

 いざとなれば【帰還+】でいつでも帰れるが、遭難するたびに帰っていたのではいつまでたっても目的地にはつけず、異世界冒険を始めることができないのである。


 しかしそれでも陽一は歩く。

 まるで正しい道筋を知っているかのように。

 いや、知っているのだ。


 【鑑定+】


 使えば使うほどにその機能の豊富さに驚かされる。

 使い続けてわかったのは、ウェブ検索エンジンにできそうなことは大抵できるということだ。

 知りたい情報を検索すれば答えが出るのはもちろん、画像、動画、そして地図検索も可能だった。

 その情報源は『知識の宝庫』であり、管理者の神通力を使ってどのような場所からでも情報閲覧ができる。


 陽一は知らないが――そしてスキルを与えたあの管理者も把握してないことだが――この【鑑定+】もじつは成長しているのだった。

 管理者があとづけで与えた加護が、陽一の使いやすいようにカスタマイズを繰り返しており、“こうなればいいなあ”となんとなく望めば、それに答えるかたちで変化しているのだった。

 その結果【鑑定+】は『森羅万象しんらばんしょうブラウザ』とでもいう能力へと成長していた。


 陽一は【鑑定+】の地図検索機能からナビを使って最短かつ歩きやすいルートを検索し、迷いなく歩いた。

 そのあいだも遭遇する魔物たちは狩っていたが、あくまで町を目指すのが主目的なので、拳銃の射程範囲外にいる魔物は無視している。


 食料については1ヵ月は優に生きていけるだけのものを用意していた。

 【無限収納+】の時間停止機能を活用し、できたての弁当や飲食店のテイクアウト品を大量に収納しているので、食事に困ることはない。

 しかし、これはあくまで非常食と考えている。

 せっかく異世界にきたのだから、サバイバルなことをしてみたい、と陽一は思っていた。


 狩った魔物は【無限収納+】で楽に解体可能だし、魔物の肉だけでなく、森に自生する植物や木の実、果実やキノコ類も採取可能である。

 食べられるかどうか、美味うまいかどうかは【鑑定+】で調べればいい。


 半日ほど歩いたところで食事を摂ることにした。

 さすがに火をおこすのは面倒なので、カセットコンロを取り出した。

 ガスボンベも大量に収納済みだ。

 それどころか、本格的なガスコンロとLPガスボンベまで用意しているのだが、最初からそれを出すと、なんとなく雰囲気が壊れそうなので今回は自重することにした。


 まな板と包丁を出し、魔物の肉を適当に切る。

 魔物の肉は保有魔力の関係から高ランクになるほど美味くなる傾向があるらしいので、ワンアイドベアーの肉を使った。

 採取したキノコと山菜を適当に切ってザルに入れ、コックつきの水タンクを使って水洗いする。

 もちろん水も豊富に持参している。


 あとはフライパンで焼きながら適当に味つけすればおかずは完成だ。


 米は業務用の5升炊き炊飯器を購入し、事前に炊いておいたものを炊飯器ごと収納してある。

 それを丼に2合ほどよそい、少しでも米が冷めないうちに炊飯器は手早く【無限収納+】へ。

 入れ替わりに熱いお茶を入れたマグボトルを取り出しておく。


 フライパンから肉野菜炒めを直接箸はしでつまみながら、ガツガツとご飯をかき込む。


「んまぁーい!!」


 初めて食べた魔物の肉や異世界の山菜、キノコ類に舌鼓したつづみを打ちながら、陽一はさらに2合のご飯をおかわりした。


「ふぅ、食った食った……」


 爪楊枝で歯をほじりながら、陽一は満足げにつぶやいた。


 使った食器類は【無限収納+】に収めたあと、メンテナンス機能を使えば綺麗になるのでわざわざ洗う必要もない。


(いやー、まさに異世界サバイバルって感じだな!!)


 サバイバルというよりはただの野外自炊とでもいうべき行動なのだが、本人がこれで満足しているのであれば問題あるまい。


 さらに半日ほど歩いたところで、日が暮れたので寝ることにした。


 陽一は何種類かのテントを用意していたのだが、森の中ということもあり、木々のあいだにロープを張ってハンモックのように空中に固定するタイプの、ツリーテントを使うことにした。

 野外にテントを張った経験のない陽一だったが、意外と簡単に設置することができた。


「さて、シャワーはともかく、手足や顔くらいは洗っておきたいよな」


 といいながら、陽一はホースつきのタンクを取り出した。

 ホースの先にはシャワーヘッドがついている。

 これは手動蓄圧式の携帯シャワーで、タンクについているレバーを上下に動かすことでタンク内の空気圧を高め、その高めた空気圧を使ってタンク内の水を出すというものである。

 ちなみに現在は40度のお湯を溜めてある。


「えいさっ、えいさっ」


 謎のかけ声とともにレバーを動かしていると、レバーを押し込むときの手にかかる抵抗が少しずつ強くなってくるのを感じる。

 感覚としては自転車のタイヤに空気を入れるのに近いだろうか。


「よし、こんなもんかな」


 ある程度圧力が高まったことを感じた陽一は、シャワーノズルを手に取り、トリガーを引いた。


「うわっと……!」


 思った以上の勢いでお湯が噴き出した。


「おおー、便利便利」


 勢いよく噴出される温かいお湯で手や足を洗い流していく。

 しばらくお湯を出し続けていると勢いは弱まるが、そのときはまたレバーを上下して圧力を高めればいいだけだ。


 泡で出る洗顔料を使って、顔と手足を洗う。

 ちなみに、顔に使えるものなら全身に使えるだろう、ということで、ボディソープやハンドソープは持っていない。


 幾分いくぶんかすっきりしたところで、陽一はテントに入った。

 無論、土足禁止である。


 テントに入ったあと、装備を外して服を脱ぎ、下着類を着替えた。

 服や下着も【無限収納+】のメンテナンス機能を使えば綺麗になるので洗濯などは不要だ。


 脱いだ下着は収納したまま、プロテクターを除いた防刃パーカーなどの服を着直す。

 さすがに魔物がはびこる異世界の森の中で、寝間着姿になるほど無防備にはなれない。 

 半径100メートル以内に害意を持った魔物や人が近づいてきた場合、警告を発するように【鑑定+】を設定し、陽一は寝袋に入る。


 そろそろ“鑑定”という言葉の意味を一度辞書で調べ直すべきではなかろうかというほどにスキルは成長していたが、いまさら気にしても仕方がないので、便利過ぎて困ることはあるまいと開き直る陽一だった。


 特に何者にも邪魔をされずに朝を迎えた陽一は、コンビニのサンドイッチとコーヒーで朝食を済ませる。

 コーヒーは保温機能のある大きめのサーバーに作り置きしたものを、カップに注いで飲めるようにしてあった。


 ゴミはまとめて収納しておき、ゴミの日にでも出すつもりだ。

 異世界とはいえ森を汚すつもりはない。

“来たときよりも綺麗に”という、日本人として当たり前の良識を、陽一はしっかりと持ち合わせていたのだった。


 テントを解体して収納した陽一は、再び町を目指して森を歩く。

 順調にいけば明日には森を抜けられるはずだ。

 そうやって昼過ぎくらいまで歩き、そろそろ昼食にしようかというときに、【鑑定+】が人の存在を告げてきた。


 現地人とコンタクトが取れる機会があればと、昼も半径100メートル以内に人がいた場合は知らせるように設定しており、それに反応があったようだ。

 ルートから少し外れるが、陽一は警戒しながらそちらへ向かうことにした。


 物音を立てないよう、木陰に身を隠しながら慎重に歩く。

 やがて、4つの人影を確認できた。

 それ以外にも倒れている人はいたが、【鑑定+】の検索に反応しない。


 試しに倒れているひとりを【鑑定】してみたところ『状態:死亡』が確認された。


(うへぇ、死体かよ……)


 無造作に何体も転がっている死体に気味の悪さをおぼえつつ、陽一は生きている4人に注意を向けた。


 金属製の軽鎧を着た男が立っており、少し離れてローブを着た男が座っている。

 革製と思われる鎧を着ている男が膝をつき、彼の前には肩周りに装甲を着けた女性が仰向けに倒れていた。


(あれ、なんかヤバくね?)


 どう見ても女性が襲われているシチュエーションである。

 死体が転がっている中で男が女性を襲おうとしており、ふたりの男性がそれを傍観している。

 どういう事情があるにせよ、ここは助けるべきではないだろうか。


(いや、例えば死体は男たちの仲間で、女性が殺人鬼的なアレで、ようやっと拘束できたので意趣返しに……的な)


 と、まずあり得なさそうな状況を思い浮かべつつも、【鑑定+】で男たちの生い立ちからここ数分の行動と思考を確認。

 その結果、よくわからない固有名詞がちらほら出てきたが、女性に非はなく男どもがクズだとわかったので、手遅れになる前に助けることにした。

 さて、どうやって助けに入るか。


 幸いまだ向こうは陽一に気づいていない。

 であれば気づかれる前に不意打ちで殺してしまうというのがいちばん安全だろう。

 ……が、魔物は殺せても人を殺せるかどうかの自信がない。


(よし、“話せばわかる”の精神でいこう。ヤバければ【帰還+】で逃げればいいだけだし)


 とりあえず丸腰のまま敵意のないそぶりで声をかけることにした陽一は、4人に向かって歩き始めた。


「あのー、すいませーん」

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