第2話 姫騎士の危機

「貴様、なにを……!?」


 倒れたとはいえ、女性の意識ははっきりしているようで、なんとか首をひねって振り返る。

 自分の背中に触れたであろう男もその場に倒れていた。

 男はすでに息をしていなかった。

 それ以外にも革鎧の男が4人、合計で5人が倒れている。

 ローブの男と軽鎧の男は立っており、残った革鎧のうち、ひとりは平然と立っていたが、残りふたりは事態を飲み込めていないようで、倒れた仲間や立っている男たちのあいだをオロオロと見ていた。


「5人か……やはり多めに連れてきて正解だったな」

「ああ。ま、とりあえずおまえらは死んどけ」


 軽鎧の男の言葉を受け、ひとり落ち着いていた革鎧の男が、残りふたりの革鎧の男の首を短剣で切り裂いた。


「貴様ら、さっきからなにをしている? 私になにをした!?」

「これですよ」


 ローブの男が少しだるそうにしゃがみ、落ちていた紙を拾う。

 先ほど女性の背中に当てられて光を放った、幾何学模様が描かれた紙だった。


「まさか……スクロール!? そんなものをどこで!?」

「あなたは知らなくていいですよ」


 ローブの男が持っていた紙は、手に取ったあとすぐにボロボロと崩れるように消滅した。


「貴様らっ!! こんなことをして……コルボーン伯爵の名に泥を塗る気か!!」

「そのコルボーン伯爵の命令でね」

「なっ……!!」


 革鎧の男が短剣についた血を払いながら、答えた。

 そしてその男はそのまま女性に歩み寄っていく。


「どれどれ……」


 革鎧の男は女性のかたわらにしゃがみ込むと、うつぶせに倒れて首だけを起こしていた彼女の身体へ手を伸ばす。ゆっくりと近づけた手が女性の脚のつけ根あたりに触れた。


「くっ……触るな、下種げすがっ……」

「とりあえず触るのは問題ない、と」


 女性の言葉を無視しつつ、革鎧の男はもう一方の手を女性の肩に回す。


「よっこらせっと」

「うぐ……」 


 そしてそのまま仰向けにひっくり返すと、手足に力が入らないのか彼女は腕や脚をだらんと開いた。


「うひょー、たまんねぇなぁ……」


 革鎧の男は、小さく歓声を上げながら、無防備な内ももをペシペシと少し強めにたたく。


「なっ……?」


 女性が驚きの声を上げたのは、なにも男の下卑た行為のせいではない。


「しかしスクロールってのはすげーな。あの姫騎士がこの有り様だぜ?」

「5人の命を消費したがな」


 革鎧の男に軽鎧の男が答えたが、革鎧の男は軽く首を振る。


「5人で済んだんなら安いもんだよ」


 革鎧の男が姫騎士と呼ばれた女性に下卑た視線を落とす。


「……私をどうするつもりだ?」

「コルボーン伯爵は活きのいい綺麗な肉奴隷をお望みでね」

「なっ……」

「しかも調教済みがいいらしいんだわ。ってことで、いいんだよな、最初は俺で?」


 革鎧の男がふたりに確認の視線を送る。


「スクロールに流す魔力の調整が思いのほか疲れましたからね。私は少し休ませてもらうから、それまでになじませておいてくださいよ」


 そう言ってローブの男はどっかと地面に腰を下ろした。


「姫騎士は純潔との噂だが、俺は処女は好かん」


 軽鎧の男は無表情のままそう答えた。


「ってことで、アンタの初めては俺がいただくぜ」

「おのれぇ……」


 姫騎士は怒りに燃えた目で革鎧の男を睨みつけたが、しかし手足が動かないためどうすることもできなかった。

 そして身体の動きとともに魔法も封じられしまったらしく、本来であれば害意のある行為を弾き飛ばす鎧も意味をなさず、胸甲や腰当てタセットはあっさりと外されてしまった。

 革鎧の男は胸甲の下から現われたワンピースの留め具をナイフで切ると、はらりと前を開ける。

 大きく開いたワンピースの胸元からわずかに見えていたフリルつきの黒いインナーと、それに包まれた見事な乳房やキュッと締まったウェストが現われた。

 コルセット代わりになっていたワンピースから解放されたあとも、そのウェストは一切たるんだ様子を見せない。

 下から押し上げられていた豊満な乳房が戒めから解放されてたゆんと揺れた。


「邪魔な布だな、おい」


 革鎧の男は裾にナイフを引っかけ、すーっと刃をすべらせて中央からインナーを切り裂いた。


「ご開帳ー………うひょー」

「くっ……」


 姫騎士の顔が不快に歪む。

 続けて男は股間に手を伸ばした。

 腰紐をほどけばすぐに脱がせられる、いわゆる紐パンのようなショーツに手をかけた男だったが、結局これも腰紐部分をスッスッとナイフで切ってしまった。


「おぉ……」


 そばにいた革鎧の男にとどまらず、しんどそうに腰を下ろしていたローブの男や、周辺を警戒していた軽鎧の男も思わず身を乗り出して見入っていた。


「くっ……殺してやる……!」


 隠された部分を露出されたことに対しては特に恥じらいを見せず、姫騎士はただ怒りと憎悪を込めた目を男に向けた。


「さてさて、その態度がいつまでもちますかねぇ」


 そう言いながら、男は懐から陶器の小瓶を取り出してふたを開け、中身を手の上に落とした。

 小瓶の口からねっとりと白濁した液体がこぼれ落ち、男の手のひらに溜まる。

 男は粘液にまみれた手を、姫騎士に伸ばした。


「っく……、なにを……」

「ああ、これ? 媚薬だよ。インキュバスの体液を錬成して作った超強力なやつだ」


 姫騎士は怒りの視線を男に向けつつも、下唇を噛み締めて必死にこらえているようだった。

 口を開けばそれは不本意な声を上げてしまいそうで、声を出さないというよりは出せないといったほうがいいだろうか。

 手足は麻痺しているのに、体幹部分の感覚はしっかり残っていたため、身体の反応はどうにもならなかった。

 せめて胴体だけでも動かせるなら頭突きの1発でも食らわせてやりたいところだが、感覚だけはあるものの思うように動かせない。

 そして意識ははっきりしているにも関わらず、魔術がまったく使えない。

 先ほどのスクロールの効果により姫騎士はそのような状態に陥っていたのだった。


「どうだい、俺みたいなもんにいいようにされる気分ってのは?」

「せいぜい楽しむがいい。おまえらはいつか必ず殺してやる」


 冷たく淡々と放たれた姫騎士の言葉に、3人の男たちは背筋が寒くなるのを感じた。


「へ、へへ……。強がりもそこまでいけば立派だな。でもな、おまえはこれから調教されて肉奴隷になるんだぜ? まともに身体も動かせないような、ただ男に奉仕するだけの存在になるんだ。そんな奴がどうやって俺たちを殺すってだ?」

「ふん。生きていればどうとでも……いや、死んでもグールになって殺しにいってやる。肉体が滅んでもレイスになって殺す。そのときおまえたちがいないのなら、おまえたちの親類縁者子々孫々に至るまで必ず殺し尽くす」


 姫騎士は凄むでも脅すでもなく淡々と語る。

 媚薬の効果で息は荒く、本来なら口を開けば嬌声しか出ないような状態であるにも関わらず。

 水が高いところから低いところに流れるように、天に昇った太陽はいずれ沈んで必ず夜が訪れるように、それは将来必ず起こる事実として男たちの意識に滑り込んでくるのだった。


「へ、へへへ……、俺ぁよ。今日という日を楽しみにしてたんだよ」


 少し怯えた様子でそう言いながら、男は懐から透明な液体の入った小瓶を取り出した。


「こいつぁな、サキュバスの体液を錬成して作った男用の媚薬だ復活用に持ってきたんだけどな。へへ……」


 男は透明な粘液を手に垂らすと、それを自身に塗りたくった。


「おおおおっ! キたぜキたぜぇ……!!」


 男は媚薬の小瓶に栓をすると、ローブの男に投げて寄こした。


「すぐに交代してやるから、おまえらも準備しとけ」

「え、いや……」「む……」


 だがローブの男と軽鎧の男は、先ほど姫騎士が発した言葉が耳に残っており、どうしてもその媚薬を使う気になれなかった。

 そんな仲間の様子に気づかず、革鎧の男は姫騎士の脚を広げ、地面に膝をついた。


「じゃ、いきますか」

「ふん……」


 姫騎士が冷たい視線を送る中、革鎧の男はゆっくりと近づいていく。

 しかし、あと少し、というところで――。


「あのー、すいませーん」


 随分ずいぶんと間の抜けた、そして場違いな男の声が森に響くのだった。 

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