第21話 新居探し
朝食を終えたふたりは、家からいちばん近くにあった不動産屋に入った。
特に〝ここ〟と決めて訪れた場所ではなく、〝駅に向かって歩けば不動産屋の1軒くらいあるだろう〟と考え、そして想定どおりに遭遇した店である。
「いらっしゃいませ。本日はお部屋探しでよろしいですか? あ、どうぞおかけになってください」
そこはよくある大手不動産屋の
ふたりの受付を担当したのは見たところ40歳前後の女性で、陽一と実里はそれぞれ1枚ずつ名刺を受け取った。
受け取った名刺によればこの担当女性、名を
簡単な挨拶を終えさっそく本題に入ることとなった。
「えーっと、おふたりのお住いをお探しということで?」
「あ、えっと……」
そう言われて実里のほうを見ると、実里は少し恥ずかしげに頬を染め、軽くうつむいていた。
「えっと、その……」
「あ、すいません、差し出がましいことを。では何部屋くらいで、どのあたりに、というところからお伺いしましょうかね」
斎藤の対応は、丁寧ではあるが適度にフレンドリーであり、人によって好みはあろうが、陽一にとっては話しやすい相手だった。
斎藤の質問に対し、陽一は現在の住まいの最寄り駅を提示し、その近辺で2~3部屋ほど欲しいこと、予算にはそれなりに余裕があることを伝えた。
「あー、そのあたりでしたら、ちょうど新しめの分譲貸しでいいのが出てましたねぇ。ちょっとお高いんですが」
そう言いながら、斎藤は奥からいくつかのファイルを取り出した。
「えっとですねぇ。ご予算に余裕があるとのことでしたら断然おすすめがこれです。ただ、そのあたりの同じ広さとなると、相場はこれくらいになりますので……」
と、斎藤はクリアファイルから数枚の紙を取り出して並べた。
それぞれに物件の情報や簡易な間取りが書かれている。
「あー、そこだけほかのに比べると倍近くになるんですねぇ」
提示されたのはどれも2LDKの物件で、家賃10万円前後のものが多い中、斎藤がおすすめする物件は20万円を超えていた。
「一応確認なんですが、ご予算的には……?」
「まぁ、月20万円くらいなら問題ないですかね」
そう答えたあと、陽一は服の裾をちょんちょんと引っぱられるのを感じそちらに目を向けると、実里が心配そうな視線を向けていた。
「どうしたの?」
「あの、大丈夫なんですか? かなりお高いような……」
「大丈夫……かな?」
陽一の【無限収納+】の中には、先日南の町で手に入れたバッグ入りの5000万円がある。
家賃だけの単純計算で20年は暮らせる額だ。
もちろん生活する以上家賃以外の支出があるのはあたりまえだが、それをいうなら手持ちの5000万円以外の収入を得ることは、現在の陽一にとってそれほど難しいことではないと思われる。
現時点で具体的な金策があるわけではないが、スキルを使って金を稼ぐ方法など少し頭をひねれば思いつくだろうと、陽一は楽観視していた。
「あまり無理をしないほうが……」
だが、陽一のスキルのことはもちろん、仕事や私生活のことをすら知らない実里からすれば、手狭なワンルームに住んでいる男がちょっとしたラッキーで一時的に大金を得たのではないかと心配してしまうようであった。
そうやって自分を心配してくれる実里の様子に、今度は陽一のほうが軽い疑問を持ってしまう。
(ああいう仕事をしているから、お金にルーズなのかと思ったけど……)
これには多少陽一の偏見が混じっているが、あのてのサービス業に従事する女性に、ホストクラブやブランド品などに湯水のごとくお金を使う者が一定数いるのもまた事実である。
「えっと、ちなみに月20万でしたら3LDKだったり、少し駅を離れるかたちであれば一戸建てもご用意できますけど……」
家賃ベースで仲介手数料を取る不動産屋からすれば、同じ間取りでグレードを下げて家賃を下げられるより、家賃を維持して間取りや広さを変更してもらうほうがありがたいのである。
「ちなみに先ほどの2LDKのお部屋ですが、本当に最近できたばかりのすごくいいところですし、マンションコンシェルジュもいますので、たとえば不在時のお荷物の受け取りなんかもできますよ?」
「ほう、それは……」
陽一は今後異世界にいることが多くなるかもしれない。
そのうえで、あちらで生活するために便利なものなどをネット通販で購入することもあるだろう。
そうなると、不在時に荷物を受け取ってもらえるというのはありがたい。
「マンションコンシェルジュというと、昨今あまりよくないニュースもありますけど、あれは質の悪い派遣ですからね。ここのコンシェルジュはオーナー会社が直々に面接、調査して雇っている人たちなので、安心していいですよ」
「なるほど」
その部分で陽一が心配することはなかった。
もしコンシェルジュが不正を行なっても【鑑定+】を使えば簡単に不正を暴け、たとえ逃げても地の果てまで追い詰めることが可能である。
とはいえ、そういったトラブルも起こらなければ起こらないに越したことはない。
「では、お時間よろしければ一度実際にお部屋を見にいきませんか?」
陽一は斎藤の提案に乗り、さっそく物件の下見に出ることにした。
○●○●
斎藤辰美はこの道20年のベテランである。
一見すれば客がどのような人物なのか、客同士がどのような関係なのかはある程度わかると自負している。
そんな辰美の前に現われた今日の客だが、初見では新婚か、あるいは結婚前の同棲か、という雰囲気だった。
辰美が見たところ、男――すなわち陽一のほうは現在金に余裕があり、かつ浪費癖があるのではないかと思われた。
対して女――実里のほうは堅実であるようだ。
それなりに大きな企業の事務職などに従事しているのではないかと見立てた。
大外れではあるが、しかし実里がいまの仕事を始める前のことは不明であるし、あるいはそれに近い職業についていた可能性は否定できない部分でもある。
「まずはこちらからご案内します」
辰美のプランとしては、先に平均的な物件を案内し、あとからおすすめの物件を案内するというものだった。
まずは駅近くの、広さや設備の割に少し家賃の高いマンションを辰美は紹介した。
家賃は12万円で間取りは希望通りの2DKだが、辰美の見立てではこの物件、駅からあと5分離れれば8万円台になると思っていた。
家賃のわりにグレードの低い物件を先に見せておき、あとで見せる物件との差を広げることでおすすめ物件の印象を上げるという作戦である。
「へええ、意外と広いし綺麗だねぇ」
しかし6畳1K暮らしの陽一から思わぬ好印象を受け、辰美は少し先行きが不安になるのを感じた。
辰美が次に案内したのは駅から離れた場所ある物件であった。
駅からの距離を確認するという名目でふたりを歩かせ、少しでも物件に対する評価を下げさせるプランだったが、それもまた失敗に終わる。
「ぜぇ……ぜぇ……。ちょっと、遠い……ですかねぇ」
「あー、そっすかね?」
「私は全然平気でしたけど」
肩で息をする辰美に対し、陽一と実里は平然としていた。
そしてふたつめに紹介した物件は、駅から離れているぶん家賃は安く、そのうえグレードもそれなりのものだったので、少なくとも実里のほうはかなりの興味を示したようであった。
駅からの距離が気にならないのならかなりいい物件ではあるのだ。
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