第20話 お泊まり

「結構いい時間だし、ごはん食べていく?」

「はい」


 実里が下着の精算を終えて合流したあと、ふたりはエレベーターで10階に移動し、レストラン街を歩いた。


(ビュッフェかぁ……)


 新幹線で駅弁を食べたあと、それなりに時間が経っていることに気づいた陽一は、急速に高まる空腹感を覚えた。

 そうなると、ついつい食べ放題のビュッフェレストランに目が行ってしまう。


(いや、せっかくデパートに来てるんだから、もう少しお洒落しゃれな店に……)


 そう思い、ビュッフェレストランをスルーしようとしたところ――、


「あの、ここにしませんか?」


 と、実里に提案されたのだった。


「えっと、ここビュッフェだよ?」

「はい。いろんなものをちょっとずつ食べるのが好きなので」

「あー、なるほど」


 陽一からすれば食べ放題というものはとにかく量を食べるものだという認識だったのだが、盛りつけは自分のさじ加減次第なのだから、実里が言うようにちょっとずついろんな種類を、という食べ方もありなのである。

 一流ホテルのビュッフェレストランが出店しているようなので、味に間違いもあるまい。


「そっか。じゃあここにしよう」

「はい」


 意気揚々と入店する陽一の姿を、実里はほほ笑ましく思っていた。


 入店後、実里は宣言どおりいろんな種類の料理を、ひと口からふた口ぶんくらいずつ盛っていった。

 それでも種類が多ければそれなりの量になるので、味にも量にもかなり満足したようだった。


 陽一はとにかく目を惹かれた料理を片っ端から盛りつけ、平らげては次の料理を、という具合に、食べ進めていった。


「ふふ……。本当によく食べるんですね」


 その様子を、実里は嬉しそうに眺めていた。

 同席する実里に恥をかかせたくないので、あまり盛りすぎたりがっつきすぎたりしないよう気をつけたが、結局時間いっぱいまでほぼペースを落とさず食べ続けたこともあり、かなりの量を食べることとなった。

 実里は最初の30分で食事を終え、あとはドリンクとちょっとしたデザートをつまみながら、陽一が食べる様子を見ているのだった。

 この場の会計は、陽一が持った。



 食事を終えたふたりは駅に戻り、在来線に乗って陽一宅最寄りの駅へ向かった。

 そして駅から数分歩き、陽一の住むアパート、エスポワールへとたどり着いた。


「ここが、陽一さんの……?」


 いかにも安アパートといった風情の建物を見て、実里は少し困惑しているようだった。

 それもそうだろう。

 自分をホテルに呼んだときは平気で延長するし、食事代は気前よく払うし、新幹線はグリーン車だし。

 その行動はそれなりに金を持っている男のものであり、その人物がこのような安アパートに住んでいるとは思えない。


「あー、じつは最近仕事がうまくいき始めてさ。そろそろ引っ越そうかと思ってるんだよねー」


 実里の表情から察したのか、陽一はなにやら言い訳をしつつ、実里を自分の部屋まで案内した。


「どうぞ」

「お邪魔します」


 陽一の言葉を裏づけるように、部屋の中はほとんど空っぽだった。

 それを見て実里も納得したようだった。

 実際はいましがた【無限収納+】を使って片っ端から物を収納したのだが、それを見抜ける者は少なくともこの世界にはいない。


 1Kの部屋にはマットレスと寝具、衣服の入ったチェストと冷蔵庫、それに電子レンジしか残っていない。

 それらが新品のように綺麗なのは【無限収納+】に一旦収納したあと、メンテナンス機能を使ったからだった。


「とりあえずベッドにでも座っといて」

「はい」


 実里がマットレスに座ったあと、陽一はお茶を用意すべくキッチンへと向かった。

 マットレスに座った実里はなにもない陽一の部屋を、なぜか興味深げに見回している。

 キッチン下のキャビネットを探すふりをして【無限収納+】からヤカンを取り出して水を入れ、火にかけた。

 ティーセットとティーバッグはキッチン上部の収納棚から出すふりをした。


(気づかれてないよな?)


 そう思って実里のほうを見ると、実里はマットレスに半分身を預けるようなかたちで眠っていた。

 新幹線の中ではほとんど眠っていた実里だったが、それではあまり疲れが取れなかったらしい。

 むしろ長旅で逆に疲れたのかもしれない。

 到着後も買い物でかなり歩き回っていたので、そのぶんの疲れもあるのだろう。

 陽一は実里をちゃんとマットレスの上に寝かせたあと、布団をかけてメガネを外した。

 そしてひとりでシャワーを浴びたあと、なんとなく同じ布団に入るのがはばかられ、【無限収納+】に入っていた予備の布団にくるまって床で寝た。


○●○●


 翌朝、室内に漂うシャンプーの香りで目が覚めた。

 身体を起こすと、髪をタオルでくるんだ実里がマットレスに座っていた。

 昨日デパートで買ったラフな薄手の部屋着に着替えており、ブラジャーを着けていないのか、乳房の形が透けて見えた。


「おはようございます」

「あ……んん……おはよう」

「あのシャワーお借りしました」

「あ、うん、いいよ」

「すいません、あとタオルもお借りしました」

「うん、どうぞどうぞ」

「それと、昨日はすいませんでした。勝手に寝てしまって……」

「ああ、いいよいいよ」


 陽一は起き上がると、とりあえずトイレに入った。

 そのあとドライヤーを取り、実里に渡した。

 ドライヤーに関しては昨日陽一も使っていたので、出したままにしていた。


「あの……乾かしてもらっても、いいですか?」

「ん?」

「あのとき、気持ちよかったので……」


(そういえば最初に呼び出したとき、シャワーを浴びたあと乾かしてあげたんだったか)


「うん、いいよ」


 陽一はドライヤーをつけ、実里の髪を乾かし始めた。

 実里の綺麗な黒髪は、あいかわらず手触りも最高だった。


 朝食は近くのコンビニで買ってきて家で食べた。

 ミサトとともにレジ前に立ったとき、店員と客以上の言葉を交わしたことはないものの、なんとなく顔見知りになっているコンビニ店員から、親の敵のように睨まれたような気がしたが、たぶん気のせいだろう。


「あの、お仕事は大丈夫なんですか?」

「ん? あぁ自営業だから大丈夫」


 嘘ではない。

 それに、5000万円という大金が手に入った時点で陽一はいまの職場を辞める気になっていたので、当分こちらの世界で働くつもりはない。


「引越し先は決まっているんですか?」

「引っ越し? ああ、引っ越しね、うん。えーっとまだ全然決めてないね」

「……だったら、一緒に探しませんか?」

「はい?」


 陽一は少し考えてみた。

 引っ越しに関してはこのアパートを見た際の実里の様子を察して、咄嗟とっさについた嘘だったが、よくよく考えれば金はあるのだし、この部屋にこだわる理由はない。

 長年住んで愛着がないわけではないが、昨日【無限収納+】に片っ端から物を入れ、空っぽに近い状態になった部屋を見るとその愛着も消え去ったといっていい。

 となれば実際に引っ越すのも悪くない。


 しかし、いまいちなにを考えているかわからない実里に、新しい住まいの場所を知られても問題ないないだろうか?

 そのことに少し不安を覚えつつも、また別のことが頭をよぎる。

 実里と一緒に不動産屋を巡り、ああでもないこうでもないと部屋を見て回るのは――、


「よしっ、行こう!!」


 ――とても楽しいことになりそうだ。

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