第16話 続行か否か
陽一はドアを開けて女性を招き入れた。
身長は155センチ程度、スラリとした細身のスタイルで、見たところそれほど胸は大きくないのかもしれない。
白のシャツの上にカーディガンを羽織り、膝あたりまで隠れる濃紺のスカートに黒タイツという、いかにもな清楚系コーデだった。
腕には外で着ていたであろうコートを持っている。
髪はもちろん黒で、ツヤのあるキレイなストレートのショートボブだった。
黒縁の、少し大きな眼鏡が特徴的だ。
街を歩けばあまり人目を惹くことはないが、よく見ればかなりの美人、という顔つきだった。
「ご指名いただきありがとうございます。アカリといいます」
見た目どおり、綺麗で耳触りのいい声だった。
表情が乏しく、抑揚のないしゃべり方は、確かに好みが分かれるところだろうが、陽一的には大好物だった。
ちなみに、指名についてだが、これはバーテンダーに任せておいた。
今回特に【鑑定+】を使った情報の精査もしていなければ、写真での容姿確認も行なっていない。
なんとなく信用の置けそうなバーテンダーだったので、自分の人を見る目を試してみたくなり、また、誰が来るかわからない緊張感も同時に楽しみたかったのだ。
どうやら自分が受けたバーテンダーのイメージに誤りはなかったようである。
そして、事前情報なしに現われた清楚系美人を見て、陽一はガッツポーズを取るほどに喜んでしまった。
部屋の奥に案内し、ベッドに並んで腰かけた。
少し会話をし、問題なければサービスが始まる。
ここで合わないと思えば別の従業員に交替していただくことも可能だ。
陽一としては交替を頼むつもりなど毛頭ないのだが、念のため1点のみ【鑑定+】をかけておくことにした。
「本日はよろしくお願いします。もし私がお相手をしてよろしければ、コースを選んでいただきたいのですが」
丁寧な言葉で
少し唖然とした表情でアカリを見つめている。
「……あの、どうかされましたか? 私ではお気に召しませんでしょうか?」
「ああ、いや……」
「お気に召さないのであれば遠慮なくおっしゃってください」
特に表情や口調を変えず淡々と話すアカリ。
(……どうしたもんかね、これ)
陽一はこれまでの経験から【鑑定+】を随分と使いこなせるようになっていた。
そして、自分ルールとして不必要な個人情報を閲覧しない、と心に決めていた。
いまや陽一は、対象の情報のうち、必要な部分のみを閲覧することが可能となっている。
そしていま目の前にいるアカリの情報を見た結果、彼女とのプレイを楽しむかどうか、少し迷いが生じているのだった。
**********
状態:病気(病名:インフルエンザ)
**********
状態異常のうち感染のおそれがある病気の罹患状況のみを【鑑定】したところ、どうやらアカリは現在インフルエンザに
さらに状態を詳しく調べたところ、2日前に感染し、現在発症から12時間が経過していることがわかった。
(医者になれるな……ってそんなこと言ってる場合じゃないか)
発症から12時間。
よく見れば、頬が上気し、少し息が荒いように感じる。
ナチュラルメイクというには少し過剰なチークだと思っていたが、発熱によるものであれば納得だ。
表情が乏しいのもキャラクターなのか、発熱による倦怠感からくるものなのか、いまとなっては判断も難しい。
ちなみに体温も【鑑定+】で確認することが可能で、現在36.8℃。
平熱の高い陽一からすれば微熱ですらない体温であるが、調べたところアカリの平熱は36.0℃だということがわかった。
そうなると、少しつらくなってくるかもしれない。
さらに発症から12時間ということは、これからどんどん症状は悪化してくるはずである。
おそらく今夜の出勤時には少しだるいくらいだったのだろう。
いまは少しつらくなっているが、休むほどではないといったところか。
考えるべきはふたつ。
自分への感染と彼女自身の症状だ。
感染についてだが、ここはひとつ【健康体+】の効果を試す意味も含め、サービスを受けるというのも一興だろう。
問題は彼女の症状だが……。
(こんなよさそうなコを逃がすのはなぁ……)
もしここでアカリの身を
いや、おそらく別の現場へ行くに違いない。
であれば、事情を知っている自分が相手をしたほうがいいのではないだろうか。
すでに時間は0時を過ぎている。
180分コースを選べば終わるのは午前3時。
平日ということもあるし、今日は上がりになるのではないか。
もしまだ上がりの時間が来なくても、3時間も経てば症状は進み、しんどくなっているかもしれない。
その時にうまく説得すれば休ませることもできるだろう。
(よしっ、このまま続行だ!! 早めに切り上げて、残りは休ませてあげよう)
「あの、お客さま……?」
頬を染め潤んだ目で首を傾げながらこちらを見てくるアカリの姿に、陽一はやはりこの娘を逃がすべきではないと再確認したのだった。
「あー、ごめんごめん、ちょっと見とれちゃってたわ、うん」
「えっと……その、どうなさいますか?」
「180分コースでお願いします」
「あ……はい、ありがとうございます」
アカリが電話でお店にコース決定の報告をする。
「いまからスタッフが来るので、お支払いをお願いします」
どうやらアカリが所属しているところは部屋に来た従業員に直接支払うのではなく、スタッフが料金を徴収するシステムのようだ。
数分でドアがノックされた。
柔和な印象を受ける小奇麗な格好の中年男性が現われたので、5万円を渡し、釣りは不要だと伝えた。
男は人のよさげな笑みを浮かべたまま、なにも言わずに軽く一礼して去っていった。
「では、いまから開始となります」
従業員が店に電話をしてからカウント開始となるところが多い中、ここは料金の支払いが終わってからカウントが始まるようだ。
数分の差だが、ありがたい仕様といえるだろう。
「バスルームへはご一緒しますか?」
「うん、そうだね」
バスルームへ入るのにメガネをかけたままというわけにもいかず、アカリはメガネを外していた。
(……メガネはあったほうがいいかな)
メガネをかけていたときはかなりの美人に見えたが、外せば意外と普通だった。
無論、それでも平均以上の容姿ではあるが。
本人にも自覚はあるのか、メガネを外してからは少し伏し目がちになっていた。
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