第15話 祝杯とご褒美

 花梨を見送って駅を出ると、そこそこいい時間になっていたので、電車で北へ向かった。

 北隣の町に、目的の場所はある。

 電車を降りたあと、タクシーを拾って山の麓に近い場所にあるマンションまで走ってもらう。

 これで、この近辺の住人が駅からタクシーを拾ったという体裁が取れるはずだ。


 タクシーがいなくなったあと、人目を気にしながら山へと続く道を歩き、完全に人がいなくなったところで【無限収納+】からマウンテンバイクを取り出した。


「おっし、行きますか」


 自身の頬を両手でパシン! と叩いて気持ちを切り替えた陽一は、マウンテンバイクにまたがりペダルを漕いだ。

 結構な坂道であり、通常であれば10分もしないうちに疲れてくるのだろうが、陽一には【健康体+】があり、ひと漕ぎごとに回復しているのでまったく疲れることなく走り続けることができた。

 そしてそのひと漕ぎごとにわずかずつだが筋力が増しているので、時間が経てば経つほど楽になっているのだが、陽一にそこまでの認識はない。

 ただ単に『【健康体+】のおかげで疲れないなぁ』くらいの認識でしかないのだった。


 30分ほどで舗装された道路がなくなり、あとは道なき道を走る。

 マウンテンバイクを買ったのは正解といえるだろう。


(いやー、真っ暗だったけど、だいぶ目が慣れてきたな)


 街灯のない真っ暗な山道を、陽一はライトもつけずに走っている。

 通常であればほとんど周りが見えない状態なのだが、暗闇の中でも視界を確保したいという陽一の願望が【健康体+】に作用し、瞳孔散大筋や瞳孔括約筋などの目の筋肉を鍛え、夜目が利くようになってきたのだった。


 そうして都合2時間ほどマウンテンバイクを走らせたところで、陽一は目的地となる山小屋へと到着した。


 マウンテンバイクを【無限収納+】に収め、小屋の中へと足を踏み入れる。


 それは一見すればただの資材置き場のようにしか見えず、実際中に入っても製材前の木材や、草刈り機などの工具が置かれているだけの場所だった。

 しかし、地下に20畳程度の倉庫が作られており、その入り口が巧妙に隠されているのだ。

 その小屋の持ち主はこのあたりではそこそこ歴史のある裏社会の組織だったのだが、ここは10年以上放置されている場所だった。


 いろいろと複雑な経緯があるのだが、簡単に説明すると、当時の武器庫番が突然病死し、その直後に大陸系組織の活動が活発になってゴタゴタが絶えず、この場所を知る者がことごとく投獄されたり不審死を遂げたりしたため、誰も手をつけなくなってしまったというわけだった。


 一応監視カメラなどの防犯システムもあるが、電線のない山奥でのこと

 電源として用意されていたバッテリーは空っぽになっており、システムは作動していなかった。


 地下室には武器弾薬が所狭しと置かれていた。

 目当ての突撃銃アサルトライフルが5丁、それとは別の小型で小奇麗な突撃銃が5丁とそれ用のアドオングレネード2丁。

 銃器としてはほかにも各種口径の拳銃が合わせて20丁、ショットガン5丁、短機関銃サブマシンガン5丁、重機関銃2丁、対物アンチマテリアルライフル2丁、狙撃用ライフル2丁、グレネードランチャー2丁、ロケットランチャー2丁、各種弾薬が合わせて1万発以上。

 銃以外にも手榴弾とスタングレネードがそれぞれ20個、さらに日本刀が打刀、脇差し、長ドス合わせて10振ほどあった。


「いったいなにと戦うつもりなんだよ……」


 そんな言葉が思わず口から漏れた。


 こんな場所が誰かに見つかったり、あるいはこの場所を知っていて投獄されている者が出所してここのことを思い出して万が一のことがあったりしてはならない。

 これはいわば社会貢献の一環である、と自分に言い聞かせた陽一は、すべての武器弾薬を【無限収納+】へと収めた。


 10年以上放置されていた武器弾薬だが【無限収納+】のメンテナンス機能により万全の状態となる。

 ちなみに、このメンテナンスのために、一応消耗品となりそうなグリースや潤滑油、潤滑用シリコーンなどをホームセンターで事前に購入し、【無限収納+】に収めていた。

 陽一の狙いどおり、適切なものが適度に消費されたようだ。


「ん?」


 武器の類がなくなってスッキリした地下室の一角に、バッグが取り残されているのを発見した。

 なんとなく見覚えがあるようなないようなバッグであり、気になった陽一はそのバッグを開けてみた。


「おわっ!?」


 中には1万円札がぎっしりと詰まっていた。

 【鑑定+】で確認したところ、すべて本物で合計5000万円あることがわかった。


(なるほど、こうやって帯を切って隙間なくぎっしり詰めれば、このサイズのバッグでも5000万円入るんだな)


 と妙なところで感心してしまった陽一だったが、これも反社会的行為に使われてしまっては大変だと思い、やむをえず、、、、、【無限収納+】へと収めるのだった。


○●○●


【帰還+】でホテルに戻った陽一は、本日2度目の夕食をとるため街へと出かけた。


(ここに来たからにはラーメンだよな)


 ということで、評判のよさそうなラーメン屋を5軒ほどハシゴした。

 長時間の自転車運転により、相当量のカロリーを消費していたのだろう。

 各店で必ず1度は替え玉を頼んだ。


(あー、なんか祝杯をあげたい気分だなぁ)


 陽一には酒を飲む習慣があまりなかったが、それでもひと仕事を終えたいま、なんとなく酒が飲みたい気分になった。

 そして、飲み屋街を歩いていると呼び込みに声をかけられたので、その誘いに乗って店に入ることにした。

 仮に悪質な店であっても、いまの陽一に怖いものはない。


「いらっしゃいませ」


 普段は騒がしそうなクラブふうのバーだったが、この日は平日ということもありほとんど客がおらず、閑散とした雰囲気だった。

 店に入ったあと、呼び込みの男性からチャージ料などのシステムについて説明を受けた。

 案外良心的な店なのか、それとも取り締まりが厳しいのか。

 せっかくなのでぼったくりバーのようなものを経験したかったのだが、ここはそういう店ではないらしい。

 カウンターに座った陽一は、さっそくシャンパンを注文した。

 特にこだわりがあったわけではなく、“祝杯といえばシャンパンかな”という安易な考えからだ。

 そもそも陽一はあまり酒に詳しくない。


「スパークリングワインもご用意できますが、シャンパンでよろしいですか?」


 購入したてとはいえ、安物で揃えた陽一の服装を見ての判断だろうか、バーテンダーは少し心配そうに陽一を見ながら、そう提案してきた。

 どうやらここはそれなりに善良な店なのかもしれない。


「あ、シャンパンでいいです」

「かしこまりました。ご希望の銘柄などは?」

「おまかせします」


 バーテンダーがシャンパンの封を切り、慣れた手つきで栓を開けたあと、細長いシャンパングラスに中身を注いだ。


(さすがにサーベルで開けてくれ、なんてことは言えないよな)


 などと益体やくたいもないことを考えているうちに、グラスはシャンパンで満たされた。

 グラスを手にした陽一は、一気にシャンパンを飲み干した。


(おお、美味うめぇ!!)


 さらに2杯目を注いでもらい、それも一気に飲み干す。


「もう1杯いかれますか」

「あ、とりあえず注いでおいてください」

「はい。じゃあボトルで入れておきますので、いつでもお声がけを」


 どうやら3杯以上飲む場合はグラスで頼むよりボトルで頼んだほうが安くなるらしい。


(……しかし全然酔わねぇな)


 陽一はあまり酒に強くない。

 ビールであれば中ジョッキ半分くらいで充分にできあがる程度なのだが、アルコール度数がビールの3倍ほどもあるシャンパンを2杯飲み干したにも関わらず、いまは一向に酔う気配がない。

 じつはこれも【健康体+】の効果であった。

 精神面の状態異常とは異なり、身体面での状態異常に関してはある程度明確に基準がある。

 酒に酔った状態というのはバッドステータスに値するので、酒には一切酔えない身体になってしまっているのだった。


 酒以外にも、薬物に対する耐性もできていた。

 ここで言う薬物は、いわゆる違法ドラッグや危険ドラッグだけでなく、痛み止めや風邪薬の類も含まれる。

【健康体+】がある以上、薬に頼る必要はないので問題はないのだが。


(しかし、あらためて飲むとシャンパンって美味いな)


 酒に酔えないとなると、人生の楽しみの半分が奪われると感じる人種もいるだろうが、幸い陽一は酒酔い状態をそれほど楽しいと感じたことはなく、むしろ酔いとは関係なく酒の味を楽しめるという点でメリットのほうが大きかった。


 軽いツマミとともにシャンパンをちびちび飲みながら、陽一はバーテンダーととりとめもない話をしていた。


「なるほど、あのホテルね……。じゃあ女の子とかどうです?」

「女の子?」

「それ目的であのホテルを取ったのでは?」

「いや、単純に安くて空いてたからだけど」


 少し話しているうちに、いい具合に距離も縮まったようで、お互い少しだが口調が砕けていた。


「ああ、そうですか、すいません。えっと、そういうサービスにはあまり興味ありませんか?」


 そういうサービス、というのは出張エステ的なアレであろうか。

 そういえば陽一が泊まっているホテルは、フロントを通らずに客室フロアへ行くことが可能だ。

 セキュリティの観点からどうかと思うが、そういうサービスを利用するうえでは便利といえるだろう。

 実際サービス目当てで利用する客も多く、ホテル側も気づいてはいるが黙認しているというところだった。


「いや、興味あるかも」


 陽一の頭に花梨のことがよぎる。

 花梨と復縁する気がないのであれば、距離を取ったほうがいいはずだ。

 であれば、ほかの女性と接するのが手っ取り早い。

 その第一歩として、出張エステも悪くない選択肢だと、陽一は思った。


 陽一は、バーテンダーから詳しく話を聞いた。

 システムや料金的に問題はなさそうなので、本格的に話を進めていく。

 バーテンダーはタブレットPCをスワイプしながらあーでもないこーでもないと、呟いていた。

 おそらくそこで従業員の稼働状況がわかるのだろう。


「地味めのエステティシャンでも大丈夫です?」

「あ、全然大丈夫」

「ちょっと愛想が悪いんですけど……」

「仕事をしっかりしてくれれば問題ないかな」

「その点は大丈夫です。じゃ、とりあえずそのコにしときますね」

「うん、よろしく」

「ハマる人にはハマるんですが、合わない人はとことん合わないコなんで、もし無理だと思ったら遠慮なく交替してくださいね」

「うん、ありがとう。シャンパンの残りはそっちで飲んどいて」

「ありがとうございます」


 陽一はさらに少し多めの料金を払い、ホテルに戻った。


 部屋に戻るなり陽一はテレビをつけ、花梨のことを意識の外に追いやるべく、モニターを眺めていた。

 そして約束の時間に、ドアがノックされる。


「はーい」


 ドアスコープから外を覗いてみると、そこにはメガネをかけた、地味というよりは清楚という印象を受ける女性が立っていた。

 陽一の意識から花梨のことが綺麗サッパリと消え、彼は思わずその場でガッツポーズを取ってしまった。

 なかなかのゲス野郎である。

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