第14話 南の町へ
新幹線に乗って目的地へ向かう。
途中、カートが来るたびに弁当やら軽食やらを購入した。
随分と金遣いが荒くなっているのだが、所持金にはまだ余裕があった。
先の支払いを考えるとあまり浪費できるものでもないはずだが、陽一としては異世界でそれなりに活動ができるようになりさえすればなんとかなると考えていた。
今月中に仕事を辞める目処を立てるのであれば、いまは慎重になるよりも思いきって行動すべきだろうと考えている。
(なにせ、魔石やらなんやら魔物の素材を売れば金になるっぽいしな)
先日の訓練で手に入れたいくつかの素材を【鑑定】すると、参考買取価格を確認することができた。
つまり、どこかで買い取ってくれるというわけだ。
もう少し異世界の社会制度について調べることはできなくもないが、あまり詳しく知りすぎると先の楽しみがなくなるということで、気にはなってもあえて調べていないという事項がかなりあった。
陽一はあまりネタバレを好まないのである。
(水が合わなけりゃ寝泊まりはこっちでできるってのも、俺の強みだな)
たとえば海外に行くだけでも、水や食文化、そのほかの生活スタイルが合わずに体調を崩すということは多いと聞く。
陽一の場合は世界そのものが異なるのだから、なにが起こるかわからない部分は多いはずだ。
しかし【帰還+】さえあればいつでも日本へ帰ってこられるので、向こうでの日常生活の問題は回避可能である。
(ま、できれば異世界での日常生活も楽しみたいけどね)
仮に日本へと頻繁に戻ってくるのであれば、こちらでの生活基盤も整えておく必要はあるのだが――。
(ま、なんとかなるっしょ)
異世界で順調に稼げるようになれば、なんらかのかたちでそれを日本での生活に還元できるかもしれないし、先日の宝くじのように、スキルを使って簡単に稼ぐいい方法を思いつくかもしれない。
いまのところ妙案はないが、しばらくは行き当たりばったりで問題ないだろう、と陽一は考えていたのだった。
目的地最寄りの新幹線停車駅へ到着した時点で、あたりはすっかり暗くなっていた。
目的の場所は北隣の町にあり、そこへ着く頃には、人目を避けて行動するのにいい時間になっているかもしれない。
今夜目的を果たすことができれば、そのまま【帰還+】で帰るのもよかろう。
そう思って在来線に乗り換えようと歩いていたところで、スマートフォンが震えた。
どうやら電話着信のようだが、表示された名前を見て陽一は固まってしまった。
-――本宮花梨
先日のことを思い出すに、花梨とは連絡先の交換など行なっていなかったはずである。
彼女の連絡先を聞き忘れたと気づいたのは、彼女と別れたあとのことだが、なにかあれば【鑑定+】を使って陽一のほうから接触すればいいと思っていたので、特に焦ることはなかった。
ただ、聞いていないはずの電話番号が自身のスマートフォンに登録されており、それが表示されていることに戸惑いを覚える。
(いや……番号が変わってないのか?)
花梨の電話番号を新たに聞いた覚えはないが、それ以前に削除した覚えもない。
このご時世、十数年電話番号を変えずにいるというのも珍しい話ではあるが、陽一自身もそうなのでありえないことではない。
「あー、もしもし?」
『あの、恐れ入りますが、そちら藤堂陽一さんの携帯電話でしょうか?』
「……なにかしこまってんの?」
『あー、陽一!? よかった、番号変わってなかったんだねぇ』
「うん、まあね」
『しっかし、このご時世、10年以上も電話番号変えないなんて珍しくない?』
「そりゃお互いさまだ」
『え? じゃ、アンタも……』
「で、なに?」
『あー、うん。あのさぁ、陽一って
「いけるよ。どしたの?」
『いや、いま出張で南のほうに来ててさ。お土産に明太子でも買って帰ろうかと思って』
「明太子……? いまどこにいんの?」
ふたりはお互いの状況を簡単に説明した。
陽一も、仕事の都合でこちらに来ていると説明している。
今回手に入れる武器に関しては異世界探索用の商売道具ともいえるので、あながち嘘ではない。
『あは、偶然!! じゃあさ、一緒にごはん食べない?』
陽一としてはこのまま一気に用事を済ませたかったが、せっかくの花梨の誘いを断るのは申し訳ない。
特に急ぐわけでもないので、駅を出たところで花梨と待ち合わせることにした。
「おまたせー」
陽一が駅を降りて5分と経たず花梨は現われた。
少し息が切れているので、もしかすると陽一を待たせまいと気を遣ったのかもしれない。
「うん、全然待ってない」
「そ、よかった」
花梨は軽く胸を押さえ呼吸を整えている。
首元まで閉じられたコートの胸元が、呼吸に合わせて大きく上下していたが、やがて落ち着いてきたようだ。
「なに食べよっか?」
「俺としてはこの町に来たからにはラーメンかモツ鍋と思ってたんだけど」
「ベタだねぇ。じゃ、モツ鍋で」
こうやって選択肢を出すと即座に答えを出すあたり、花梨らしいなと思い、陽一は思わず苦笑してしまった。
「なに? ラーメンのほうがよかった?」
「いや、モツ鍋でいいよ」
「そ」
そっけなく返事をしたあと、花梨は陽一の腕に手を回した。
「お、おい……」
「不満?」
「いや、べつに……」
「じゃあいいじゃん。行こっか」
陽一は花梨に引かれるまま、町を歩き始めた。
そのあと食事を終えふたりは、そのまま同じホテルに泊まった。
○●○●
チェックアウトを延長し、昼前にホテルを出た陽一と花梨は、近くのショッピングモールを訪れていた。
「アンタのそのダッサい格好をなんとかするのはあたしの使命だわ」
と、陽一は半ば無理やりショッピングモールに連れてこられていた。
出張中の花梨だが、今日は移動日ということで夜までに帰ればいいらしく、まだ時間に余裕はあった。
時間も時間なのでショッピングモール内のレストラン街で昼食をとった。
「陽一って、そんないっぱい食べる人だっけ?」
と、半ば呆れるようにガツガツと食事を進める陽一を見ていた花梨だったが、かく言う自身もそれなりの量を注文している。
「いや、最近すごく腹が減るんだよなぁ。って、花梨もそんな食ってたっけ?」
「え? あれ、やだ……なんか今日すごくお腹が空いてて、勢いで頼んじゃったけど……」
と言いつつも、花梨は三十代半ばの女性にとってかなり厳しいと思われる量の料理をぺろりと平らげていた。
「うぅ……食べすぎたかなぁ……」
陽一に腕を絡めて歩く花梨は、少し落ち込んでいるようだった。
「なに、気持ち悪いの?」
「ううん、全然。まだいける。でも、太ったらやだなーって思って」
「ちょっとくらい大丈夫じゃね?」
「30半ばを超えたら、油断するとすぐ太っちゃうんだからね? あたし的にはいまがベスト体型なんだけど……」
と、そんなとりとめのない話をしながら、ふたりはいくつかの衣料品店をハシゴした。
あーでもないこーでもないと、ほとんど花梨の着せ替え人形となっていた陽一だったが、最終的には自分でも感心するほどまともな格好になった。
「ま、こんなもんね」
陽一の買い物だけでなく、ついでに花梨も自分のものを見て回ったので、気がつけば夕刻が迫っていた。
いい時間になっていたので、少し早いが夕食をとった。
「今日さんざん歩き回ったのに、全然疲れてないわ。陽一は大丈夫だった? 結局半日付き合わせちゃったけど」
「俺は全然平気」
「ふーん。なんかさぁ、こないだ陽一と会ってから、すごく調子がいいんだよね」
「へええ」
「今日なんてあれだけ歩き回って全然疲れてないしさ。陽一といるのが楽しかったから、とか?」
少しおどけて見せる花梨だったが、向けられた眼差しだけは真剣さを帯びており、陽一は少し怯む。
「俺も――、ってか、まぁ誰かと一緒にいるっているのは悪くないよな」
危うく出かかった言葉を飲み込み、陽一は愛想笑いを作った。
しばらく無言で見つめ合っていたが、花梨のほうが少し切なげな笑みを浮かべ、軽くため息をついた。
「そろそろ行こっか」
「おう」
陽一は改札まで花梨を見送りに来ていた。
「じゃ、行くね」
「うん、気をつけて」
「そっちも仕事、頑張ってね?」
そう言い残し、花梨はホームへと去っていった。
その背中を見て、陽一は胸が少し苦しくなった。
復縁を申し出れば、おそらく花梨は応じてくれるだろう。
ただ、花梨は面倒くさい女と思われることを嫌うので、彼女から迫ってくることはおそらくあるまい。
しかし、復縁してどうなる?
もうふたりともいい歳なので、遠からず結婚ということになるだろう。
「……無理だよなぁ」
自身のこれからのことを考えると、どうしても花梨を巻き込みたくないと思ってしまう。
しかし、このままの距離を保つことで、30代後半という女性にとって非常に重要な時間を自分に使わせてしまうのも申し訳ないような気もするのである。
「ほかにいい人を見つけて、幸せになってくれれば……」
そう呟いてみたものの、花梨が見知らぬ誰かと幸せに過ごしている姿を想像すると、胸のあたりがムカムカしてきた。
「最低だな、俺」
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