第13話 敗走
森の奥から熊型の魔物がノッシノッシと近づいてくる。
大きさはホッキョクグマくらいはあるだろうか。
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ワンアイドベアー
状態:空腹
討伐ランク:C
魔石:1キログラム
討伐証明部位:左前足
備考:凶暴な熊型の魔物。前足の一撃は大木をなぎ倒すほどの威力があり、10メートル程度であれば一瞬で詰めるだけの瞬発力を持つ。強固な毛皮は鋼刃の斬撃を弾き、強靭な筋肉は槍の刺突を跳ね返す。毛皮は防具の素材として、肉は食肉として優れており、左前足は珍味として重宝される。どの個体もなぜか左右どちらかの眼が潰れており、隻眼。
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さて、これまで遭遇した魔物はどれもランクG~F。
あえて言えばフォレストハウンドの群れのEランクが最高だったが、Dランクを飛び越していきなりCランクの、いかにも強そうな魔物が現われた。
(とりあえずひと当てして、ヤバそうなら逃げよ)
拳銃の射程には少し遠いが、逆に向こうは一瞬で詰められる距離だ。
だが、ワンアイドベアーは特に身構えるでもなく陽一を一瞥したあと、ゆらりと2本のうしろ脚で立ち上がった。
(ん、これだけ的がデカければ……)
少し遠いが、無防備にさらされた広い胸や腹であれば、乱射すれば当たるだろうと思い、まずは胸をめがけて3発、続けて腹に3発撃ち込んだ。
これまでの訓練や実戦の経験から陽一の射撃能力はかなり向上しており、6発すべてが命中する。
命中した弾丸は多少の衝撃を与えるには至ったようで、ワンアイドベアーも少し怯んだ様子を見せたが、1発もその毛皮を貫くには至らず、結果6ヵ所にかすり傷を与えるだけという情けない結果に終わった。
しかしノーダメージというわけでもないようで、ワンアイドベアーは身をかがめて前足を地面について身構えた。
今度は頭をめがけて引き金を引く。
さすがに筋肉に守られていない頭部に受ける衝撃は結構なもののようで、ワンアイドベアーは銃弾を受けるたびにのけぞった。
3発撃って弾切れになった銃を取り替え、続けて引き金を引き続ける。
だが、4発目以降は前足で頭を防御され、ほとんどダメージを与えられなくなった。
(うん、無理)
これ以上の戦闘は無意味と判断した陽一は、ワンアイドベアーがなにか仕掛けてくる前に【帰還+】を発動し、アパートに戻った。
「はあぁぁ……。やっべぇな、異世界」
拳銃さえあればなんとかなると思っていた陽一だったが、まさかそれが通用しない魔物と、こうも早く遭遇するのは想定外だった。
さすがは異世界、と感心する陽一だったが、実際のところ30口径の拳銃程度では、こちらの世界の熊を相手にしてもおそらく仕留めることはできないだろう。
なんにせよ、より強力な武器を用意する必要がある。
ネットをいろいろと調べてみたが、
(でも、日本にあるのかねぇ……ってあんのかよ!! そしてそんなことまでわかる【鑑定+】さんすげーな!!)
有名なロシア製の突撃銃で検索をかけたところ、どうやら南のほうにそれを所持する団体がいることがわかった。
(よし、善は急げだな)
まだ昼過ぎであり、いまから出発しても夕方には到着できる時間である。
(っと、その前に腹ごしらえを)
とりあえず陽一は近所の定食屋に入った。
そこは家と駅のあいだの、少し駅寄りにあるので、どちらかというと仕事帰りに寄ることが多い店だった。
昼の時間帯に来ることはあまりなく、普段と異なる雰囲気の店内はなかなか新鮮であった。
和食の定番料理を出すチェーン店で、会計は食券方式となっている。
鯖の味噌煮定食の食券を購入した陽一は、昼食ラッシュが過ぎ、ちらほらと空席が出始めている店内に足を運んだ。
「空いてるお好きな席へどうぞー」
テーブルやカウンターに残された食器類を忙しなく片づけながら、女性店員が陽一のほうを一瞥し、声をかけた。
この時間帯でこれ以上混むことはあるまいと予想した陽一は、4人がけのテーブルに陣取った。
「おまたせしましたー」
くせ毛なのかパーマを当てているのか判然としない、栗色の長髪をポニーテールにしている若い女性店員が陽一の席を訪れたのは、彼が席について1分ほど経ってからだった。
(見たことない娘だな)
「鯖の味噌煮定食ですねー。ありがとうございまーす」
柔らかく、少し間延びしたようなしゃべり方で注文を確認したその店員は、テーブルに置いた食券を手に取り、ミシン目に沿ってちぎった。
飲食店であれなんであれ、女性店員が現われるとついつい値踏みしてしまうのは悲しい男の
全身を舐めるように……という訳にはいかないが、陽一はお冷を飲みながらちらちらとその店員に視線を向けた。
150センチに満たないであろう低い身長に、少し幼い印象を受ける、美人とまではいいがたいが愛嬌のある顔の持ち主である。
白いシャツに黒いサロンエプロンを腰に巻いた清潔な格好と、その幼い容貌がなんともいえぬ雰囲気を醸し出している。
しかしなんといっても特筆すべきはその胸であろう。
白いシャツのボタンが取れるのではないかというほどに内側から主張するものを、彼女は有していたのであった。
低い身長と幼い容貌に似合わぬ豊満な双丘が、一動作ごとにゆさりと揺れる。
(こ、これがロリ巨乳ってやつか……!!)
心の中の驚嘆を表情に出さぬよう気をつけながら、陽一はなんとか彼女から視線を逸らしたのだが、半券をテーブルに戻すべく少し屈んだ際に迫ってくるその膨らみに、思わず視線を戻し、目を見開いてしまった。
「クスッ」
その陽一の様子を見てか、女性店員がくすりと笑ったような気がした。
(見られて不快じゃないのかな?)
女性は自分の胸に男性の視線が移ると、かならず気づくものだといわれている。
であれば先ほどの瞬間、陽一の視線がざっくりと自分の胸に刺さったことに気づいたはずだが、彼女は不快な様子を見せるどころか、微笑したのである。
(……狙ってやがるな?)
よくよく考えればボタンが取れそうなほど胸がきついのであれば、シャツのサイズをワンサイズ上げればいいだけの話である。
にも関わらずあえて胸を大きさを主張するようなサイズのシャツを着ているのは、狙ってのことであろう。
少し注意して周りを見れば、男性客の多くが彼女の胸に視線を奪われているのがわかる。
中には彼女を目当てにここへ通っている者もいるだろう。
まさか全国にチェーン展開するそれなりの企業が、いちバイトに対して売上のために卑猥な格好をしろなどと命じるはずもないので、彼女が望んでやっていることに違いない。
などとくだらないことを考えながら気を紛らわせてみたものの、胸に目を奪われ、軽く笑われたことで感じた妙な敗北感と罪悪感が消えるわけでもなく――。
「あ、あの、大盛りってできますか?」
と、その空気を打破すべく女性店員にそう告げたのだが、返ってきたのはきょとんとした表情で首を傾げる、なんともかわいらしいロリ巨乳の姿であり、陽一は敗北感と罪悪感に加え、微妙な背徳感まで覚えてしまうのであった。
「えっとー、うちはごはんおかわり自由ですよー?」
「あ、あれ、そうでしたっけ?」
言われてみればそうだったな、と思い出せるのだが、普段陽一はおかわり自由の制度を使ったことがないのですっかり忘れていた。
さらにいえば、もう少し待てばその制度を女性店員から告げられるはずであったのだ。
「はい。あそこにおひつがありますから、ご自由にどうぞー」
「ああ、どうも」
「ではしばらくお待ちくださいませー」
そう言い残して、ロリ巨乳店員は店の奥へと戻っていった。
その後、注文の品を持ってきた際、トレイをテーブルに置くべく屈んだ店員の胸に目を奪われつつ、陽一は鯖の味噌煮定食を食べ始めた。
自分でも驚くほどごはんが進み、陽一はこの店で初めてごはんのおかわりをした。
3度目のおかわりのとき、おひつの近くで作業をしていたロリ巨乳店員に声をかけられた。
「すごくたくさん食べるんですねー」
「ああ、すいません」
「あーごめんなさい、そういうんじゃなくてー。普通にすごいなーと思ってー」
「いや、なんか最近食欲旺盛で……」
「うふふ。たくさん食べる男の人ってー、素敵ですよー?」
上目遣いにそう言われ、陽一は少しドキリとしてしまった。
「遠慮なくどんどんおかわりしてくださいねー」
柔らかくほほ笑みながらそう告げたロリ巨乳店員は、別の作業があるのかその場をあとにした。
結局陽一は、5杯もおかわりをした。
「ありがとうございましたー!!」
食事を終え、席を立って店を出ようとすると、奥から例の店員の挨拶が聞こえた。
軽く振り返ると、彼女は別のテーブルにあった食器を奥に運んでいる途中で、顔だけをこちらに向けていた。
最後にもう一度あの双丘を拝みたかったな、と少し残念に思いつつ、陽一は店を出た。
(炭水化物、摂りすぎ?)
ロリ巨乳店員におだてられるようなかたちとなり、必要以上におかわりをしすぎた気がしないでもない陽一だったが、異常に増加した基礎代謝に必要なカロリーを考えると、糖質の摂取は決して間違いではなかろう。
陽一は、満腹になって少し重くなった腹をさすりながら、駅へ向かって歩き始めた。
(さて、移動手段をどうするか……)
例の武器が保管されている場所だが、そこは駅や繁華街からかなり離れたところにある。
途中までならタクシーを使っても大丈夫だろうが、場所が場所だけに現地まで行くと怪しまれるだろう。
レンタカーという手も考えないではないが、それはそれで目立ちそうだ。
バイクでもあればいいのだろうが、納車まで日数がかかる。
一応陽一は普通二輪免許を持っているので、異世界で使えそうなバイクくらいは用意しておいたほうがいいかもしれないが、それはまた後日で問題あるまい。
(途中までタクシー、あとは自転車でいいか)
近所にある大きめの自転車店がまだ営業中だったので、5万円ほどのマウンテンバイクを購入し、そのまま持って帰ると言って調整してもらう。
店を出たあと駅まで自転車で向かい、人目のないところで【無限収納+】に収めた。
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