第7話 【鑑定】はチートの代表格
翌朝、陽一は遠隔地からのホームポイント確認機能を試すことにした。
なんとなく意識を集中すると、ホームポイントに立っているという状態での主観であたりを見回すことができた。
さらにズーム機能もあるようで、おおよそ100メートル四方は問題なく見ることができるようだ。
ただし、基点の移動はできないが。
(あれ、なんか様子が違うなぁ)
昨日実際降り立ったときに比べ、森の様子が随分と異なっていた。
昨日の段階だとかなり鬱蒼と木々が生い茂っていたが、いまは生えている木の本数自体が少ないうえ、高さも少し低いように見えた。
(つまり、昨日とは時代が違うってことか)
魔物かあるいは獣の姿もちらほらと見えた。
そして、昨日見た角の生えたウサギの姿も確認できた。
どうやら多少時代が変わっても、魔物の姿はあまり変わらないらしい。
さらに検証を続けた結果、基点の移動はできないが、視点の変更はできるようだった。
ホームポイントを中心に
そして森を抜けてしばらく東に進むと町らしきものがあることがわかった。
あの森を切り抜け、とにかく町へ行く必要がある。
そのために、装備を整えなくてはならないだろう。
そして装備を整えるには先立つものが必要だ。
手っ取り早くそれなりの金を稼ぐ方法として、陽一がまず思いついたのがギャンブルだ。
この国では、賭博は原則違法だが、国がお墨つきを与えて運営している公営ギャンブルというものがある。
それであれば『法を犯さない』というルールに反することはない。
ただ、異世界に行けるということがわかって以降、その自分ルールもグラグラ揺れているのだが。
(ま、できる範囲で守るってことで)
まず陽一が思いついたのは宝くじだ。
あたりまえだが宝くじというのは当たりくじを事前に確認できないようになっている。
そもそも、当たりくじが決まるのは未来のことであり、さすがに陽一のチートスキルをもってしても未来を予知することはできない。
ではなぜ陽一が宝くじに目をつけたのかというと、すでに当選が確定しているものがあるからだ。
――スクラッチである。
カードの隠された部分を削り、当たりかどうかを確認するくじだ。
スクラッチの場合、印刷済みのものを一部隠しているだけなので、未来に当選が確定するものとは根本的に仕組みが異なる。
であれば、たとえ隠されていようとも【鑑定+】で当たりくじを見つけることができるのではないか、と陽一は考えたのだ。
ほかにも稼ぐ方法はいくらでもありそうだが、とりあえず100万円単位で稼いで税金関係に影響が出ない宝くじが、いまはベストだと陽一は判断した。
無論、それ以外にあまりいい案を思いつかなかったというのもあるが。
現在販売されているスクラッチの当選金額は1等が100万円、2等が10万円、3等が2万円。
50万円以上は換金に身分証が必要となる。
(なら2等以下を匿名で何度も交換したほうがいいか? ……いや、当面の軍資金をなんとかしたいし、とりあえず1等を当てておこう)
陽一が最初に選んだ宝くじ売り場は繁華街の駅の、受付が5つある少し規模の大きいところだった。
彼が大きい売り場を選んだのには理由があるのだが、それは後述する。
陽一はさっそく【鑑定+】の検索と逆引きの機能を使ってみることにした。
通常【鑑定+】を使用する場合は、対象物を見ながらそれがなんであるかを【鑑定】し、鑑定結果を見るものである。
対して逆引きというのは、鑑定結果から対象物を探し当てる機能である。
それを自由な語句で検索できるというのだから、これはもうチート以外の何物でもあるまい。
使いようによっては世界を支配できるスキルである。
陽一にはまったく興味のないことであるが。
検索対象は『1等のスクラッチ』で。
……特に反応はない。
つまり半径100メートル圏内に1等は存在しないということだろうか。
念のため『3等のスクラッチ』で検索をかけてみる。
すると、対象物を示す矢印が4つ表示された。
(これだけ売り場があって、4つしかないのか……)
売り場に近づき、矢印が指す位置を確認する。
なにを買うか迷ってるふりをすれば特に怪しまれることもあるまい。
そして、4つのうちのひとつが、ちょうど透明の壁に貼りつけられているものだった。
まずは焦らず周りを見る。
ほかにスクラッチをやってる人はいないかを確認する。
もしスクラッチを購入し、いままさに削っているような者がいて、目立つ場所で当たりを出したりすると、「自分が狙ってたのに!」などといちゃもんをつけられる可能性がないともいえないのだ。
(……よし、いないな)
周りに人がいないことを確認した陽一は、販売員に声をかけた。
「あの、スクラッチ欲しいんですけど」
「ありがとうございます」
販売員の女性はそう言うと、カウンターに積んであったスクラッチの束の上から10枚ほどを手に取り、渡し口から出してきた。
「どれか選ばれます?」
「えーっと、この貼ってあるやつでもいいですか?」
「いいですよー」
「じゃあ、これと、これと……」
当たりくじ1枚だけだと目立つので、貼ってあるところから2枚、販売員が出してくれたものから3枚、計5枚を1000円で購入した。
売り場を一旦離れ、脇にある、おそらくスクラッチを削るためのスペースに移動し、財布から小銭を取り出して銀色の膜を削った。
(おお、ホントに3等当たったよ! 【鑑定+】さんすげーな!!)
さっそく換金をする。
本来1万円以上の換金は銀行で行なう必要があるのだが、大きめの売り場だと5万円までの換金ができるのだ。
陽一がこの大きい売り場を選んだ理由がこれだった。
「お姉さん、当たりましたよ!」
購入したのと同じ販売員のところへ換金にいく。
ここは素直に喜んだほうが自然だろう。
「あら、おめでとうございます」
陽一は売り場に着いて数分で1万9000円を稼いだのだった。
その後、陽一は10ヵ所ほど売り場をめぐった。
3等は結構な割合であったのだが、いくら売り場で換金できるとはいえ、そう何度も3等を当てるのはなんとなく目立ちそうな気がしたので、あと2枚だけ買ってそれ以上は自重した。
夕方ごろになってようやく2等を発見したが、削ったところで銀行は閉まっているので、財布にしまって家に帰った。
帰宅後、スクラッチを削ったところ、やはり【鑑定+】の見立てに誤りはないことが証明された。
陽一は1日で15万5000円稼いだことになる。
とりあえずこれで当面の支払いはなんとかなりそうだ。
(あとは、数日かけてでも1等を探さないとな)
翌日、陽一は家から少し離れた場所にある昨日とは別の繁華街を訪れた。
まずは銀行でスクラッチの換金。
換金の際、この銀行の口座をまだ持ってなかったので口座開設を勧められたが、断って現金で貰った。
金の入った封筒は懐に入れるふりをしてそのまま【無限収納+】へ。
保管方法としてこれに勝るものはあるまい。
銀行を出たあとは、事前に調べておいた宝くじ売り場をハシゴしていく。
ときどき3等を当てつつ街を歩き回った。
【健康体+】のおかげか、疲れてもすこし休めばすぐに回復するので、思っていたよりもハイペースで回ることができた。
(定番スキルセットじゃないけど、【健康体+】がいちばんありがたいかも)
丸一日歩き通して今日はそろそろあきらめようかというとき、陽一はようやく1等のくじを発見した。
小さい売り場ではあったが、どうせ銀行に行く必要があるので問題ない。
「すいません。スクラッチ欲しいんですけど」
「はいよー」
と、販売員の中年女性が20枚ほど出してくれた。
が、その中に1等はなかった。
「すんませんけど、がっつり吟味したいんで、たくさん出してもらっていいですか?」
「あはは。いいよいいよ、じっくり選びな!」
そう言って、販売員はスクラッチをドサッと出してくれた。
その中に、1等が含まれていることを確認した。
「むむぅっ……」
悩むふりをして1等を含むカードを10枚選んだ。
お金を払ったあと、削らずにポケットに突っ込む。
「おや、削ってかないのかい?」
「はい。ひと晩神棚に置いて、明日削ろうかと」
嘘である。
そもそも陽一の部屋に神棚はない。
「うん、いい心掛けだね。じゃ、当たりますように」
スクラッチの場合は手にした時点で当たりかどうかは決まっているので、購入後なににどう祈ろうとも結果は変わらないのだが、販売員は特につっこむこともなかった。
さすがプロというべきか。
さっさと【帰還+】で帰ってもよかったのだが、せっかく家から離れてるところに来たわけだし、もう少しだけ稼いでいこうと、あと1枚だけ3等を購入。
しかし、これが少し厄介な事態を引き起こしてしまう。
最後に購入した3等くじを換金し、家に帰ろうと歩いているのだが、現在陽一は3人の男につけられている。
彼らはどうやら陽一が3等くじを換金しているところを確認していたようで、カツアゲなんぞを考えているらしい。
なぜそのようなことがわかるのか?
【鑑定+】のおかげである。
人物を鑑定した場合、その人の名前や住所、職業や身長体重等が表示されるのだが、詳しく調べると生い立ちのようなものも確認できることは先述した。
『知識の宝庫』にはその人が過去にどういった行動を取りどう思ったか、ということが克明に記録されているのだ。
そして【鑑定+】は過去から
たとえば3人組のうちのひとり、
『うだつの上がらなそうなオッサンがスクラッチで万札を当てているのを見たので、利益をちょっと分けてもらおうと思っている』
(まったく最近の若いもんは……)
3人につけられている陽一は、できるだけ人や防犯カメラが少ない場所を選んで歩いている。
向こうとしても好都合だろうし、今のところなにか仕掛けてくる様子はない。
そんな中陽一は『自分を視界に収めている人物 カメラ類』で検索しつつ移動していた。
(意外と防犯カメラが多いな……)
映像からいきなり消えれば不審に思われるかもしれない。
街頭や店頭のカメラなどそうそう確認はされないだろうが、万が一ということもあるので陽一は慎重に行動することにした。
しばらく雰囲気の悪い路地裏を歩き、ようやく検索結果を示す矢印がついてくる3人だけになったので、そこで立ち止まった。
「あっ!!」
「「「えっ!?」」」
陽一が振り返りつつ、3人のうしろを指して声を上げると、3人ともつられて振り返った。
検索結果の矢印が完全に消えた瞬間を狙って【帰還+】を発動。
結果、無事帰宅することができた。
自宅への【帰還】は初めてだったが、どうやらうまくいったようだ。
「あ……土足」
ホームポイントを室内にしたままだったので、陽一は土足のまま部屋に立っていた。
玄関あたりに設定し直す必要があるだろう。
(うーむ、異世界も物騒だけど、こっちもなにげに物騒だなぁ。やはり早急に装備を整えねば!!)
一応人の目につかないように【帰還+】を発動したわけだが、少なくともあの3人には相当怪しまれただろう。
まあ3人の鑑定結果は保存してあるし、彼らの活動範囲はなんとなくわかったので、しばらくそこには近づかないようにすれば問題あるまい。
この日、あらためて【鑑定+】のすごさを実感した陽一であった。
(その気になれば名探偵になれそうだなぁ)
どんな嘘だろうがトリックだろうが、【鑑定+】を騙すことはできないのだから、探偵などお茶の子さいさいであろう。
(……でも目立つからやめとこう)
陽一はニヤニヤしながら、あらためてスキルの確認をしていた。
そして――。
「あ、検索範囲」
【鑑定+】の効果範囲は∞まで広げることが可能であるにも関わらず、陽一は律儀に初期値の100メートルに固定したまま、街中を歩き回っていた。
適当に範囲を広げて自宅から検索をかけていれば、もっと効率よく1等くじに出会えたということである。
「俺って間抜けだなぁ……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます