第5話 今後の方針

 東堂家から自宅へと帰る途中、陽一はディスカウントショップへ寄った。

 小腹が空いたので、菓子パンでも買って帰ろうと思ってのことだったのだが、そこで陽一はある誘惑と戦うこととなった。


 このディスカウントショップは、食料品から生活雑貨、各種家電からアダルトグッズに至るまで手広く扱っているのだが、その取り扱い商品の中に高級ブランド品があった。

 国内海外を問わず、有名ブランドの財布やカバン、時計、宝飾品などが、専門店に比べて安く売られている。

 しかし、安いといっても高級ブランド品。

 元値が高いので、何割引こうがそれなりの金額になる。

 そういった高級ブランド品を扱うコーナーで、陽一はふと思ってしまった。


(もしかして、【無限収納+】に収納できるんじゃね?)


 ショーケースから10メートル。

【無限収納+】の効果範囲内だ。

 店員はほかの客の相手をしており、それ以外に人はいない。

 とりあえず目につくところにあった30万円程度の腕時計を収納してみる。


(……できた)


 ショーケースから腕時計は消え、【無限収納+】内に入ったことがわかる。

 重量センサーのようなものはないらしく、特に警報が鳴るようなことはなかった。

 陽一は足早にその場を離れ、トイレに駆け込み、個室へと入った。

 皮脂がつかぬようにと、トイレットペーパーを破り取って手のひらに置き、そこに【無限収納+】から腕時計を取り出す。


「マジかよ……」


 手のひらに乗せたトイレットペーパーの上に、高級腕時計が現われた。

 新品未使用品なので、たとえばネットオークションに出品すれば、ここでの売価とほぼ同等の価格で落札されるだろう。

 たったこれだけのことで繁忙期に近い時期の1ヵ月の報酬ぶんを稼げるわけである。


「ふぅ……」


 息を吐き、呼吸を整える。

 心臓がバクバクと激しく動き、息が荒くなってきたので深呼吸を行なった。

 30万円もする時計をあっさりと手に入れられたという事実、そしてその行為が窃盗以外の何物でもないということに、陽一は少なからず罪悪感を覚えた。

 少し落ち着いたところで腕時計を【無限収納+】に戻し、トイレを出る。

 ふと洗面台の鏡が目に入った。

 あらためて先ほど殴られた頬のあたりを見てみたが、完全に腫れは引いており、舌で口の中を確認したが、傷らしいものも確認できなかった。

【健康体+】のおかげで身体の疲れはないのだが、気分的には随分と疲れた。

 疲れはしたが東堂の言葉を伝えられたので、その甲斐もあったというものだ。

 東堂の話しぶりから察するに、彼の妻はしっかり者のようだし、いい両親もいるからなんとかなるだろう。

 あらためて鏡を見る。


(なにやってんだ、俺……)


 鏡の中の自分は随分とひどい顔をしていた。

【健康体+】のおかげで体調は万全であるにも関わらず、だ。

 ブランド品売り場に戻り、腕時計を元あった売り場に戻したあと、あんパンとコーヒー牛乳を買って店を出た。

 そしてそのまままっすぐ家に帰った。


○●○●


(さて、ここからは自分のことを考えないとな)


 この、チート《反則》ともいえるスキルをどう使い、今後どう生きるべきか。

 今回の検証で、所有権とは関係なく、そしてショーケースのような障害があっても10メートル以内の物は自由に【無限収納+】へ収納できることがわかった。

 収納さえしてしまえば、あとは好きなように出し入れ可能だ。


「こりゃ世紀の大怪盗になれるな」


 ルーブル美術館だろうが大英博物館だろうが、客として入りさえすれば展示品を片っ端から盗むことが可能なわけだ。

 位置さえ確認できれば10メートル以内のものは盗り放題なのだから。

 しかも、与えられたスキルはこの世界のことわりの外にあるものなで、露見することもなければ防ぐこともできない。

 警備員の目の前で、防犯カメラのモニターの中で、あれよあれよという間に美術品が消えていく。

 フィクションの大怪盗でさえなしえないことも簡単にできるわけだ。


「……ガラじゃないなぁ」


 陽一は自嘲気味につぶやいた。

【無限収納+】ひとつでこれだけのことができるのだから、ほかのスキルを組み合わせればより大それたことができるということになる。


(うん、これは早急に自分ルールを設定する必要があるな)


 なぜ人は超能力的なものや秘密道具的なものを手に入れたら……と夢想するとき、安易に犯罪に走ろうとしてしまうのか。

 瞬間移動ができたら銀行の金庫に忍び込んで大金をせしめてやろう、透視ができたら女風呂を覗いてやろう、念動力があればあの娘のスカートをめくってやろう、予知能力があればあの娘の未来の旦那さんを探ってやろうなどなど……。


(うん、安易に犯罪行為に走るのはやめにしよう)


 犯罪行為は可能な限り避けるようにする。

 立件されるかどうかは関係ない。

 法を犯さない、ということを大前提に、自分なりのルールを組み上げることにする。


(あー、でもあくまで自分ルールだから、いざってときはアレだけどさ、うん)


 次は今後の生き方について考えてみる。

 今回得たチートスキルを、法を犯さない範囲で使ったとしてもかなりのことができるだろう。

 すぐに思いつくだけでも【無限収納+】と【帰還+】を使えば、運送や貿易でひと山当てるなど容易であろうし、【言語理解+】で通訳も簡単にできるだろう。

 メシの種はいくらでもあるのだが、〝できるからやる〟というのはなんとも短絡的でつまらないのではなかろうか。

 深く考えず、ただ〝できるから〟という理由でなにかを始めてみて下手へたに大きく稼ぐと、辞めたいと思っても辞められなくなる可能性もあるのだ。

 できることはたくさんあるのだから、〝なにができるか〟よりも〝なにをやりたいのか〟ということを考えたほうがいいのかもしれない。


 あの事故に巻き込まれたとき、驚くほど未練がなかった。

 陽一はいままでただ生きるために生きていただけで、特にやりたいことがあったわけではない。

 やりたいことがないということは、言い換えればやり残したこともないということになるのだろう。


(そりゃ未練もないわけだ)


 しかしこうして生き残ったからには、生き続けるべきだろう。

 しかも望外の能力まで手に入れたのだから。

 この世界の人間、それこそ大富豪がいくら金を積もうとも、王侯貴族がいかなる手段を講じようとも手に入れることができないスキルを手に入れたのだ。

 楽しく生きねば損だろう。


(うん、いいな。楽しく生きる。それでいこう)


 やりたいことをやり、やりたくないことをやらない。

 のんびりと気楽に生きることができたらそれでいいのかもしれない。


 やりたいことに関してはまだはっきりとしないが、やりたくないことはいろいろある。


 ――まずは仕事だ。


 あれは生きるために仕方なくやっているだけで、やらずに済むならやりたくない。

 スキルをうまく使って生活費を稼ぐ手段さえ確立できれば、仕事を辞めることは可能だ。

 幸い1ヵ月近くは休めるのだ。

 そのあいだになんとかして稼ぐ方法を見つけ、可能であればそのまま辞めてしまいたい。


 その上でもうひとつ、やりたくない、というか、避けたいことがある。


 ――目立つこと。


 これはできる限り避けたいところだ。

 特殊なスキルで変に注目された場合、やりたいことはできなくなり、やりたくないことをせざるをえなくなりそうだ。

 法を犯さず、できるだけ目立たず、楽しくのんびり生きる。

 それを当面の目標とし、そのうえでいろいろと問題が発生したり、なにかやりたいことができたら、そのときは臨機応変に考えればいいだろう。


(はぁ……。やっぱ、こういうスキルを気にせず使える異世界に行きたかったなぁ……)


 未練があるとすればやはりその部分であろうか。


「ま、明日から頑張ろう」


 あんパンとコーヒー牛乳で軽く腹を満たした陽一は、PCでネットをブラブラしたあと、明け方近くになってから寝た。 

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