第6話 へるスィー様

 お腹が空いている。時刻は午前8時45分。しかし食べることは許されていない。本日は健康診断。事前に送られてきた注意書きと問診票にはご丁寧に明記されている。


「前日の夜9時以降は食事をお控え下さい。当日は朝食を取らず、水、お茶、喫煙、ガム等も控えてください」


 これでは最早健康診断ではないのでなかろうか。「不健康でないかどうか診断」に改めた方が良いのではないか。なにせこれだけ控えさせた挙句、検査項目は「診断」というより「測定」ばかりなのである。

 身長体重視力聴力腹囲、申し訳程度に聴診器を当てられる内科検診、以上。たったこれだけのために、私にとっては仕事の都合上実質2食(とアルコールも‼︎)を抜かなければならないのである。空腹と相まってお腹は立つばかり。

 職場が無料で受けさせてくれる健康診断なので文句は言えまい、なんて全く思わない。この程度の「検診」に会社が何某かを負担するくらいなら、個々人に診断書の提出を義務付けて「健康診断受療給付金」として後から一定額負担してくれた方が余程有難い。さすれば自ずから適した健康診断を受けに行くし、それにより新たな知見が開かれたり知識が身につくこともあるかもしれない。限りなくブラックに近いグレー企業はこうして従業員から多くの機会を奪っていくのですな。私が勤め始めた6〜7年前は健康診断なんて概念すらなかった会社なので、これでも改善された方なのだけど「まだまだカイゼンの農地はだだっ広く残っておりますなぁ」と額に手を当て見渡すポーズの一つでも社長の前でとってやりたいものです。


 減ったり立ったり忙しないお腹から意識を逸らしたいのに、考えることは「健康診断が終わったあと何を食べるか」とやはり空腹に向いてしまう。

 クリニック近くの背脂系ラーメン店、カレーうどん屋さん、少し歩いた先のハンバーガーチェーンもありだな…もうちょっと我慢して足を伸ばして一駅先のつけ麺も捨てがたい。自宅の近くまで戻って街の蕎麦屋も異常なくらい魅力的。仕事はお休みの日に診断を設定した理を最大限生かして中華料理屋で昼から一杯…なんて堪らないだろうなぁ。


 はぁ、お腹減った。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る