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 呉起の言動を見ていて気になるのは、命に対する考えの屈折である。郷里で三十人を殺し、自分に足りないものに気付いた。母の死を利用して儒学じゅがくと縁を切った。そして、出世のために妻を殺害した。前の二つは偶然の結果とも取れるが、やはり呉起には生命を尊重する素振りが見られない。

 非人道的と言えばそれまでだが、死の影響を力学として計算する冷徹さは、戦争を商品とする兵法家にとっては天賦てんぷの才能と言えるかもしれない。

 兵士が悪性のしょうみの溜まるできもの)をわずらっていると、呉起は自らの口で膿を吸い出してやる事が幾度もあった。当時はそうする事で治していたのだ。

 しかし、ある兵士の母親は悲しんで言った。

「あの子の父親も兵士でした。同じように疽を患っていた時、やはり呉起様が吸い出してくださったのです。夫はそのご恩に報いようと奮戦し、死にました。あの子もきっと、呉起様のために命を投げ出すのでしょう。これが泣かずにおられましょうか」

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