第3話 記憶

暗闇の中男はいた。




「.......ここはどこだ」




返事はない。ただ男の声だけが反響する。そんな中突如自分に語りかける声が聞こえた。






「目を覚まして、......ヴ........」






男にはどこか聞き覚えのある懐かしい声のような気がしていた。


声はやまびこのように男の頭の中を反響している。


しかし男には誰の声かは思い出せなかった。






「......ン、ケ......ィン......」






「......私の名前を呼んでいるのか?」




男は困惑した。








しばらくの静寂のあと、今度は別の声が聞こえてきた。








「まだ目を覚まさないのね......これで一週間経つわ。傷は治っているのに」






(誰の事を言っているのだろう?......しかし身体がやけに重い。)






懐かしい声がまた男の頭にこだまする。




「そろそろ起きて......ケヴィン」






________






突如、男の目に光が差し込んでくる。


それはとても優しく、暖かい光であった。






「ここはどこだ......」






目を覚ますと男は小さなベッドの中にいた。


男のそばでは銀髪の娘がもたれかかって眠っていた。


とても美しい娘だと、男は思った。






「......痛っ、身体が少し痛む。」






男の起き上がろうとする所作に、娘は目を覚ました。 






「意識が戻ったのね!」






目の前の彼女はとても嬉しそうな顔をしている。






「私は一体......」






「ソフィ!アロフ!目を覚ましたわよ!」






慌てふためく銀髪の彼女を前にして男は冷静だった。






(.....どうやら私はしばらく意識がなかったらしい。)


男は状況を分析しようとした。






そこへ若い男女が現れた。


何故男はここにいるのだろう。そんな考え事をしていると、現れた赤髪の青年は口を開いた。






「あなたは森でケガをして倒れて倒れていたんだ。そこをこの二人が連れて帰ってきた」






「意識が戻ってよかった」






 銀髪の彼女の頬には安堵の為か、一筋の涙が流れていた。






(......長い夢を見ていた気がする。)




男は自分の状況がやっと理解できた。






(どうやら私は随分と意識を失なっていたようだ。この若者達はどうやら私を助けてくれたらしい)






「あなたは一週間も目を覚まさなかったのよ。もう意識が戻らないかと......本当によかった」






見ず知らずの自分の為に涙を流してくれる彼女に男は心打たれた。






(大きな借りを作ってしまった。礼を言わねばなるまい)






「ありがとう。君たちは私を助けてくれたんだね。どうやら君たちには大きな借りが出来たみたいだ......。感謝している。本当に言葉にならない」






と、その時だ。重い大きな音が家に響いた。








......グゥウウ








それは長い仕打ちを受けてきた男の腹の悲鳴であった。


皆あっけに取られたのかキョトンとしている。






「......すまない」






穴があったら入りたい。男はそう思った。


仮に穴の中に何万もの蛇の群れがいたとしても飛び込んでいたに違いない。






ソフィと呼ばれた彼女は答えた。






「フフッ。とにもかくにも、まずはご飯にしましょう!お腹、空いてますよね?」






「......ありがとう」






「ソフィ!私も手伝うわ!アロフは食卓の準備をお願い」






(賑やかな時間だ。どこか懐かしい感じがする。私にも今までこういった経験があったのだろうか。)






「ハレル。お湯が溢れてる」






「あわわわわ。火弱めないと!」






そこには普段の二人の姿があった。






(私は平和な生活を掻き乱してしまってたんだな)




___________






「食事の準備ができたわ!」




家の主の彼女はそう言った。






テーブルの上には焼きたてのパン。色鮮やかな野菜のサラダ。そして輝く白いスープ、鳥肉のステーキ料理が飾られていた。


野菜は採れたてなのだろう、新鮮でとてもみずみずしい。




空腹の男はすぐさま飛び付きたい思いに駈られたが、最後のところで思いとどまった。






「お腹すいてるでしょ?食べて食べて」




彼女はそう言った。






「ありがとう。では遠慮なく。いただきます。...........っ!............美味い!」






新鮮な素材から作られた彼女らの料理は、久しぶりに食事にありついた男にとって、この世の物とは思えないほど美味に感じた。


二人は普段からよく料理をしているのだろう。






「お腹すいてるでしょ?遠慮しないで。そういえば自己紹介がまだだったわね。私はソフィ」






「アロフだ」 






「私はハレル。ソフィと日課の薬草積みの際に倒れているあなたを発見したの。酷いケガだったのよ。きっと森の魔物に襲われたのね。魔物は村の近くに寄ってこないけど私たちも一人では森には出かけないの」






「そうなのか......」






「あ!そういえば!あなたの変わった服、余計なお世話かと思ったけど着替えさせてもらったわ」




ソフィは述べた。






「今着せてくれてる服は誰のなんだい?」






「......俺のだ」




アロフは静かに答えた。








「あ、アロフが着替えさせたから私とソフィは何もみてないからね!」




ハレルは一人で動揺している。






「そういえば、あなたの名前はなんていうの?」




ソフィは尋ねた。








「私の名は......」










「私は......誰なんだ」


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