第24話

 早く帰りたい。


 それが、今のレティシアの、正直な気持ちだった。


 レティシアは今、王宮にいた。何故かというと、パーティーに参加しているからだ。


 レティシアは公爵家の娘なので、招待状を送ってくる貴族は、山程いる。だが、参加するパーティーは少ない。選べるほどの立場だからだ。

その為、レティシアが参加するパーティーは、レティシアの父――シュトラール家当主と懇意にしている家、またはレティシアが個人的に親しくしている家――例えば、アーノルド家などだけだった。だが、どうしても参加しなければならないパーティーがある。

それが、今行われている王家主催のパーティーだった。


 王家主催のパーティーには、国内全ての貴族が参加すると言っても、過言ではない。公爵から男爵までの家の者、更には他国の王族まで来る。つまり、人が沢山いるのである。

 おまけに、レティシアはシュトラール家の令嬢、という立場だ。その為、自分よりも遥かに年上の何処かの家の当主や、自分と同じ年くらいの令嬢など、様々な範囲の人達から声を掛けられるのだ。ずっと外面でいるのも疲れる。少しは気を抜いて休みたい、とレティシアは考えていた。


「やあ、レティシア、久しぶり。退屈そうだな」


 誰かから声を掛けられ、レティシアは会場に入った時から浮かべている、ごく自然に見える笑み――これが、レティシアの外面だ――を顔に貼り付け、振り向く。

 そこにいたのは、意外というか何というか、フィリップだった。


「……あら、フィリップ様。久しぶりでしょうか? ご機嫌よう」


「久しぶりだろう? 夏休みに入ってから、一度も会っていないんだぞ」


「まだ夏休みに入って、二、三日しか経っていませんが」


「冷たいな。俺はその二、三日間が今まで過ごしてきた中で、一番長く感じたぞ?」


「それは気のせいというものですわ」


 レティシアはフィリップといつもの軽口を交わし合った。最近のフィリップは、周囲に誤解を与えるような発言ばかりするのだ。今は皆、ダンスに夢中で、此処に第一王子がいることに気づいてないからいいが、バレたらかなりの注目を浴びることになる。レティシア達は、人目につかない場所に急いで移動した。


 移動してからも、レティシアは不安で仕方がなかった。誰もいないか、そして誰も此方を見ていないかを自分の目で確認して、ようやくレティシアは落ち着いた。すると、先程からずっとアルフォンスが、フィリップの後ろに控えていたことに気付く。


「まあ、アルフォンス様。ご機嫌よう」


「御機嫌よう、レティシア様。今日は、いつにも増して綺麗ですね」


「お上手ですこと」


「いえ、本当のことですよ。今日のあなたのドレスは、まるで雲一つない星空のようだ。あなたにとてもよく似合っています」


 今日のレティシアの格好は、紺色のドレスに小さい様々な形をした宝石や高級なビーズが、散りばめられている。シャンデリアの光に反射すると、宝石やビーズがキラキラと光っていて、アルフォンスの言った通り『星空のよう』だった。

 そしてそのドレスは、レティシアの艶やかな黒髪や血管が透けて見える程白い肌にピッタリだった。

だが、レティシアは沢山の人から褒められているので、お世辞には慣れている。動揺することなく、笑って躱した。


「ありがとう。アルフォンス様こそ、今日はいつもと雰囲気が違うのね。よく似合っているわ」


 アルフォンスは、いつもはそのままにしている短い茶髪を、今日は前髪を総て後ろに流していた。何か整髪剤で固めたようだった。また、服装もいつもと違っている。普段はいかにも従者、というような格好をしているが、今日は貴族の格好をしている。とても似合っているが、フィリップの従者として後ろに控えているのに、貴族の格好をしているのが、なんだかレティシアから見ると、ちぐはぐに見えた。


「ありがとうございます。今日は社交の場ですし、他国から賓客が来ていますからね。ちゃんとした格好でいないといけないんですよ」


 ただの従者では、フィリップを常に守っている事は出来ない。だが、アルフォンスは従者ではなく、ナシード家、つまり公爵家の人間だ。公の行事などでは、公爵家に相応しい格好で出なければならない。それは、他国の賓客達に侮られないためでもあった。貴族とは、身分が高ければ高い程なんでも許される、そんな存在なのだ。


 エドワードの従者も、貴族の衣装を身に纏って、エドワードの傍にいる。それもまた、アルフォンスと同じ理由だろう。


「おい、レティシア。俺の服装については、何も言わないのか?」


 学校にいる時と変わらず、面倒な奴――もとい、フィリップが話し掛けてきた。レティシアは、社交界で培ってきた褒める技術を駆使して、全く笑っていない笑顔をニッコリ浮かべ、答えた。


「セントリアル学園の制服とはまた違って、フィリップ様の良さを限界まで引き出している素晴らしい格好ですね。ええ、とっても素晴らしく、本当に良くお似合いですわ」


 アルフォンスは、レティシアの嫌味ったらしいお世辞に思わず苦笑を浮かべたが、フィリップは気づかなかったのか、満足そうに頷いて「そういえば、今日はステラはいないのか?」とレティシアに尋ねた。レティシアは、フィリップ達に会う前に話した、ステラの父から聞いたことを口にした。


「何か用事があるそうなので、家にいると聞きました。会いたかったですわね……」


「ふむ、そうなのか……。今日こそは勝つ、と思っていたのにな……」


 ステラと、いつも楽しく会話――という名の口論をしているフィリップも、やはりレティシアと同じように、落ち込んでいるようだった。アルフォンスも「残念ですね」と呟いている。それ程、ステラはこの三人にとって、親しい存在になっていたからだ。


 それから、穏やかに談笑は続いた。レティシアとアルフォンスが、フィリップを忘れて話をしていると、フィリップが割り込んでくる、という展開が多かったが。


 レティシアは‘‘彼女’’のことについては、何も聞かなかった。‘‘彼女’’は、多分既に王宮ここにいる。だがそのことは、ごく一部の限られた人にしか知られていないことだ。本当ならば、レティシアが知っている筈ない。何故知っているのか、と聞かれても、レティシアは上手く答えられないだろう。どうせその内、発表されることだ。だから、話題に出さなかった。


 しばらくすると、フィリップとアルフォンスは、元の場所に戻らなければならなくなってきた。ずっと不在だと、何をしているのか怪しまれるし、心配され大騒ぎになってしまうからだ。フィリップは「最近は、お忍びで抜け出してもバレない方法を勉強しているんだ! その内、絶対お前の家に遊びに行くからな!」という言葉を残して去っていった。レティシアは、面倒臭いから来ないで欲しいけど、今此処にいるのがバレていない時点で多分無理だろうな、と思いながら、アルフォンスにズルズルと引っ張られていくフィリップを見送った。


 その後、レティシアも人の多い場所に移動して、令嬢達の輪に加わった。レティシアがセントリアル学園で行ったことは知れ渡っていたので、取り入ろうとする者達は少なかった。だが、それでも男女問わず沢山の人が集まって来たので、レティシアはもう少しだからと自分を叱咤して、パーティーを乗り切った。

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