第23話 閑話1

 これは、ある日の放課後、ステラが、シュトラール家の屋敷――レティシアの家に遊びに

行った時の話。


「お、お招きいただきありがとうございます!」


「ふふ、いらっしゃい」


 笑みを浮かべたレティシアが、使用人達とともに玄関で、緊張しているステラを出迎える。――最初レティシアは、自分の部屋で待っていたのだが、我慢出来ずに飛び出してきたのだ。そんなレティシアを、微笑ましそうに使用人達が眺めていたことに、レティシアは気付いていない。


「こっちが私のお部屋なのよ。ついてきて!」


「レティシア様のお部屋……! なんだか凄そうです!」


「ふふ、何言ってるの。普通のお部屋よ?」


 レティシアは、学校にいる時よりも気分が高まっている。学校では、何処か近寄りがたい雰囲気を纏っているが、今は年相応の『女の子』という感じだった。そして、ちょっとした会話でも笑っている。


 そんなレティシアを見ていると、ステラもつられて緊張がほぐれ、笑顔になった。


 レティシアの部屋は、とてもレティシアらしく、そしてとても『王家に次ぐ権力を持つ、シュトラール家のご令嬢』らしい部屋だった。


 一見したら地味に見えるかもしれないが、それら一つ一つはとても高級で、細かな細工を施されている。華美過ぎず、地味過ぎず。どの家具も殆どそうだった。また、棚の上に綺麗な花が飾られているのが、部屋を華やかにさせていた。


 ステラの家は貿易を行っているので、小さい頃から父親に、良質な品とそうで無いものの違いを詳しく教えて貰っていたのだ。そんなステラから見たレティシアの部屋は、部屋主の気品が溢れる、素晴らしい部屋だった。


 また、ぬいぐるみなどの可愛らしい小物が飾られていないところも、可愛らしいものをあまり好まず、綺麗なものを好むレティシアをよく表していた。


「うわあ……。やっぱり、凄い部屋ですね……」


「そんなことないわよ。ほら、お茶にしましょう」


 唖然として突っ立っているステラに、レティシアがクスクスと笑いながら、ソファまで案内する。


 ステラが我に返ると、レティシアの部屋に控えていた侍女は、お茶の用意をしていた。


 用意が終えた侍女に、レティシアは


「ありがとう、リタ」


と笑顔でお礼を言った。

 侍女――リタも笑顔で


「お礼を言う程のことではございません」


と返した。

 この二人はとても仲が良いようだ。もっとレティシアと仲良くなりたいと思っているステラは、リタが羨ましいと思った。


「ところで、ステラさん」


「はい、何でしょうか?レティシア様!」


「私、ステラさんともっと仲良くなりたいと思うのだけど……」


 ステラは内心、舞い上がりそうなほど嬉しかった。レティシアも、自分と同じことを考えていたのが、分かったからだ。満面の笑みで、続きを促す。


「それでね、お互いの呼び方を変えてみようと思うのよ。ステラさんのこと『ステラ』って呼んでもいいかしら?」


「ええ! 勿論です」


 レティシアが、顔をパアッと輝かせる。


「本当!?ありがとう!よろしくね、ステラ!ステラも私のこと『レティ』って呼んで欲しいわ!」


 ステラは、レティシアの発言を聞いて、酷く慌てた。以前まで、違う世界に住んでいたかのようだった人と仲良くなれて、更に愛称で呼ぶなんて。ステラは、自分は位の低い男爵家の娘で、レティシアは、公爵家の娘だということを良く理解していた。その為、恐れ多い、と言う言葉が脳内に浮かんだ。


「そ、それは、ちょっと……」


 レティシアは心底不思議そうな表情を浮かべる。


「どうして? ステラも、もっと仲良くなりたいって意見に賛成なんでしょう?」


「はい、それはそうなんですが……。私が、レティシア様を愛称で呼ぶのはちょっと……」


 身分が……と言葉を続けようとした。だが、レティシアは違う意味に捉えたようだった。突然、レティシアの宝石のような黒く美しい瞳から、涙が零れ落ちた。宝石のような瞳から零れ落ちる涙もまた、宝石のように美しかった。


 だが、そんな美しい光景に見惚れる暇もなく、今までレティシアが泣く光景など、見たことのなかったステラは、先程とは比べ物にならないくらい、慌てた。また、部屋の隅に控えていたリタも、慌ててレティシアとステラの傍に近づいてきた。


「レティシア様! 私のせいですよね? 申し訳ございません!」


「お嬢様、お嬢様! 落ち着いてください!」


 だが、レティシアの涙は止まらない。


「そ、そうよね……。いきなり『レティ』だなんて馴れ馴れしすぎたわよね……。ごめんなさい……」


 レティシアは、どんなに慰めても泣き止まなかった。


 リタは、一部始終を見ていたので、ステラが悪くないことは分かっている。ステラの身分ゆえにレティシアを愛称で呼びにくい、という考えも。その為、ステラを責めることはない。だが、この混沌とした場を収めるために、ステラにあるお願いをした。


「ステラ様、お願いでございます! どうか、お嬢様のことを『レティ』とお呼びになってください!」


「え、でも……」


「お願いです! 無理でしたら、せめて『レティさん』か『レティ様』でもよろしいので!」


 ステラはリタの迫力と、レティシアの涙に負けた。


「レ、レ、レティ……様。泣かないでください……」


 レティシアの涙がピタリと止まる。それを見たステラとリタは、安堵の溜息を吐いた。


「……一回」


 レティシアが、ボソッと何かを呟く。


「え?」


「どうしましたか? お嬢様」


 ステラとリタには、何と言ったか聞こえなかった。


「もう一回、呼んで? ステラ」


 レティシアの可愛らしいお願いに、ステラは逆らえなかった。


「レ、レティ様?」


 レティシアの顔に、最大級の笑みが溢れる。だが、その後少し不満気な顔を見せた。


「嬉しい! ……でも、『様』なんて付けなくても良いのに……」


「いえ! 流石にそれは……」




 そんなこんなで、しばらくして。


「では、これからはレティ様、呼ぶことにします……」


「……まあ、分かったわ」


 涙目のステラと、渋々納得したレティシアが、部屋の中では見られたという。



◯◯◯



 帰りもまた、レティシアは玄関まで見送ってくれた。


「ごめんなさいね。うるさい家で」


「そんな! とっても賑やかで楽しかったですよ!」


 そう、あの後色々あったのだ。


 レティシアの父――つまり、シュトラール家当主が部屋に来て、緊張したステラが挨拶をするときに噛んでしまったり、レティシアの双子の兄が来て、どっちがどっちか見分けがつかず、混乱してしまったり、レティシアの弟が来て『ステラお姉様』と呼ばれ、悶絶したり。


 つまり、レティシアの家族が全員挨拶に来たのだ。

おまけに、レティシアの父には『夕食を食べていかないか』と誘われた。これはステラが、『親には遊びに行くとしか伝えていないので』と固辞したが。レティシアの父は、残念そうにしていた。


 レティシアは申し訳なさそうにしていたが、ステラは嬉しかった。レティシアの家族に歓迎されているような気がしたからだ。


「また、遊びに来てちょうだい?」


「勿論です! 何度でも来たいくらいです!」


 こうして、レティシアとステラの楽しい放課後は、終わりを迎えた。

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