第22話

「セントリアル学園の生徒として――――


 蒸し暑い講堂の中、校長の声が響く。


 生徒達の中で、校長の話を真面目に聞いている者は、ほんの少数だろう。


 殆どの生徒が、『早く話を終わりにしてほしい』と思っているに違いない。


 国内一、あるいは、他国からも一目置かれているような由緒ある名門校でも、校長の話が長く面白味がないのは、どこの学校でも変わらなかった。


 レティシアも『早く話を終わりにしてほしい』と思う人達の中の一人だ。だが、レティシアは公爵家の令嬢。ボロを出す訳にはいかないのである。周りの人に気付かれないよう、真面目に聞いているかのように見える表情を作っていた。


 校長の話に終わりが見え始め、皆の顔から、安堵の表情が見える。


「最後に。皆さん、夏休みを充分に満喫してください」


 ふくよかな体型をした校長の、安心感を与える笑みとともに、その一言で話の終わりを告げた。

 それと同時に式の終わり、一学期の終わりも告げる。


 今日は、一学期最後の登校日なので、終業式――学期ごとの終了日に行われる学業の終業にあたって行う式典――を行い、そのまま各自下校となる。つまり、放課後そのまま残り、友達と楽しく会話をするも良し、さっさと一人で帰ってしまうのも良しなのだ。


 そして、レティシアの取った行動は――


「レティシア様! 私はこの日なら大丈夫です!」


「その日は……私も空いているわ。この日にしましょう」


「はい!」


 レティシアは、食堂で昼食を食べながら、ステラとお互いの空いている日を合わせて、遊ぶ計画を立てていた。


 終業式の日は、食堂で昼食を食べる必要はない。終業式が終わる時間は、終わってからそのまま自宅に帰っても、昼食を食べる時間まで、しばらく待たなければいけないくらいの時間だ。つまり、とても早く終わる。


 だから、この日は食堂を使う人が少ない。自宅で済ます人や外に食べに行く人の方が多いのだ。


 それにも関わらず、食堂は今日も開いている。その理由は『食堂で食べたいという人が少しでもいたら、食べさせてあげたい』という料理人からの願いだった。


 食べたい人には食べさせる、その職人魂に、レティシアは密かに尊敬していた。


 また、その料理人のお陰で、レティシアとステラは今、食堂を使うことが出来る。そのことに感謝もしていた。


「夏休みに入るのは嬉しいですけど……。レティシア様と……レティ様とお話しする回数が減るのが、悲しいです……」


 ステラは『レティシア様』と呼んだ時、目の前の人物が、じっとりとした目で睨んできたことに気付き、慌てて言い直した。


 レティシアは、持っていたカップを置き、ふうっと溜息をついた。そして、悲しげな表情をする。


 「ステラ、それは私も同感だわ。でも、あなたさっきも私のことを『レティシア様』と呼んだわよね? 私は、そのことの方が悲しいわ……」


 レティシアとステラは、あの一件以降、お互いに相手の呼び名を変化していた。


 レティシアは、ステラのことを『ステラ』と呼ぶようになり、ステラは、レティシアのことを『レティ様』と呼ぶようになったのだ。――レティシアは、ステラに『レティ様』ではなく、『レティ』又は『レティさん』と呼んで欲しかったのだが、ステラが涙目で『これ以上は、もう無理です……』と言ってきたので、諦めたのだ――


 ステラは、レティシアの様子を見て、取り乱していた。


「ど、努力はしています! ただ、まだ慣れなくて……。これからは、間違えないようにしますので、泣くのだけはやめてください!」


 ステラがそう言った瞬間、レティシアの顔はパッと明るくなった。


「そんなに簡単に泣くわけないじゃない、ステラったら。……でも、今度からはいつでも『レティ』って呼んでくれるんでしょう?凄く嬉しいわ」


「あれ、なんででしょう。騙されたような気が……。気のせいでしょうか」


 お昼の時間は、まだ決めていないお互いの領地に行く日付を決めたり、新しい予定を立てたり、ステラがまたしてもレティシアのことを『レティシア様』と言いそうになるなど、楽しく過ぎていった。


 昼食を終えると、レティシアはステラと別れ図書室に向かう。


 図書室には、レティシアより先に来ている人がいた。


「アルフォンス様、ごめんなさい。お待たせしてしまったかしら」


「大丈夫ですよ。ついさっき来たところですから」


 レティシアとアルフォンスは、待ち合わせをしていた。理由は勿論、ティートルンについて詳しい人に、いつ会うことにするかだ。


 ちなみに、フィリップはステラが足止め――お相手をしている。ティートルンについての話を、アルフォンスとする時、いつも協力してくれるのだった。


「それで、その方はいつならお会いしても大丈夫なのかしら?」


「その方なんですが……いつでも大丈夫だそうです。何なら、今すぐにでも」


「え、今すぐ?」


 レティシアは驚いた。もしかしたら、会えないという可能性を考えていたからだ。良くて、一ヶ月程経たないと駄目だとも。


 それが、いつでも大丈夫。しかも、今すぐでも大丈夫だなんて。


 冗談ではないか。


 そう思い、レティシアはアルフォンスを見たが、見た限り冗談を言っている表情ではなく、真面目な顔をしている。そして、レティシアの驚きの声にも、しっかりと頷いた。


「ええ、今すぐです。その方――先生曰く『ティートルンについて、更に詳しく知ろうとする人なんて、珍しい』だそうです。それで、レティシア様に興味を持たれたみたいです」


「まあ……そうなんですか。でも、今すぐはちょっと……ごめんなさい」


「大丈夫です。無理だったら、レティシア様が大丈夫な日を聞いてくるよう言われていますので。いつが大丈夫ですか?」


 本当は、レティシアは今日何の予定も無いので、今すぐ会っても大丈夫だった。


 だが、無理だった。


 今日、あんな夢を見たからだ。


 リタやステラのお陰で、少しは元気になったが、まだ完全にはいつものレティシアに戻れていない。今日会ったら、何か口走ってしまいそうでレティシアは怖かったのだ。――例えば、母の夢とか、‘‘彼女’’のこととかを。


 レティシアは、スケジュール帳を開く。


「ええと……今日の丁度一週間後は大丈夫よ」


「一週間後ですか。伝えておきますね」


「ありがとう」


 レティシアはスケジュール帳を仕舞い、アルフォンスに別れの挨拶を告げようとした。


「いえ。ところでレティシア様……」


「何かしら?」


「どこか体調が悪いのですか? 何となく、いつもと違うように見えますが」


 レティシアは、先程の比じゃないくらい驚いた。今日のレティシアは、特に普段と変わらない。百人中、百人が『普通』と判断するほど、いつも通りを装っている。


 それなのに気付いてしまうなんて。


 レティシアは、今朝の父との会話の時と同じように、にっこり微笑んだ。


「心配しないで。ちょっと夢見が悪かっただけよ」


「本当ですか? あまり無理はしないでくださいね」


 具合に悪いと気付くには、普段の様子をよく見ていないと気付かないことだ。


 アルフォンスはレティシアの様子が、普段と違うと気付いた。ということは……


 レティシアはアルフォンスに心配され、不謹慎だが少々、いやかなり嬉しくなってしまい、顔が緩むのを抑えられなかった。


 その為、かなりだらしない顔をアルフォンスに見せてしまったことを、レティシアは後で後悔するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る