第21話

 ‘‘彼女’’がいる。


 ‘‘彼女’’が牢獄の外から自分を見ている。


 ‘‘彼女’’は何の言葉も発さない。


 ただ、レティシアを見ているだけだ。


 今にも泣きそうな顔で。


 牢獄の中のレティシアは、立ち上がることも出来ない程衰弱していた。


「ごめんなさい、本当にごめんなさい……」


 ‘‘彼女’’は、震えた声でレティシアにずっと謝罪していた。


 謝りたいのは、こちらの方なのに。


 何に関して謝っているのだろうか。


 そう聞ける程の気力が、今のレティシアには無かった。


 そして、‘‘彼女’’ーーレティシアは、しばらくの間謝った後、牢獄の側を去っていった。

 暗闇の中、‘‘レティシア’’の髪が煌めいているのが、やけに印象的だった。


 レティシアは「待って」と声を出そうとした。だが、ヒューヒューと言う、喉が渇いた音しか出なかった。


 そこで、目が覚めた。


 そう、夢だったのだ。


 レティシアの頬は濡れていた。何故か。レティシアには分からない。‘‘彼女’’の夢を見たからだろう、と言うことにして、何故か悲しさと不安の混じった心を、消し去ろうとした。


 レティシアは、自分のベッドから出て、窓から外を見ると、もう太陽が出ていた。時計を見ると、もうすぐリタが来る時間だった。


 レティシアは、リタに気付かれないように、頬を流れている涙を急いで拭った。そして、もう一度ベッドの中に入り、目を瞑った。だが、もう一度寝ることは出来なかった。


 レティシアが起きて少し経った頃、リタが部屋に入って来た。


 リタは、レティシアが起きているのに気付かず、レティシアの髪や、制服に着替えさせる為の準備を始めた。微かに鼻歌を歌っているのを聴こえて、先程まで漠然とした悲しさと、恐怖の感情に襲われていた、レティシアの心は僅かに和む。


「お嬢様、起きてください。もう起きる時間になりますよ」


 準備を終えたリタが、レティシアを起こしに来た。

その声を聞き、レティシアはゆっくりと目を開いた。


「おはよう、リタ。今日もありがとうね」


「いえいえ!こんなこと、大したことじゃございませんから!」


 リタが首を全力で振っている横で、レティシアはもう一度ベッドから出る。


 鏡台に座り、いつものように髪を整えてもらう。その間、レティシアは夢のことを考えていた。


 何故、また牢獄の夢を見たのだろうか。


 戻って来た時は見ていたけど、最近は見ることが無くなっていたのに。


 ‘‘彼女’’に会う日が近づいているからだろうか。


 レティシアは考えるのに夢中で、リタが髪の毛を整えるのが終わっていることに気付かなかった。


「お嬢様、終わりましたよ?」


「え、ええ。ありがとうね」


その後、場所を移動して、制服に着替えさせてもらう。


 着替えをさせながらリタは、しみじみとした表情で


「しばらくは、この制服を着るお嬢様も、みれませんねえ……」


と呟いた。


「そうね、明日から夏休みだから。次に制服を着るのは……一ヶ月以上経ってからになるかしら」


 明日から、セントリアル学園は夏休みーーまたの名を夏季休暇と言うーーに入る。


 セントリアル学園は、四学期制で、春夏秋冬毎に休暇期間がある。その中で一番長いのが夏季休暇だ。他の休暇は一週間〜二週間に対して、夏季休暇だけは約四十日間ある。


 その期間に領地に帰ったり、他国や他領へ観光に行く貴族は、非常に多い。また、王都の服や菓子などの有名店に行く女子も意外と多い。流行に遅れないようにする為の、貴族としての嗜みだ。


 レティシアとステラも、王都で最近流行っている『カフェ』に行く予定を立てていた。それ以外にも、お互いの屋敷や領地に行く約束もしている。


 以前のレティシアにとっての夏休みは、パーティーやお茶会などの社交の場に出る回数が多くなる、憂鬱な期間だとしか思っていなかった。以前からレティシアは、パーティーやお茶会が好きではなかった。沢山の人の顔を覚えていないと行けないし、常に気を張っていなければいけなかったからだ。以前は、取り巻きたちが周りにいて、目立っていたのも原因だった。


 だが、今年の夏休みは、楽しみだな、と思うことが出来る。ステラと遊べるからだ。以前までは、『早く終わって欲しい』としか思っていなかったのに、今は『早く夏休みになって欲しい』と思うことが出来る。


 それに――――とレティシアは、ある人物の顔を思い浮かべる。


 アルフォンスだ。


 アルフォンスのお陰で、レティシアはティートルンの事を詳しく知る事が出来る。そのことにレティシアは、アルフォンスに深く感謝していた。


 それだけではなく――――


「お嬢様、終わりました!」


 制服に着替え終わり、レティシアは食堂に向かう。


 食堂には、もう既にレティシアの父が先にいた。父は忙しい。なのに、いつも食堂には、誰よりも早くいる。


「おはよう、私の可愛いレティ。よく眠れたかな?」


「おはよう、お父様。ええ、ぐっすり眠れたわ」


 レティシアは、心配させないようににっこり微笑んだが、父には作り笑いが気付かれたみたいだ。心配そうな表情をする。


「本当かい? 無理をしてはいけないよ」


 レティシアの作り笑いを見破れるのは、今のところレティシアの家族と、最近ではステラくらいだ。


 その後、双子の兄、弟も来て、いつも通りの穏やかな朝食を取った。


 この『日常』を守らなくては。


 レティシアはそう再認識した。

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