第20話 フィリップ・ルミナーレ2

 レティシアとアルフォンスが、穏やかな時を過ごしていた頃。


 フィリップは、エドワードと共に、父である国王の話を聞いていた。


「それは、本当なんですか……! 父上」


 誰に対しても、尊大な態度を崩さないフィリップだが、例外はある。それが、今目の前にいる、自分の父であり、国王でもある人だ。


「ああ、本当だ」


 フィリップは平静を装うのに必死だった。


 まさか、自分の父親に――がいたなんて。


 そして、――もいるとは。


 つまりそれは、自分の――になるのではないか。


 そんなこと、何故今まで誰も教えてくれなかったのか。


 フィリップは、必死で動揺を抑えようと、自分を落ち着かせた。


 エドワードは、フィリップと対称的に、静かに国王の話を聞いていた。何も考えていないのだろうか、とフィリップは思う。


「そ、それでどうするんですか」


「引き取るに決まっているだろう」


 ‘‘彼女’’は、今まで孤児院で暮らしていた。――歳まで孤児院で暮らしていた者を、今頃引き取り、学習させてもちゃんと身につくのだろうか、とフィリップは思う。

 だが、王の決定に逆らえる者はそういない。ましてや、‘‘彼女’’は――――――――――のだから、異論を唱える者は、一人もいないだろう。


「引き取ってしばらくしたら、――――――――――――――つもりだ。しっかり面倒を見てやるように」


 フィリップは自分の心の中で、怒りがこみ上げてくるのを感じた。フィリップは、物心ついた時から現在まで、国王ーー自分の父に、面倒を見てもらった記憶などない。接する機会が少ないのは、忙しいからだと理解して、フィリップは我慢していた。


 だが、ある時気付いたのだ。父は、自分のことを愛していないと。


 時折一緒に食事をしても、目を合わせてもくれない。自分が頑張ったことを報告しても『ああ』『そうか』としか言わない。失敗したことを知られた時だけ、厳しく叱責される。


 そしてフィリップは、自分の父に父としての役割を期待することをやめた。


 それなのに。


 今、この男は『面倒を見てやるように』とフィリップとエドワードに言ってきた。


 自分はやろうとしなかった事を、自分の息子にやらせるのか、とフィリップは、自分の怒りを鎮めるのに必死だった。


 だがエドワードは、


「もちろんです、父上」


と笑顔ですぐさま言ってのけた。

 フィリップと同じ目にあわされてきたにも関わらず、だ。


 遅れてフィリップも


「もちろんです」


と努めて平静に言葉を発した。


 エドワードは何を考えているのか。外面を被っている時のエドワードの考えは、フィリップには全くもって理解できない。


 エドワードの外面は、エドワードの従者であり、アルフォンスの兄である人物が教えた技術だ。


 あまり頭のよくないエドワードに、どうやって教え込んだのかフィリップは知らないが、エドワードの外面は、日に日に上手になっている。今では、共に育ってきたフィリップでさえも、感情が読めない程だ。


 エドワードの従者は、エドワードに様々なことを教えた。エドワードが今Aクラスにいるのも、従者のお陰だ。


 エドワードは元々、Aクラスに入れる程頭が良くなかった。だが、エドワードの従者に彼が付くようになってから、どんどん頭が良くなっていった。


 エドワードに一体何があったのか。


 それを知る者は、殆どいない。エドワードとその従者、そしてエドワードの側についている者しか知らない事だ。


 つまり、フィリップは知らなかった。最近では、殆どエドワードと会話をしていないので、エドワードに聞くこともできない。


 その何があったのか分からないエドワードは、国王に笑顔のまま、質問をし出した。


「‘‘彼女’’は、いつ頃こちらに来られるのですか?」


「なるべく早く、と言っておるので直ぐに来るだろう。だが、色々教え終わるまでは表に出さないつもりだ」


「では、―――――――――――――のは、いつ頃に?」


「それはちょうど、――――――に合わせる予定だ」


「成る程、ありがとうございます」


 フィリップは、自分の父と弟の遣り取りを、ぼんやりと眺めていた。


 今朝、エドワードが話し掛けに来てくれたことに喜んでいた気持ちは、とっくに何処かに消えてしまっていた。

 今はただ、『これからどうなるのか』という不安しかない。


 きっと、社交界は大騒ぎになるだろう。


 誰もが、‘‘彼女’’に興味を示すに違いない。


 ‘‘彼女’’を狙う者も出てくるだろう。


 その時は、まだ見ぬ‘‘彼女’’を守れるのだろうか、とフィリップは不安になっていた。


 そういえば、とフィリップの脳内に疑問が浮かんだ時、国王は退席しようとしていた。

 慌ててフィリップは、国王に問う。


「そういえば、‘‘彼女’’の名前は何と言うのですか」


「ああ、言うのを忘れていたな。‘‘彼女’’の名前は――――」


 フィリップは、もう驚きを隠せなかった。

国王が退席したのにも気付かなかった。


 フィリップが驚いた理由。それは、彼の想い人と“彼女”の名前が全く同じだったからだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る