第19話

「ティートルン、ですか」


「ええ。覚えている? 以前、アーノルド男爵……ステラのお父様が教えてくださったのだけど……」


 放課後、レティシアは、図書室でアルフォンスと話をしていた。


 ティートルンについてだ。


 レティシアは以前見た夢が気になっていた。ただの夢、と言われればそれで終わりだけれど、何故か、記憶はないのに、小さい頃本当に、そのような出来事があったように思えたのだ。


 レティシアは夢で見た内容を誰にも話していない。母が、夢の中で『誰にも言ってはいけない』と言っていた為でもある。だが、それ以上に誰かに話しても『ただの夢だ』と言われる事が分かっていたからである。


 レティシアは、本当にあった事だと思っているが、根拠は何も無い。何故そう思ったのか。そう問われても、説明が出来ない。


 だから、誰にも話せなかった。


 その代わり、ティートルンについてもっと詳しく調べてみよう、とレティシアは思ったのだ。

 そして今、アルフォンスに聞いてみているのが、現状である。

 知識が豊富なアルフォンスならば、詳しく知っているだろう、とレティシアは考えたのだ。


 ちなみに、今此処に、ステラとフィリップはいない。


 ステラは、今日自分が、注目の的になってしまった事が恥ずかしくなり、放課後になった瞬間に、誰よりも早く帰ってしまった。


 フィリップはエドワードと一緒に帰った。国王の用事を聞きに行く為だ。フィリップの従者であるアルフォンスは一緒に帰らなくていいのか、とレティシアは疑問に思い、聞いた。だが、アルフォンスは、にっこり微笑んで『護衛も付いていますし、エドワード様の従者もおりますので、何かあっても大丈夫でしょう』と言った。


 そういう問題なのか。


 フィリップとアルフォンスの主従関係は、どうなっているのか。


 そんな疑問がレティシアの頭をよぎったが、フィリップも了承していたようだし、フィリップとアルフォンスは、主従関係というよりも、もっと親しい関係に感じるので、大丈夫なのだろう、と納得させた。


 話は戻すが、ティートルンについてである。


「覚えていますよ。‘‘魔法’’という文化がある国ですよね」


「ええ。自分の家の書斎でも調べてみたのだけど……。もっと詳しく知る事が出来ないかしら? 例えば、ティートルンの建国の歴史について、とか……」


 そう、レティシアはティートルンについての、特に歴史が知りたかった。

 何故かというと、ティートルンの歴史に関する書物が少なかったからだ。探しても中々見つからない。ティートルンについて書かれている書物を読んでも、二、三ページ位しか説明されていなかった。

シュトラール家の書斎も、今自分がいる、セントリアル学園の図書室も。


 だから、レティシアは、人に聞いてみるしか無い、と思ったのだ。


「歴史、ですか。そうですね……。多少は知っていますが……」


 アルフォンスの返事は、何故か歯切れが悪かった。


「レティシア様は、何故ティートルンについて詳しく知りたいのですか?」


 アルフォンスの疑問に、レティシアは聞かれてもいいように、と予め用意していた台詞を口にする。


「それは、将来のためよ。将来就く仕事が、他国と関係する事だったら、まずその国の生活文化を知らなくちゃいけないわ。その為には、現在の暮らしはどうしてそうなったのか、過去から学ばなくてはいけないと思うの」


 この言葉は、嘘では無い。レティシアは、もし見た夢が、ティートルンと関係なかったり、ただの夢だったとしても、ティートルンについて知る事は、将来役に立つと思ったのだ。


 アルフォンスは、腑に落ちた表情で頷いた。


「そういう事でしたか。レティシア様は勉強熱心なんですね」


 アルフォンスは、レティシアに笑顔を見せた。

アルフォンスの笑顔は、フィリップやステラがいる時の笑顔とどこか違った。甘く、蕩けるような優しい笑みだった。

 レティシアは、アルフォンスに笑顔を向けられた瞬間、胸がときめいた。そして、心臓の心拍数が上がった。


 まるで、自分の身体ではないように感じる。


 心が、ふわふわ浮いているように感じる。


 何故こんな感覚になったのか、レティシアには分からなかった。


 きっと『勉強熱心』と褒められた事があまり無かったので、嬉しかったのだろう。そう結論付け、自分の心を落ち着かせた。


「そういう理由でしたら、私より、ティートルンについてもっと詳しい方を紹介しますよ。もう少しで夏休みですから」


 レティシアは、その言葉を聞いて、彼の口調が、先程まで歯切れが悪かった理由を、理解した。自分で説明するか、もっと詳しい人に説明してもらうか悩んでいたのだろう、と。


「まあ、本当!? ありがとう、アルフォンス様」


 レティシアは喜んだ。ティートルンについて詳しく知れる機会が出来たからだ。

 そして、微笑んだ。それは、ステラに指摘されたような作り笑いではなく、自然に零れ落ちた笑みだった。


 アルフォンスは、レティシアに初めて笑みを向けられた時と同じ様に固まってしまった。

 レティシアの笑みが、どんな宝石を差し出しても、手に入れられないような最高級の笑みだったからだ。魅惑的でもあり、純真な笑みでもある。何物にも代えられない笑みだった。

 最高級の笑みは、脆く儚い。レティシアの笑顔はすぐに消えてしまった。


 レティシアとアルフォンス、二人きりで過ごした放課後は、こうして穏やかに過ぎていった。

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