第12話

 レティシアとアルフォンスは、話す人が他にいないという事もあり話していたが、意外と話が弾んだ。


 レティシアは別に図書室なので、本を読んで時間を過ごしても良かった。だが、アルフォンスは見た目に反して、話を繋げるのが上手かった。早く話を終わらせようとしてもそれを察して、話を終わらせようとする度に、レティシアが興味を持ちそうな話を振ってきた。

 特に、レティシアは女性の就職についての話に興味を持った。自分の将来の為だ。


 アルフォンス曰く、この国は貴族の女性が職に就いているという事は大抵馬鹿にされる為、職場に入ったばかりでは、雑用ばかりをやらせるらしい。貴族の女性は、雑用など使用人がやる仕事と思っていて、やった事がある人はそうそういない。職場に入った時に雑用の仕事を初めてやって、音をあげるものが多いのだ。その為、これは貴族の女性をふるい落す試練のようなものだとか。

 それは、男性は行わない。何故とレティシアが問うと、アルフォンスはこう答えた。


 「この国は、男と女での差別があるのは知っていますね。男性は働き、女性は家を守るもの、とも言われています。つまり、男性が働くのは当たり前なのですよ。だから、する必要が無いのです。それに、この女性を試すような事で、やはり女性は結婚して家庭を守るべきなんだ、と思わせるようにするのです」


 それを聞いてレティシアはくだらない、と思った。

何故、女性は家庭を守らないといけないのか。誰がそう決めたんだ。何の理由があってそうしなければならないんだ。小さい頃から言い聞かされていた事だけど、レティシアは今更ながらに不思議に思った。


 それからもアルフォンスの話は続いた。その話によると、男性と女性で差別される事は確かだけれど、やはりセントリアル学園のAクラスでトップクラスの成績を取っていた女性は、扱いが変わってくるそうだった。そんな人、そうそういる事はないが。やはり、頭のいい人材は必要だった。


 レティシアは、そうなるとやはり自分が職に就く為には、Aクラスでいい成績を取るしかない、と考えた。どうすればいい成績を取り続けられるか考えていると、アルフォンスに


「レティシア様は、就職する予定なのですか? 失礼なことをお聞きしますが、結婚する予定は無いのですか?」


と聞かれた。


 レティシアは結婚したくない訳ではない。ただ、学園に通っているうちに婚約者を探すのは難しいので、結婚する事も難しいだろう、と思っている。また、学園を卒業してから婚約・結婚する事は、この国では『行き遅れ』と言われるので、婚約・結婚しにくくなる。

 つまり、レティシアは結婚したくない訳ではないけれど、結婚できない可能性が高いのだ。


 その旨をレティシアがアルフォンスに伝えた。


「ああ、確かにその通りですね。この学園にシュトラール家との条件が釣り合う方など、少ないですよね。ですが、フィリップ殿下ならどうですか? 殿下なら、レティシア様にとっても殿下にとっても利点がございますよ」


 アルフォンスはレティシアが結婚しない理由に納得し、フィリップを勧めてきた。

 確かにフィリップとの結婚は一番いい。シュトラール家にとっても、王家にとってもだ。

 だが。

 一年後には‘‘彼女’’が来る。フィリップは‘‘彼女’’の事を好きになる。それは、以前もそうだった。‘‘彼女’’が来る限り、きっと変わらないだろう。


「そうね。確かにフィリップ様との結婚は利点が多いかもしれませんけど、私には王妃は務まりませんもの」


 レティシアは‘‘彼女’’の事が言える訳ではないので、無難に言葉を選んで断った。

 そう。フィリップは、次期王と言われている存在だ。以前も王になる事が決まっていた。レティシアは牢獄の中にいたので実際に王になったところはみていないが。それでも、王になっていた。今回もなるだろう。たとえ、今はステラと笑顔で嫌味の応酬をしていたとしても。


 結婚についての話が終わってからは、当たり障りのない会話をした。

 アルフォンスの容姿は、この国には多い茶色の髪に茶色の瞳。ただ、茶色の中に黒が混じっていて、レティシアの色彩に近く感じられた。そして、身長がとても高い。レティシアはそこまで背が低い訳ではない。それなのに、レティシアの頭の位置にアルフォンスの肩があった。

 容姿についての話をしたり、他にはアルフォンスに勉強を教えてもらったりした。レティシアは先程勉強が終わったのだが、分からない箇所がいくつかあったので、飛ばしてやっていたのだ。

 アルフォンスは勉強を教えるのが上手かった。アルフォンスは、


「王家に仕える者として、どんな事にも対応できるようにしているのです」


と言っていた。

 ナシード家の者は、自分の仕える主と会う前に教育を施されるのだ。貴族としても恥ずかしくなく、従者としても恥ずかしくないようにする為に。ナシード家は貴族の家なので、社交界に参加できる。その為、王族の者達は必ず連れて行くのだ。 社交界で何かが起きても自分の身を守る為に。

 そういう事があるので、ナシード家では貴族としての作法やルール、セントリアル学園で習う程の勉強内容、剣術、体術などさまざまな事を家で教えられる。

 アルフォンスは、現在二十二歳。とっくに教育は受け終わっている。なので、レティシアに教えるのが上手で当たり前であった。


 会話をしているうちに、図書室の閉館時間になった。レティシアとアルフォンスは会話を終わりにした。ステラとフィリップもだ。皆それぞれ自分の片付けをして、それぞれの馬車に向かった。ステラは、迎えを呼ぶのを忘れていたので、レティシアが乗せていった。

 ステラは、馬車の中でずっと何かブツブツと呟いていた。レティシアは不思議に思ったので、何があったのか聞いてみると、ステラはいつもの可憐な笑みを浮かべて、


「何でもございませんわ。ただ、少し考え事があったので……」

「そう? 相談できない事なら仕方ないけれど、もしも何かあったら私に教えてちょうだい? 私達友達なんだから」


 ステラは答えたくなさそうだったので、レティシアは聞かない事にした。ただ、心配に思ったので、一応何かがあったらの事を伝えておいた。すると、ステラがいきなり泣き出した。


「ステラさん! どうなさったの!?」

「ふええ……レティシア様が私の事を友達だと言ってくださったので……」

「貴方が最初に『友達になりたい』って言ってきたんじゃないの!」

「で、ですが……友達だと思ってくれているとはわからなかったんです。う、嬉しい。嬉しいです!」


 ステラが泣き出した原因はレティシアにあった。ステラは、レティシアが自分の事を友達だと思っているなんて考えもしていなかった。それなのに、レティシアに「友・達・なんだから」と言われたので、感動してしまったのだ。ああ、レティシア様は私の事を友達だと思ってくださるんだ、と。

 レティシアは、どうやって慰めたらいいか分からなくてオロオロしていた。だが、ステラが抱きついて来たので、とりあえず背中をさすってみた。


 この日、レティシアは初めて友達っていいものだな、と思えた。


◯◯◯


 フィリップ・ルミナーレはイライラとしていた。レティシアと話したいと思い、図書室で一緒に勉強をしようと思ったのだが、邪魔が入ったのだ。ステラ・アーノルドという令嬢だ。

 最初に挨拶をした時には、オドオドしていて、気の弱い令嬢だと思った。それなのに。

 レティシアについて聞こうと思ったら、いきなり表情が変わった。そして、こう言ってきた。


「フィリップ殿下はレティシア様に相応しくありません」


 その言葉に少し腹が立って、少し嫌味を言ったら何倍にもして言い返してきた。もう、気の弱い令嬢にはとても見えなかった。

 レティシアに話しかけようとしたら、ステラは邪魔して来た。一度だけではない。何度もだった。

 そのせいで、今日はレティシアと全然話せなかった。そういう理由でフィリップはイラついていた。


 ただ、フィリップはステラだけでなく他にも苛立つ原因があった。それは、自分の従者でもあるアルフォンスだった。

 アルフォンスは、フィリップがステラと揉めている最中ずっとレティシアと話していた。レティシアはフィリップと話している時は大抵、素っ気ない対応をしてくる。だが、アルフォンスと話していた時は違った。興味深そうな表情で真剣に聞いていた。

 自分の時とは対応が違う。そんな理由でフィリップはアルフォンスにも苛立っていた。


 アルフォンスにそんな事を言うと、言い返された。


「貴方様は女性の対応一つできないのですか? まず最初に無理矢理一緒に勉強しようとするのもどうかと思いましたが……フィリップ殿下は少し女性について勉強したらいかがですか?」


 アルフォンスはいつも終わった後に言ってくる。最初に止めることはしない。やったら取り返しがつかなくなる事ではない限り。そういう所もフィリップにとっては苛立った。


 アルフォンスはレティシアに興味を持っているようだった。レティシアと楽しそうに話していたんだ。奪われないように、早いうちに手を打っておかないと。


 フィリップは心の中でそう考えた。

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