第11話

 何故、こんな事になったのか。


 今現在、レティシアはある光景を見ながら、そんな事をずっと考えていた。


 話は数刻前に遡る。


 朝、レティシアとステラはこんな話をしていたのだ。


「レティシア様。もうすぐテストですね」

「そうね。もうすぐテストがあったわね」


 セントリアル学園では、毎月テストがある。自分の実力が、他の生徒とどのくらいの差があるのか、比べる為だ。

 Aクラスは決まった人数しか、入れない。毎月のテストで、BクラスやCクラスの者より点数が悪かったら、Aクラスでなくなる事もある。競争率が激しく、去年も、予告なしでいなくなっていく生徒達も何人かいた。Aクラスは、そのくらい厳しいクラスなのだ。


「レティシア様は頭が良くて羨ましいです。私は、去年もずっとギリギリで生き残っていたので……」


 ステラは、顔を机に突っ伏してそう言った。貴族としてはあるまじき行為だが、レティシアはステラの気持ちがわからないわけでもなかったので、やんわりと注意する事にする。

 ステラは自分で言っていた通り、確かにいつもギリギリなのだ。この学園では、テストが終わって一週間後には、順位表が各クラスに張り出される。それを見ると、ステラはいつも、Aクラスの中で一番後ろか、後ろから二番目か三番目くらいだった。つまり、本当にギリギリだった。

 だけどレティシアは、ステラは頭がそこまで悪いわけではない、と思っている。ステラの家は、外国との繋がりが深い為、外国についての知識も充分持っている。それに、慣れれば自分の意見もちゃんと話す事ができる。何より、一年経った今でもAクラスに残っている。

 ただ、ステラは些細な事で緊張してしまい、焦って小さなミスを連発してしまう。それに、自分に自信がないのもあるだろう。


 今回のテストでいい結果を取れれば、自信を持つ事に繋がるかもしれない。そう思い、レティシアはステラに勉強を教える事にした。


 放課後レティシアは、ステラに学園の図書室で一緒に勉強をしよう、と誘った。ステラは、快く承諾した。

 図書室に行くと、なんとフィリップがいた。フィリップの友人と思われる人と一緒に。フィリップに何をしに来たのか聞かれたので、友人と一緒に勉強しに来た、と答えた。すると、フィリップは


「俺もここで勉強する。いいだろう? アルフォンス」

「はい、殿下の仰せのままに」


 一緒に勉強すると言い出した。友人か従者と思える者に許可を取ってまで。いや、先に自分はともかく、今から一緒に勉強するステラに許可を取らないのか、とレティシアは思った。だがフィリップは、レティシアの心を読んだかのように、意地悪く笑ってこう答えた。


「別に『一緒に勉強しよう』と言っているわけではない。ただ、‘‘近くの席’’で‘‘同じ範囲’’の勉強をするだけだ。許可を取る必要はないだろう?」


 フィリップは、断られることはないと思うが、何故か断られるかもしれないと思った為、先手を打ってきた。やられた、とレティシアは思った。やり込められたのは気に食わないが、勉強する時間が減るので、レティシアは、気にせず勉強を始めた。


 そして、冒頭の場面に戻る。


 何故、こんな事になったのか。


 フィリップは、『一緒に勉強しようと言っているわけではない』と言っていたのにも関わらず、今ではすっかり会話が楽しく弾んでいる。ステラと。そう、ステラとだ。ステラとフィリップは意外にも話があったみたいだった。フィリップがかなり積極的に話しかけている。レティシアはなんの内容かは分からないが。また、ステラも最初は緊張していたが、何かを言われてから、緊張することなどなく、フィリップと視線をしっかり合わせて会話をしていた。レティシアは二人が会話をしているのを見ていると、たまに二人が笑顔になる時、ひどく恐ろしく感じるのだが、気のせいという事にした。


 お陰で、レティシアと友人または従者のアルフォンスと呼ばれていた方は、すっかり蚊帳の外だった。レティシアは、ステラとフィリップが話している最中に今日の課題が全て終わってしまったので、アルフォンスに話しかける事にした。


「アルフォンス様、でよろしいのですよね? はじめまして。私は、シュトラール家の一人娘、レティシア・シュトラールと申します。以後お見知り置きを」

「私に敬称など不要でございます。どうぞ、アルフォンスとお呼びください。口調も丁寧でなくて大丈夫です。私は、フィリップ・ルミナーレ第一王子殿下の従者であり、ナシード家の三男、アルフォンス・ナシードと申します。以後お見知り置きを」


 ナシード家。それは公爵家でありながら、領地などを持たず、ただ王家に仕える一族。昔、ルミナーレが出来た頃、王家に服従する事を誓った一族の末裔。それがナシード家だった。

 ルミナーレの中でただ王家に仕えるという一族は、ナシード家だけなので、貴族としての位置は少し特殊であった。

 ある者には、由緒ある一族だと賞賛され、ある者には、貴族なのに従者なんて……と蔑まれる。そんな事が多々あったので、ナシード家は決めたのだ。貴族という立場は、形だけ残して従者という事に一貫しよう、と。それによりナシード家は、現在ではほとんど普通の従者と同じ扱いを受けている。だが、社交界に貴族として出る事が出来るし、他の貴族の家と結婚もできる。普通の貴族とは違った家だった。


「分かったわ。でも、『アルフォンス様』と呼ぶ事は許して頂戴。ナシード家に最低限の敬意は払いたいもの」

「ありがとうございます。別に私の家に敬意なんて大層なもの払わなくてもいいのですが……レティシア様がそう仰るのなら」


 レティシアが少しでもナシード家に敬意を払いたいと言うと、渋々だがアルフォンスは了承した。


「これからよろしくね! アルフォンス様」


 そう言って、レティシアは微笑んだ。アルフォンスは、瞳をパチクリとして固まった。


 何にそんなに驚いたのか。レティシアは不思議に思った。


 なんて事はない。レティシアの笑顔が美しかったからだ。儚げでいて、魅惑的な笑み。今にも消えてしまいそうで思わず掴んでしまいたくなる。でも掴めないもどかしさ。アルフォンスは生まれて初めてこんな体験をした。

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