第9話 フィリップ・ルミナーレ

 フィリップ・ルミナーレ。


 ルミナーレの第一王子で、次期王になる予定である。決定ではない。あくまで『予定』なのだ。


 何故予定なのか。フィリップの頭が良くないのか。それとも、王の器ではないのか。


 否、そういう訳ではない。フィリップは頭も悪くないし、王として何が一番大切か理解できているつもりだ。寧ろ、頭は良すぎる程だ。学園に通うようになるまで、フィリップは王家専属の家庭教師に勉強を教わっていた。その時言われたのだ。貴方様は、十年に一人、いや百年に一人の逸材でございます、と。家庭教師は少し大袈裟に言ったのかもしれないが、フィリップは一度教えられた事は二度と忘れないし、どんな事を教えられても直ぐに理解できた。家庭教師が居なくても、教科書を読んでいれば十二分に勉強出来た。また、フィリップは、王として何が一番大切かと言うのも理解した。王にとって一番大切なのは、民だ、と。国があっての民ではなく、民があってこその国なのだ、と教わった。無能な王は、民が無限だと思っていて、有能な王は、民が有限である事を知っている、とも。


 では、何故フィリップは、次期王に確定していないのか。


 フィリップには、弟がいる。一週間前、セントリアル学園に入学して来た、新入生の中の一人だ。


 フィリップの弟、つまり第二王子であるエドワードは、外見はフィリップと少し似ているが、中身は正反対だった。

 エドワードは、頭があまり良くなく、運動の方が得意で、良く鍛えており、体が丈夫だった。そして、何より単純な性格だった。

 単純な性格の者は、王に向いていない。例えば、不正な事をしているが、証拠を掴めていない者が、近くにいるとする。王であったら、不正をした証拠を集めるまで、泳がせて、証拠が集まったら処罰するのが正しいやり方だ。

 だが、エドワードは、そのやり方が出来なかった。エドワードは、不正の証拠を集めもせずに、そんな事を聞いたら、不正をしていると言われた者を呼び出す。そして、問い詰めるのだ。「お前は不正をしたそうだな!」と。

 エドワードは、鍛えているので力はあるし、剣の才能があったみたいなので、強い。だから、エドワードが問い詰めれば、大抵の者は自白する。

 だが、それでは駄目なのだ。王は、証拠もなしに民を疑ってはならない。エドワードは、悪いと聞いたら、悪いと言われた者は悪い人だと決めつけたり、思い立ったら即行動などするような人だ。いくら、家庭教師たちが教えても、治らなかった。それでは、王にはなれない。

 エドワードは、それを自分でも分かっている。なので、良く剣の練習をしている時などに言っていた。「兄さんが、将来王になった時、俺は王宮騎士団の団長となり、兄さんを守ります!」と。素直で単純な弟は、可愛いものなので、フィリップとエドワードは、仲が良かった。だが、一部の貴族達は良からぬ事を企んでいた。


 エドワードは単純である。単純な性格の者は簡単に操りやすい。一部の貴族達は、エドワードを操り人形の様な王にしようと企んだのだ。


 だが、この国ルミナーレは、基本的に一番上の男子が、後を継ぐ事となっている。この国の第一王子はフィリップ。エドワードを王にしようとする者達、第二王子派は、フィリップを亡き者にしようとした。


 フィリップは、エドワードと違い、幼い頃から体があまり、丈夫ではなかった。小さい頃は、外に出ただけで熱を出したり、少しはしゃいだだけで寝込んでしまったりしていた。

 そんな王子なので、第二王子派の者達は、フィリップを、病気と見せかけて毒殺を試み始めた。フィリップが十歳、エドワードが九歳の頃からである。


 殺そうとする方法は様々だった。最初の頃は、差出人不明のクッキーなどのお菓子が届いた。フィリップは、喜んで直ぐに食べようとしたが、先に毒味役が食べた。毒味役が、口にクッキーを含んだ瞬間、苦しみ、悶え始めた。フィリップは人が死にそうになる光景を初めて見た。今度から、差出人のわからない物は食べないようにしよう。フィリップはそう理解した。

 それから、今日に至るまで七年間、フィリップは様々な毒と戦ってきた。最近では、遅効性の毒がよく使われるので、毒味も当てにならない為、自分で判断できる様になってきた程だ。


 弟であるエドワードとは、深い溝が出来てしまった。エドワードは、自分のせいでフィリップが殺されそうになっている事に気付き、深い負い目を感じてしまったのだ。それのせいで、エドワードは、フィリップにあまり近付かなくなった。フィリップが部屋に訪問しても、無視されるので、その内二人は事務的な事しか会話しなくなった。フィリップに大変な事件があってから、益々エドワードは、フィリップに近付かなくなった。


 その大変な事件というのは、約一年半前の出来事だ。フィリップは、その頃、社交界デビューを控えていた。そんな時に、事件は起きたのだ。フィリップはいつもの様に、毒味役が食べてから、お菓子を食べた。勿論、見た目や匂いなどを自分で確認してから。一つ食べて大丈夫だったので、二つ、三つと幾つか食べた。その後、紅茶を飲んだ。紅茶を飲んだ瞬間、それは起きたのである。

 フィリップは突然、激しい頭痛、腹痛、吐き気、目眩など様々な症状に襲われた。そして、心臓の鼓動が異様に速くなった。その後の事は覚えていない。フィリップは意識を失い、倒れたのだ。


 使われたのは、いつになく特殊な毒だった。一つずつでは無害だが、二つの薬品が反応することで、毒として症状が出る。異国から取り寄せられた新しい毒だった。

 フィリップに毒を使った者は、異国から取り寄せたために足がつき、直ぐに捕まり、処罰された。王家の者を殺そうとしたのだから、当然死刑だ。その一族もである。

 フィリップは死ぬ寸前だった。殆ど命が尽きかけていた。王宮の医師達が必死に手を尽くしたので、命を取り留めたが、毒による症状に約一年間苦しむ事になった。王宮の医師達でも、どうにもならない事だった。


 やっと毒の症状から解放された時、フィリップは父である国王に呼び出された。治ったばかりの息子に国王が投げかけたのは、「毒なぞ盛られるとは、情けない。それでも余の子供か。」という厳しい言葉だった。

 そして、国王はフィリップに聞いたのだ。「お前は、王になる気はあるか。」と。フィリップは勿論だと答えた。すると、王は、フィリップが将来王になる事を認める為の、条件を出した。


 一つ、二年に進級すると同時にセントリアル学園に入れさせるが、そこで二年生のAクラスから始めて、卒業する事。


 二つ、社交界デビュー出来なかったので、近日中にお茶会を開く事。


 三つ、セントリアル学園を卒業するまでに、王子としての権力を使わず、己の実力だけで周りの者を納得させる様な事をする事。


 四つ、セントリアル学園で、己に相応しく王妃になるのに相応しいと思う婚約者を作る事。


 これが、王の出した条件であった。この国の王家は、貴族と違い自分で結婚相手を見つけるのが決まりとなっている。何故かは分からないが。フィリップは、これを聞いて思った。



 一と二は簡単だろう。だが、三と四は難しい。三は何とかすれば可能かもしれないが、特に四が……


 そんなフィリップの思考を読むかの様に、王はフィリップの事を嘲笑った。


「どうした?出来ぬと申すか?余が学生の頃にこの条件を出された時、全て合格したのだ。この程度のこと、王となることを望む者に出来ぬはずがなかろう。」


 そう言われると、やるしか無くなる。フィリップは条件を了承した。


 お茶会は、フィリップがセントリアル学園に入る少し前に開催された。何故『パーティー』ではなく、『お茶会』にしたのか。それは、パーティーでは各家の当主などを招待しなければならないからだ。貴族達の中には、自分を殺そうとしている者もいる。だが、お茶会にすると、各家の子息令嬢達しか招待されない。把握していない第二王子派の家の者を招待したとしても、学園に通っているか、若しくは今年から通う者達ばかりを集めた。そうすることで、親達に情報が入るのが少しは遅くなるだろう、とフィリップは予測していた。


 お茶会の後、フィリップは予想以上に消耗していた。フィリップは、自分の顔が整っているほうだ、と自覚している。愛想を良くしていれば、殆どの人から良い印象を持たれる事が多い。フィリップはこれまで、自分の武器を有効に使って来た。

 だが、今回は酷かった。歳の近い令嬢達は、フィリップが少し微笑むだけで、恋に落ち、夢中で話し掛けてくる。要は、単純なのだ。今日のお茶会で、婚約の相手を探そうと思ったが、姦しいばかりで、とてもでは無いが、頭が良いようには見えない令嬢ばかりだった。こんな者達と一緒に勉強をするのか、とフィリップは憂鬱になった。


 フィリップは学園に入ると、少し困った事が起きた。とある令嬢から、猛烈なアタックをくらっているのだ。

 令嬢の名前は、レティシア・シュトラール。王家の次に大きいシュトラール家のご令嬢なので、フィリップも下手には扱えない。そんな人から、色々とアピールされると、フィリップも無下に出来ないので、少々困っていた。


 フィリップは、情報収集は大事な事だと思っている。情報を集める事によって、王子には見せようとしない相手の一面が見えてくるからだ。だが、どれが事実なのか見極めないといけないが。


 レティシアについての噂は散々だった。謝罪の言葉や感謝の言葉は口にした事がない。取り巻き達をいつもこき使っている。鞄さえも自分で持つ事はない。クラブなどの活動をする場所を、権力を使って占領して、毎日お茶会を開いている。等々。

 フィリップに話し掛けてくるレティシアは、相手の都合は考えず、いつも自分の要求ばかり押し付けてくるので、その通りなのだろう、と思っていた。だが、違った。いや、変わったのだ。


 その日、フィリップは、レティシアに学園内にある図書室で、一緒に勉強しようと誘われた。フィリップは、最初は断ったのだが、まだ学園に来たばかりで、あまり学園内の施設を利用していなかった為、図書室が気になってつい了承してしまった。

 だが、直ぐに後悔した。レティシアは、勉強と言ったはずなのに、ノートすら開かずにフィリップに話し掛けてくる。これでは勉強などできない。静かにしろ!と怒鳴ろうかと思ったが、場所が図書室なので何とか我慢した。そんな時だった。


 突然レティシアが目を瞑り出したのだ。レティシアに体調が悪いのか、と聞くが返事が無い。

 やっと目を開けたと思ったら、何故か図書室内を見渡し始めた。此処には何度も来ているだろうに、とフィリップは不思議に思う。

 先程より少し大きな声でレティシアを呼ぶと、レティシアは驚いた顔をして、フィリップの顔を見た。そして、可笑しな事を言い出したのだ。フィリップは何故此処に居るのか、と。自分で誘ったくせに何を言う。そう思いながらも、レティシアの問いに答えた。すると、レティシアは、先程と比べ物にならない程、驚いた顔をした。

やはり体調が悪いのか、と思い、問うと大丈夫だ、勉強を続けよう、と言う言葉が返って来た。そして、レティシアが謝罪したのだ。レティシアが謝罪するとは思わず、フィリップは驚いた。


 さらに、先程までノートすら開いていなかったのに、急に集中して勉強を始めたのだ。

 フィリップは驚いた。先程まで、散々話し掛けて来たのに、と。だが、レティシアが静かになったので、自分もやっと集中出来る。フィリップはそう思い、勉強を再開した。


 気付いたら、図書室の閉館時間になっていたので、フィリップとレティシアは勉強を終わりにして、それぞれ帰りの馬車のある校門に向かう。校門まで歩く最中も、レティシアは一言も喋らなかった。何があったと言うのか。

 帰りに、フィリップは、楽しかったとレティシアに向かって、愛想笑いを浮かべたが、何の反応も示さなかった。図書館に来るまでは、顔を真っ赤にして、うっとりとした目をしていたというのに。フィリップは不思議に思った。


 そして、次の日の授業中、フィリップは初めてレティシアに話し掛けた。そして、フィリップは、レティシアが今は自分に好意を持っていない事と非常に頭が良いという事を理解した。変化したレティシアは、話しやすかった。好意を持っていないというのもあるが、頭の回転が速いからというのもある。こういう人と話すのが久しぶりで、つい夢中なってしまい、フィリップは、愛想ではなく自然と笑顔になる自分に気づいた。

 話をすればするほど、フィリップはレティシアの事を勘違いしていたことがわかった。レティシアは、取り巻き達の事を『友人』と言っていた。頼まれた事は断ることができず引き受けて来たようだった。お茶会も、取り巻き達に頼まれて始めた事らしい。フィリップは、レティシアに対する認識を改めた。


 次の日も、フィリップはレティシアに話し掛けた。昨日の事についても聞きたかったが、何よりレティシアという人物に興味を持った。そして、少々無理矢理ではあるが、友人となり、名前で呼び合うようにする事に成功した。それらしい理由を述べると、レティシアは直ぐに納得した。そして、何か勘違いをしているようだ。頭は良いようだが、少しズレている所があるのだろう。


 だが、フィリップ・ルミナーレは後悔する事となる。レティシアを友人という枠にはめてしまった事を。

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