第8話


 ステラは、見た目も気が弱そうに見えるが、中身も気の弱い、そして自分に自信の無い令嬢だった。レティシアはホームルームが始まるまでステラと話をしてそう思った。

 ステラは、他の令嬢にご機嫌ようと挨拶をされた時、視線を足元に向けて、小さな声でおどおどと挨拶を返すのだ。


「ご、ご機嫌よう……」


 こんな風にである。


 そんなステラに対して、レティシアは先程、ステラは『影が薄いとよく言われる』と言っていたのを思い出したので、アドバイスしたのだ。挨拶をする時は、相手の目を見て、大きな声でハキハキとした方が良い。そうしたら、相手からもちゃんと顔を覚えてもらえる、と。

 だがステラは、


「アドバイスありがとうございます。ですが、私には無理なのです。私は、レティシア様のように美しく無いので、皆様の目を見て挨拶をすると、皆様からどう思われているのか、不安になってしまうのです。以前はレティシア様の言っていたような挨拶が出来ていたのですが……。その、以前色々とあって……」


と言っていた。それを聞いて、レティシアは思った。ステラは、自分なんかと違って充分可愛いのに、と。もしかしたら、誰かに容姿について傷付けられる様な事でも言われたのだろうか。ステラは、言いたくないようだったので、触れないことにした。


 レティシアとステラが暫くの間話をしていると、教師が入って来て、ホームルームが始まった。レティシアとステラは、それぞれ自分の席に戻った。レティシアの隣の席のフィリップの近くにいた人達も、全員席に戻った。


 授業が始まると、今日もフィリップが話し掛けてきた。楽しそうな表情で。


「レティシア嬢、昨日は大変だったな」

「ええ、大変でした。ですが、どうして知っているのですか? もしかして、話し合いの場を見ていたのですか?」

「いや、そんな事する訳ないだろう。噂で聞いたんだ」


 レティシアがフィリップに「王子が野次馬なんてしてたのですか?」と言外に言うと、フィリップは慌てて否定した。また噂で聞いたのか。この人、やっぱり噂好きだな。とレティシアは思った。


「まあ、そうでしたの。それは申し訳ありませんでした」

「いや、気にしていない。それより、言っていた事と違うんじゃないか?」

「 ?  何のことでしょうか?」


 レティシアが謝罪をすると、フィリップは気にしていなかったようで、逆に問いかけてきた。何が、言っていた事と違うのだろう。自分は何を言ったのだろうか。レティシアは不思議に思った。


「言っていただろう。昨日話した時に『騒がしくはしない』と。随分騒ぎになって、俺の耳にまで入って来たようだが?」

「 !  あ、あれは……。彼女達がAクラスの校舎まで来るなんて、予想していなかったのです。まさか、彼女達がそんな事も考えられないなんて、思いもよらない事でしたから……」


 フィリップは意地の悪い笑みを浮かべながら、レティシアに聞いてきたので、レティシアはその事を思い出した。そして、フィリップに必死で言い訳をした。

だが、レティシアが言い訳で言った内容は、全て事実だ。彼女達が来ると思っていなかったし、彼女達がそこまで馬鹿だと思っていなかった。


 言い訳を聞いて、フィリップは楽しそうに笑った。


「焦り過ぎて、かなり酷い事を言っているぞ。そうか、想定外だったのか。だが、約束を破られるなんてな……。俺との約束はどうでも良かったのか……」

「そんな事ございません! ですから、想定外だったんですって!」


 楽しそうに笑っていたと思ったら、突然フィリップは悲しそうな表情を浮かべた。その顔は、今にも泣きそうになっている。レティシアは自分のせいで約束を破った訳ではないと分かっているが、慰めようと必死になって、つい言ってはいけない事を口にしてしまった。


「でしたら! 約束を破ったお詫びとして、何か一つ言う事を聞きます! それでよろしいでしょうか?」


 レティシアがそう言った瞬間、フィリップは真顔になり、レティシアに確認してきた。


「何でもいいのか?」

「え、ええ。私が出来る範囲なら……」

「本当に、何でもいいんだな?」

「ええ、そう言っているでしょう」


 真顔でしつこく確認してくるフィリップに、レティシアは、内心面倒くさいと思いつつも答えた。

 何度も聞いた後、フィリップはパアッとそれはそれは素敵な笑顔を浮かべた。以前のレティシアだったら、顔が真っ赤になってしまうような笑顔だった。


 どうしよう。大変な事を言ってしまったかもしれない。


 レティシアはそう考えたが、もう遅い。取り消せないのだ。


「よし! では、レティシア嬢。俺の友人となれ!」

「え、友人ですか?」


 どんな大変な事を言われるのだろう、と覚悟していたレティシアだが、思っていたような事では無かったので、拍子抜けしてしまった。何故友人なんて、とレティシアは不思議に思う。


「そうだ、友人だ。俺には、女の友人が居なくてな。丁度欲しいと思っていたのだ。お前はシュトラール家の令嬢だし、頭の回転も速い。何より、俺を見る目に少し前までは違ったが、今は好意を持っていない。完璧だ」


確かに、フィリップの言った通り、レティシアは身分も高いし、頭も悪くない。それに、フィリップに対して、『好き』と言う感情を持っていない。以前は好きだったが……。

 でも、何故女の友人が欲しいのだろう、とレティシアは考え、推測だがこう結論付けた。


 フィリップには、意中の人がいるのではないか、と。


 女性と男性では、話す内容が全然違う。例え話す内容がおなじでも、女性と男性が、話し合ってみたら、意見が食い違うだろう。男性には、女性はどんな事を考えているのか分からない。フィリップは、レティシアに女性としての意見と、女性はどんな事が好きなのか、知りたかったのだろう。‘‘彼女’’はまだ現れていないし、好きな人が居てもおかしくはない。


「おい、聞いてるのか? それで、友人になってくれるんだよな?」


 レティシアが一人で納得していると、フィリップが確認してきた。


「勿論ですわ、殿下。女性としての意見をしっかり教えます」

「女性としての意見? そんなのは別に求めて居ないのだが……。それより、俺達は友人になったんだから、『殿下』なんて堅苦しい言い方じゃなくて、『フィリップ』と呼んでくれ。俺もレティシアと呼ぶから」


 レティシアが笑顔でそう言うと、フィリップがそう言ってきた。レティシアは最初の方は、声が小さ過ぎて何て言っているのか分からなかった。だが、名前で呼べとは。以前は、呼びたくて仕方なかったが、今は、畏れ多くてそんな事出来そうにない。


「な、名前ですか? 流石にそれは……」

「なんだ? 友達になってくれたんじゃなかったのか?」


 レティシアが戸惑っていると、フィリップがまた悲しそうな顔をした。こんな表情をされると、レティシアが悪い事をしているような気になってくる。


「い、いえ、友達ですわ! フィリップ様!」


 慌てて、レティシアが笑顔でそう答えるとフィリップは満足そうな顔をした。


 こうしてレティシアは、第一王子フィリップと(強制的に)友達になった。


 ステラが一人目、フィリップが二人目である。今日は友達が沢山出来る日だな、とレティシアは思った。

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