第7話


 レティシアは迎えの馬車に乗った瞬間、大きく息を吐いた。疲れたのだ。レティシアはあんなに沢山の人に見られながら、揉め事を起こしたり、話し合いをする事など今までなかった。‘‘彼女’’に手を出したり、殺しかけた時も他の人に見られない場所で行った。それなのに、今日は二回も沢山の人の前で揉めたのだ。

 社交界デビューした時やパーティー、お茶会などでは沢山の注目を集めたり、ましてや沢山の人達に話しかけられたりした。レティシアは『王家の次に大きいシュトラール家の令嬢』なのだ。注目されるのには慣れている。

 だが、今回のはそんな事とは違う。話しかけられたりはせず、ただ見られているだけだった。興味本位で無遠慮な視線が突き刺さった。本人には関係のない話なのだから、別に見ている必要はないだろう。ただ、どうなるのか興味がある。そんな目的で見ている者が沢山いたのだろう。野次馬達がいる中での話し合いというのは、非常に疲れる事だと今回レティシアは知った。


 また、‘‘元’’友人達にも疲れた。そもそも彼女達が、いつもの場所で待っていてくれれば、野次馬達に見られながら話す事もなかったのだ。そんな事も考えられない彼女達にレティシアは呆れた。その時点で彼女達を見切ったのだ。少ししつこかったが、シュトラール家の権力で無理矢理黙らせたから、大丈夫だろう。彼女達とはクラスも違うし、もう会うことはない。


 そもそも彼女達とどこで出会ったのか。レティシアは彼女達と出会った頃の事を思い返していた。


 あれは、五年前。レティシアが十二歳の頃だった。シュトラール家でお茶会を開いたのだ。その時、レティシアは彼女達と出会った。


 レティシアはその頃、母を亡くしてもう二年も経っていたのだが、塞ぎ込んでいた。家族達は、何とか立ち直り、レティシアを慰めてくれた。だが、いかんせん慰め方が悪かった。皆男なので、女の子はどうやって慰めるのかが分からない。

 虫をプレゼントしたり、男の子のオモチャを貸してあげたりしたが、レティシアが喜ぶ訳がない。寧ろ、虫を渡された時は悲鳴を上げて、気絶してしまった。レティシアの双子の兄達は、その頃既に社交界デビューを果たしていたが、ヤンチャな遊びばかりしていた。落ち着いてきたのは、つい最近である。

 レティシアの父は、レティシアの為に何でも欲しいものを与えたり、沢山のドレスやアクセサリーなどをプレゼントした。だが、そういった行いにより、レティシアは高慢な性格に育ってしまう。


 そんな塞ぎ込んではいたが、高慢になりつつあった時に彼女達と出会ったのだ。彼女達は、出会った当初、さんざんレティシアを褒めちぎってきた。


『レティシア様はお美しいですね』

『そのドレスもアクセサリーも、美しいレティシア様にとても良く似合っていますわ』

『まあ!そのドレスは新作のドレスではないですか!流行を先取りなんて、素晴らしいです』


 そんな心のこもっていない世辞を皆口々に言い、レティシアのする事には何でも賛成した。その頃のレティシアは、その褒め言葉に心がこもっていない事など気付かずに、自分の事を褒めてくれて、自分のする事に一切反対しない彼女達をとても気に入った。だから、友人として、一緒にいたのである。

 そう考えると、彼女達との付き合いは五年間も続いていた。それなのに、自分は彼女達の中で家が大きい令嬢の名前さえも、覚えていないとは……。

 彼女達とは、過ごした年月は長かったが、思い出は薄い。浅い関係だったのだ。


 そんな事を考えていたら、家に着いた。レティシアは部屋に入ったら、すぐに横になる事にした。


 昨日と同じように、自室に入り、待機していたレティシア付きの侍女達を下がらせ、制服から室内着に着替え、ベッドに横になった。

 レティシアはベッドに横になると、ついウトウトしてしまい、昨日と同じように眠ってしまった。


 レティシアは昨日と同じように夢を見た。だが、夢の内容が違った。レティシアがまた牢獄にいるのは変わりないが、フィリップは来なかった。来たのはフィリップではなく、レティシアの父だった。レティシアの父は、レティシアを見つけた瞬間、目に涙を浮かべた。


「ああ、レティシア。私の愛しいレティシア。こんな姿になって……」

「お、おと、おとう、さ、ま」


 レティシアは掠れた声で精一杯父を呼んだ。レティシアの父は、レティシアが何が言いたいのかと思い、レティシアの次の言葉を静かに待った。


「な、なぜ、こ、こに? わ、わた、しなん、て……」

「殿下に少しの間だけ、会わせてもらう許可を頂いたのだよ。レティシア、お前のした事は決して許される事ではない。だが、どうしても会いたくなってしまってね……」


 レティシアの父は、レティシアの問いに答える時、厳しい表情や淋しそうな表情など、表情をコロコロと変えた。

 レティシアの父は、レティシアに様々な話をしてくれた。フィリップと‘‘彼女’’が婚約を結んだ事。フィリップは、もうじき王になるであろう事。レティシアと一緒に‘‘彼女’’に手を出した者達は、レティシア程ではないが、罰が与えられた事。


 レティシアの父が現在の状況を詳しく話しているうちに、面会の時間は終わりを迎えてしまった。


「すまない、レティシア。もう終わりの時間のようだ。まだまだ話し足りないのだが……。またな、レティシア。また殿下にお許しを頂いたら、会いに来るよ」


 そう告げ、レティシアの父は去って行った。

 父の背中を見送りながら、レティシアは父の話してくれた事を思い出していく。

 父の話してくれた内容には、父の現在の状況やシュトラール家が今どうなっているのかについては説明してくれなかった。きっと、大変な事になっているだろうに。レティシアの目から、涙が溢れてきた。


 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 私の愚かな行いのせいで、家族にまで迷惑をかけてしまって。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。


 心の中でレティシアは家族に謝罪をした。家族に謝罪を口にしても、彼等は笑って「気にしないで」と言うだろう。彼等は優しいから。だから、レティシアは心の中で謝り続ける。


 ふとレティシアは目が覚めた。今日はそこまで眠っていなかった。夕食まで時間がある。

 レティシアは、頰に生暖かい液体が流れる感覚がした。目元を触ると濡れていた。レティシアは泣いていたのだ。


 この時間になると、レティシアは牢獄の中にいる夢を見るのかもしれない。昨日の夜、普通に寝た時には、牢獄の中にいる夢は見なかった。これからは、この時間には、眠らないようにしよう。

 レティシアはそう決めた。


 夕食の時間になり、レティシアはいつも通り家族と夕食を取った。そして、お風呂に入って寝た。


 次の日の朝も、侍女が来るより少し早く目が覚めた。夜寝た時には、夢を見なかった。やはり、学校から帰ってきて眠るのはやめよう。

 自分で着替えてから、少しすると、リタが入って来た。朝来るのはリタだけなのだ。リタに髪の毛を整えてもらう。リタは、レティシアが自分で髪を整えるのを嫌がる。なので、昨日は自分で整えようとしたが、今日はリタが来るのを待つ事にした。リタ曰く「お嬢様の髪は絹のように滑らかですから、触り心地がとても良いです」だそうだ。レティシアはそうは思わないが、リタがレティシアの髪を気に入っているのなら、リタにやって貰った方が良いだろう。


 リタが髪の毛を整え終わると、朝食を食べに行く。家族で今日の予定を話し合いながら、食べる。

食べ終わったら、学園に向かう為、馬車に乗る。


 学園に到着し、自分のクラスへと向かう途中、いつもと違うことが起きた。一人のクラスメイトが話し掛けて来たのだ。確か彼女の名前はステラ・アーノルドだった気がする。家は男爵家だけれど、貿易などで財力があるので、最近注目されている家だ。

 ステラ・アーノルド は見た目も中身も大人しい印象だった。この国には多い胡桃色の髪だが、彼女のつぶらなアメジストのような紫の瞳と良く合っている。下がり眉が特徴的で、気の弱そうな印象を与える。

そんな彼女が、何故自分の様な者に声を掛けてきたのだろう、とレティシアは不思議に思った。


「あの、私ステラ・アーノルドと申します。昨日、レティシア様のハンカチを拾って渡したのですが……覚えていますか?」

「ええ、勿論覚えているわよ。それに昨日はどうもありがとう」


 レティシアがそう答えると、彼女はホッとした顔をした。

 そうか。彼女は昨日ハンカチを拾ってくれた人だったのか。レティシアはよく顔を見ていなかったので、言われないと分からなかった。ただ、そう言われてよく見ると、確かに昨日の人だなと分かった。


「良かったです。私、よく影が薄いって言わるので……。それで、あの、レティシア様にお願いがあるのですが……」

「何かしら? 無理のない範囲だったら、何でも聞いて差し上げるわ。」


 彼女には、ハンカチを拾って貰ったという恩がある。たかが、ハンカチ一つで……と思うかもしれないが、こう言われて、何もお礼をしないと言うのは失礼だろう。それに、彼女はあまりにも無理な願いは言わないように思う。


「本当ですか!? では、あの、その……私とお友達になってくれませんか?」

「え? お友達?」

「はい、図々しいとは分かっているのですが……」


 彼女は、レティシアが問い返すと、真っ赤な顔をして、俯いた。


「別に大丈夫だけれど……。何故か伺っても宜しくて?」

「はい、大丈夫です! 何故かと言いますと、昨日レティシア様にハンカチをお渡しした際、とても素敵な笑顔でお礼を言ってくださったからです! それと、昨日のあの出来事! 私もレティシア様の様に、沢山の人が居る中でも、堂々と自分の意見が言えるようになりたいのです!」


 理由を聞くと、彼女は顔をパッと上げ、興奮した様子で話し出した。その瞳はキラキラとしていて、嘘を言っているようには見えない。


「良いわ、そう言う理由なら。これからよろしくね、ステラさん」

「はい! よろしくお願いします! レティシア様!」


 レティシアが笑顔で言うと、彼女、いやステラは、それはそれは嬉しそうな、花のような笑顔で答えて来た。犬みたいで可愛い。レティシアはそう思った。


 こうしてレティシアはステラ・アーノルドと友達になった。

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