第6話


 レティシアは放課後まで、勉強に励んだ。最初にフィリップから話しかけられてからは、他の生徒とも殆ど話す事は無かった。ただ、一度だけ一人の女子生徒に話しかけられたが。といってもそれは、レティシアがハンカチを落としてしまったからだ。女子生徒は親切にそれを拾ってくれて、レティシアに渡してくれた。レティシアが笑顔で感謝の言葉を口にすると、その女子生徒は驚いた顔をして、固まってしまった。しかし、女子生徒はしばらくすると、笑顔を返してくれた。それだけの出来事だった。


 放課後になり、レティシアは面倒くさいと思いながらも、いつもお茶をしている場所に向かおうとした。

 いつもお茶をしている場所とは、全ての学年と全てのクラスの人達が、共同で使える場所だった。そこは本来、クラブ活動や研究をしている人達が使う為の場所なのだが、無理を言って使わせて貰ったのだ。だが、今日で終わりになる。本来の目的として、使いたかっただろう人には、迷惑を掛けただろうな、とレティシアは申し訳ない気持ちになりながらそこに向かう為にAクラスの玄関まで行った。

 すると、そこにはレティシアの友人達が集まっていた。いや、レティシアにとってはもう‘‘元’’友人達だろう。


 お茶会の場所だったら、それほどまで騒がしくないだろうから平気だと思ったのに。彼女達はそんなに目立ちたいのだろうか、それとも、何も考えていないのか。


 レティシアはそんな事を考え、何も考えていないだけだろうな、と勝手に結論づけた。

 事実、彼女達は何も考えていない。ただ、レティシアの今朝の行動について理由を聞きに来る事で、頭が一杯なのだ。


 仕方ない。そう思い、レティシアは彼女達に近付く。


「あら、皆さんご機嫌よう。此処はAクラスの校舎よ? 貴方達はBクラスやCクラスではなくて?」

「ご機嫌よう、レティシア様。確かに私達は、Aクラスではありません。ですが、私達はレティシア様に聞きたいことがあったので、此処まで来たのです」


 彼女達の中でも位の高い令嬢がレティシアの質問に返事をする。彼女はニーシュ家の侯爵令嬢だ。確か、この中でレティシアの次に権力があった。その為、いつもレティシアの傍にいたのだが名前は覚えていない。まあ、その程度の間柄だったのだろう。


「あら? それは来て、聞くことなのかしら? いつもの場所で待っていても、宜しかったのでは?」

「そ、そうなんですが……レティシア様がもういらっしゃらないかと思ったのです。いつもの場所に行きますか?」


 レティシアがわざと不思議そうな表情を浮かべ、聞くと、侯爵令嬢はやっと此処で話すには目立ちすぎる事に気付いたのか、移動を提案した。

 レティシアは目立ちたくなかった。だが、彼女達が此処に来てしまった時点で、もう目立ってしまっている。今更場所を変えても意味はないだろう。移動しても、誰かが聞き耳を立てているかもしれない。だったらもう此処で話す方が早い。


「いいえ、貴方達が来てくれたので此処で結構よ。それにもうあの場所は私達が使う事は無くなるわ」

「レティシア様! それはつまり……」

「騒がないで頂戴。でもそうね、はっきり言うわ。つまり、もう『貴方達と関わる事は無い』という事よ」


 レティシアは冷たい声で、でもその場にいた人達に響く声でそう伝えた。瞬間、彼女達は顔を青ざめる。いつのまにか周りに集まっていた野次馬達は、少し離れてレティシアと彼女達の会話が聞こえる程度の場所から、会話を伺っている。


「レティシア様何故! 何故でしょうか! 私達が何かしてしまいましたか!?」

「何をしたかって?そうね、強いて言うならば、貴方達がいつも媚びへつらってくるのに疲れてしまったのよ。毎朝毎朝、玄関の前で媚びる為に『荷物を持つ』という名目で、誰かがいるのよ。お茶会でもいつもいつも、『レティシア様は素晴らしいです』と心にも無いお世辞を伝えたり、『私の家名をお父様にお伝え下さい』なんて言われるのよ。そんな事されて、嬉しいと思う?」


 レティシアは更に冷たい声でそう告げた。彼女達は皆心当たりがある為、ばつの悪そうな顔をした。


「聞きたい事は終わり? ではもうさようなら。もうきっと、関わる事はあまり無いと思うけれど。」

「レティシア様!お待ちください!どうしていきなり――「聞こえなかった? 『媚びへつらってくるのに疲れた』と言ったのよ。これ以上しつこくすると、それこそ『お父様にお伝え』してもよろしいのよ?」


 レティシアは侯爵令嬢の言葉を遮り、先程言った事を繰り返し、脅した。レティシアの父はシュトラール家の当主であると同時に、この国の宰相でもある。また、レティシアを溺愛しているという噂は貴族の中でも有名だ。そんな者にレティシアから良い報告ならばともかく、悪い報告をされると大変だ。良くて、報告された令嬢が国から追放。悪くて、家ごと追放や爵位剥奪もあり得る。そんな可能性を理解して、彼女達は皆顔を青ざめ、口をつぐんだ。


「では、今度こそさようなら」


 そう彼女達に告げて、レティシアは颯爽と去っていく。誰も彼女を止める者はいない。野次馬達もただ見ているだけで、口を開こうとすらしなかった。

そんな中、レティシアは何かを思い出したかのように立ち止まり、もう一度、彼女達の方を向いた。


「ああ、言ってなかったわね。今まで仲良くしてくれてありがとう」


 レティシアはそう告げ、自分の中で最上級の微笑みを見せた。レティシアの‘‘元’’友人達は驚き、野次馬達も息を飲んだ。こんな時に笑い、更に感謝の言葉なんて……と思ったのもある。だが、それ以上に皆、目が離せなかった。レティシアの笑顔がとても美しかったからである。

 レティシアは普段笑う事が少ない。無表情や冷たい表情、笑ったとしても愛想笑いが殆どである。そんなレティシアが本当の笑顔を見せた。その笑顔は、とても儚げに見え、とても妖艶にも見えた。誰もが目を奪われずにはいられない、そんな笑顔だった。


 レティシアは直ぐに無表情に戻り、誰もが呆然とする中、また颯爽と去って行った。そんなレティシアを、野次馬の中で羨望の眼差しで見ていいた人がいることを本人は知らない。


◯◯◯


 ステラ・アーノルドは、野次馬の中でレティシアと取り巻き達の一部始終を見ていて思った。


 レティシア様かっこいい、素敵と。


 ステラの家のアーノルド家は男爵家で、貴族の中ではあまり地位は高くない。なので、パーティーやお茶会などでも、いつも控えめに大人しく、目立たぬようにしていた。そんなステラだが、頭の回転だけは速かった。だから、ステラの為にもアーノルド家の為にもなるとセントリアル学園に入学したのだ。入学出来ただけでなく、ステラはAクラスに入れたので、家族はますます喜んだ。

 レティシアとは同じクラスになった。家族は「せっかくシュトラール家の令嬢とクラスが一緒なんだ。取り入ってこい」と言ってきたが、ステラはレティシアが怖かった。

 レティシアの容姿は透き通った肌に艶のある絹のような黒髪、同じ黒の瞳は黒曜石の様に美しい、桜色の唇に今にも折れそうな身体をしていて、儚げな見た目の美人だったが、性格は違った。かなり気が強く、朝は取り巻きの誰かに荷物を持たせ放課後には取り巻き達とお茶をしている。以前物を拾った時には、お礼も言わずに受け取って去って行った。かなり高慢な性格だとステラは思った。


 ステラは気が強い方ではないので、レティシアと仲良くなる事は出来ない。そう思っていたのだ、昨日までは。

 今日のレティシアは以前とは違っていた。朝は、取り巻き達に荷物を持たせず、それどころか、『もう近付くな』暗にそう言っていた。また、ステラがレティシアの落としたハンカチを拾って渡した時には、笑顔でお礼を言われた。まさか、お礼を、それも笑顔で言われるとは思っていなかったので、かなり驚いて固まってしまった。固まっている間にレティシアは何処かに行ってしまったと思っていたが、レティシアはしばらくの間待っていてくれて、心配までしてくれた。嬉しくなったので、ステラは微笑み返した。そして、さっきの出来事である。レティシアは取り巻き達にハッキリと物申した。しかも、最後には素敵な笑顔でお礼を言い、去って行った。そんなレティシアがステラは、かっこよく見え、素敵に見え、尚且つ憧れた。


 自分もあんな風になりたい。その為の第一歩として、明日レティシア様に、勇気を出して話しかけて見よう。


 ステラは、そう決意した。

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