第5話


 セントリアル学園は、AクラスからCクラスまで、学年ごとに分けられている。レティシアはAクラスだ。レティシアの友人達にAクラスは一人もいない。皆BクラスかCクラスだ。

 以前はその事に心細く感じていたが、今は平気だ。もしレティシアの友人達の中で誰か一人でもAクラスがいたら、きっと今朝の事についてしつこく聞いてきただろう。だから、逆に嬉しく感じた。

 以前のレティシアは、高慢ではあるが普通の女の子のように一人で行動するという事に心細く感じていた。だが、今のレティシアは牢獄に入っていた記憶のあるレティシアである。なので、一人だろうが、別に気にならなくなった。


 今朝の出来事は、Aクラスにも既に広まっていた。レティシアは以前は友人達以外からは、遠巻きにされていて、話しかけたら返事は返って来るが、遠慮がちだった。だが、今は少し違う。遠巻きにされているのは同じだが、沢山の視線を感じるのだ。レティシアを見ながら、ヒソヒソと話している者もいる。こういう時こそ遠慮してほしいものだ、と溜め息を吐くとこちらを見ていたほとんどの人が視線の方向を変えだし、ヒソヒソと話している者も一瞬で静まった。

 静まった空気の中、第一王子、フィリップがAクラスに入ってきた。フィリップもAクラスなのだ。その瞬間、先程まで噂をしていた人達はフィリップの元に駆け寄り、挨拶をしたり、荷物を持とうとしたりしていた。誤魔化し方が下手くそだな、と見ていてレティシアは思った。

 しばらくの間、フィリップの周りに人だかりが出来て、それが治まった後に教師が入ってきた。ホームルームが終わった後、授業が始まった。


 今のレティシアにとって、現在受けている授業は二回目である。なので、聞いていなくても問題はない。以前のレティシアはフィリップと隣の席の為、浮かれてフィリップに話しかけていたので、ちゃんと勉強をしていなかったがAクラスの四十人中十位以内、つまり学年で十位以内にはいつも入っていたのだ。話しかけられていたフィリップも、いつも学年トップだったのだ。


 セントリアル学園は授業のレベルが高い。その中で、Aクラスに入っていて、順位もトップは無理でも二位や三位などを取っていると、女性でも職に就きやすくなる。レティシアは卒業したら、何か職に就こうかと考えたのだ。結婚でもいいのだが、今の年で婚約者もいないので、ほぼ不可能だろう。他に、セントリアル学園で今婚約者のいない人と恋人となり結婚する、という案も考えたのだが、それもかなり難しい。何故かというと、レティシアの家は王家の次に大きいシュトラール家なのだ。シュトラール家と繋がりたい者は多いが、その殆どが媚び諂う者が多かったり、逆に大きすぎて遠慮してしまう人も多い。王家の者ならば良いが、一年後には‘‘彼女’’が現れる。まとめると、恋人となって結婚する事も実質不可能に等しい。なので、就職する事に決めたのだ。シュトラール家の娘が独身なんて……と周りの人達に馬鹿にされるかもしれないが、父がなんとかしてくれるだろうし、結果を出せば誰も文句は言えなくなる。何より、『シュトラール家の娘が罪を犯して牢獄に入れられる』よりずっといい。


 そんな事を考えていると、


「おい、レティシア嬢、レティシア公爵令嬢。聞こえてるのか?」

「すみません、考え事をしていました。何でしょうか?」


 隣でフィリップが話し掛けてきた。ずっと声を掛けていたのだろうか。だとしたら、悪い事をした。


「昨日も君はボーっとしていたな。本当に大丈夫か。」

「ええ、大丈夫です」

「なら良かった。じゃあ、聞くが……君はいつも一緒にいたあの人達を捨てたのか?」


 なんと。フィリップも知っていたのか。噂が広まるのは速い。そして、この人意外と噂好きだな。わざわざ本人に聞くとは。しかも授業中に。


「ええ、捨てたという訳では無いですけど」

「ではなんだ?」

「いつも媚びてくるのが鬱陶しかったので、離れたかっただけです」


 レティシアが正直に告げると、フィリップは少し驚いた顔をした後、笑った。


「なるほど……『鬱陶しかったので離れた』か」

「ええ、だってそうでしょう?毎朝毎朝玄関の前で待たれていたり、毎日お茶会をしたいなどと言ってくるんですもの」

「なんだと? あれは君が命令していたのでは無かったのか?」

「ええ、あの人達が勝手にやっていただけです。お茶会も場所を準備するのが大変でした。毎日開ける場所なんて……」


 レティシアは遠い目をしながら、その時の苦労を思い出していた。あれは誰だっただろうか。『学園内でお茶会を毎日開いて一日の報告をしたい』などと言ったのは。友人達の中で一番権力があるのは、レティシアなので当然レティシアが探して頼まなくてはならない。他の人の邪魔にならず、大勢の人が入れる場所。そんな場所をやっと見つけて、学園に許可をもらう時には、とっくに日は沈んでいて、星も見え始めていた。

 そんな事を思い出して、フィリップの方をチラリと見ると、何か考えていた。何を考えているのだろうか。それより、この人はレティシアが命令したと思っていたのか。失礼ではないか。レティシアは面倒くさいので放っておいていただけなのに。


「なるほど、そうだったのか。だとしたらどうするんだ? お茶会だってやめたら皆納得しないだろうし、今日一日騒がしくなるだろう?」


 考えていたと思ったら、フィリップが聞いてきた。確かに皆納得しないだろうし、騒がしくなるかもしれない。でも大丈夫だ。


「そうですね、確かにそうなるかもしれません。ですが、大丈夫です。騒がしくなる事はありませんわ。だって皆さんと会う事は放課後までありませんもの。それに納得しなくても最終的には大丈夫ですわ。だって、私は『シュトラール家のレティシア』ですもの。最終的には納得しますわ」


 そう言って、レティシアはニッコリと微笑んだ。そう、皆納得しなくても納得さ・せ・れ・ば・いいのだ。レティシアはシュトラール家。文句は言っても最終的には黙るだろう。それに放課後まで会わないというのも事実だ。レティシアはAクラスだが、友人達は皆BクラスかCクラス。

セントリアル学園はクラス毎に校舎が別れているのだ。食堂までも別れていて、本格的に勉学に励めるようになっている。なので、放課後まで会う事はない。まあ、朝だけは『荷物を運ぶ』という人が毎日いたのだが……。


 そんな事を考えていると、何故かフィリップが笑い出した。


「クククッ、そうか、そうだな。確かにその通りだ。では、放課後頑張れよ」


 そう言って、授業に集中し出した。


 今日はフィリップと今までで一番喋った。それで分かったのだが、意外と笑い上戸なのかもしれない。以前は一方的に話しかけていたので、迷惑そうな顔や無表情などしか見た事が無かった。それと、牢獄に入れられる前に見せられた冷酷な顔。

 以前まで好きだった人の新しい一面は意外だった。噂好きに笑い上戸。フィリップの笑顔が好きだったので、もし以前のレティシアだったら、舞い上がっていたのだろう。だが、今は違う。何とも思わない。やはり気持ちが無くなったのだ。


 フィリップに応援されたし、放課後は頑張るか、と思いレティシアも授業に集中し出した。

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