第6話 解決させるために

 こうなると、警察が介入していることもあり、佳鳴かなる千隼ちはやができることはそう多く無い。だが大切なことがひとつある。できる限り少しでも辰野たつのさんに寄り添うことだ。


 千隼は被害届を出している。だが辰野さんが大事にしたくないとおっしゃるのであれば、取り下げることも考えている。


「おまわりさん、あの人にも話を聞くって言ってました。今頃行ってるんじゃ無いかなと。その詳しいことが聞けるかは判らないんですけど……、あの人がお巡りさんにどういう話をするのかが気になります」


「そうですね。ご自分を正当化する可能性はありますよね。でもこちらにはスクショもありますし、何より誤解だろうがなんだろうが千隼が殴られている事実があるんです。防犯カメラの映像が証拠です。だから辰野さんの不利になる様なことは無いと思うんですけども」


「そう思いたいです」


 だがやはり不安なのだろう。辰野さんはうなだれて目を伏せてしまう。


「あの、辰野さん」


 千隼が労わる様に口を開く。


「今は警察に被害届を出しています。なので警察が動いています。ですが、辰野さんが大事にしたくないとおっしゃるのでしたら取り消すこともできます。辰野さんは相手さんをどうしたいですか?」


「え……」


 辰野さんは一瞬呆然とした様な表情になる。だがすぐに不安げにひとみを揺らした。


「どうしよう……、どうしたら……」


 考えあぐねている様子だ。それはそうだ。相手の人生にも関わることなのだから。そして辰野さんの身と心の安全にも繋がる。なによりもそれが重要だ。


 佳鳴は考えた末、そろりと口を開いた。


「あの、辰野さん。差し出がましいですけども、良いですか?」


「は、はい」


 辰野さんはすがる様な目を佳鳴に向けた。


「私はこのまま被害届を出したまま、警察に関わっていただいた方が良いと思ってます」


 佳鳴がはっきりと言い切ると、辰野さんははっとした様に目を見開き、千隼も目を丸くする。


「警察が介入すれば、事情徴収とか逮捕とか、とにかく相手に不利な状況が作れると思うんです。本人が反省すればそれで良し、しなければますます追い込まれるでしょう。起訴きそなんてことにもなりかねません。前科が付くんです。どちらにしても警察沙汰なんですから、会社も黙ってはいないでしょうし。懲戒解雇ちょうかいかいこ、良くて退職勧告たいしょくかんこくを受けるでしょう。そうなると少なくとも物理的には離されます。それに裁判が関わって来るとしたら、接見禁止命令も期待できます。そうなるとその人に近付かれることも無くなるんです」


「そんな……大事になるんですか?」


 辰野さんはおびえた様な表情を浮かべる。


「そうなるかも知れないということです。ですが私はとにかく辰野さんと相手の人を離すことが第一だと思いますよ」


 辰野さんはためらっている様に見える。やはり決めかねているのだろう。


「僕は被害届を取り下げても良いと思ってます」


 佳鳴とは正反対の意見に、辰野さんは目を剥いた。佳鳴は自分の言葉を受けて、千隼ならそう言うだろうと思っていたので驚かない。


「もし相手に前科とかが付いたとしたら、怖いのは逆恨みです。粘着質だと思いますので、接見禁止命令が出ても守ってくれるかどうか。好意の裏返しって怖いものですよ。可愛さ余ってってやつです。どちらにしても辰野さんが今の状況を会社にうったえれば、相手の人は会社にいられなくなるでしょうし、そこは少しでも安心材料になるんじゃ無いでしょうか」


「でも千隼、うちの店のことを知ってるってことは、辰野さんのお家も知られてる可能性があるかもよ。消極的なことをするんだったら、辰野さんはお引っ越しとかしなきゃならないかも知れないし」


「そこは大変だけど、相手が逆上とかした時の方が怖いぜ。俺たちにはストーカーするやつの気持ちってもんが解らないから想像しかできないけどさ、あまり刺激しない方が良いんじゃ無いか?」


 佳鳴も千隼も口調はあくまでも冷静で穏やかだ。言い合う素振りで、佳鳴たちが思い浮かぶ限りで様々な可能性を出しているのである。


 どれが辰野さんが望むところなのか、それとも他に方法があるのか、辰野さんご自身が取りたい手段があるのか。そういうことを解決のためにじっくりと見極める必要がある。


 辰野さんはお茶に手も付けず、うつむいて膝の上でこぶしを握りしめてじっと考えている。どうすれば良い方向に向かうのか。慎重に考えなければならない。


 ややあって、辰野さんは顔を上げた。不安をにじませたままだが、それでも目には強い光が灯っていた。


「あの、被害届はこのままにしておいてください」


「出したままで良いと?」


「はい。逆恨みは確かに怖いです。でもあの人が自由でいられるのも怖いです。それに社会的制裁って言うんでしょうか、そういうのもあれば、会社はもちろんこの辺りにいられなくなるんじゃ無いかと思って」


 佳鳴は千隼と肯き合う。辰野さんがご納得される方法がいちばんだ。


「もしかしたら、ハヤさんにはまだ警察関係とかでご迷惑をお掛けしてしまうかも知れないんですけど」


「こちらは全然構いませんよ。気にしないでください」


 千隼が「任せろ」と言う様に自らの胸をとんと叩くと、辰野さんは安心した様に表情を緩めた


「ありがとうございます。ただでさえご迷惑をお掛けしてしまっているのに。本当にありがとうございます」


 辰野さんは言いながら何度も頭を下げた。


「あ、それとハヤさんの治療費を払わせてください。おいくらでした?」


「あ、大丈夫ですよ。飲食店がリスクに備えて加入している保険があるので」


 千隼のこともなげなせりふに、佳鳴は心の中で(適用されるか判らないけどね)と付け加える。


 だがされようがされまいが、ふたりは辰野さんに治療費を支払っていただくつもりは毛頭無かった。辰野さんだって被害者なのである。


 どうにか辰野さんのために、良い方向に向かうことを願うしか無かった。

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