第5話 今があるのは
そして今日に至る。
駒田さんはすっかりとチートディを満喫されている。ワインも2杯めが空になりそうだ。
「今度、テレビのバラエティに出るのが決まったんですよ」
「あら、凄いじゃないですか」
「テーマがご飯なんですって。で、事前アンケートっていうのがあるんですけど、それに「今まで心に残ったご飯はありますか」って質問があって」
「まぁ。じゃあご実家のお食事なんかが当てはまるんでしょうか」
「いいえ」
駒田さんは静かに首を振る。
「私、初めてこのお店に来た時に、店長さんが作ってくださったお豆腐の味噌雑炊を書きました。エピソードも合わせて」
「え?」
佳鳴は驚いて目を見張る。まさか駒田さんの食のルーツであるだろうご家庭のご飯を差し置いてしまうなんて。佳鳴はすっかりと慌ててしまった。
「そんな、駒田さん。あれは本当に作り方も簡単で大したものじゃありませんのに。それよりもご家庭で美味しいものをたくさん作っていただいたんじゃ」
「それももちろんあるんですけど、実家ではそりゃあもう揚げ物とか太りやすいご飯がたくさん出てましたからね。太っちゃったのはそれを考えなしにもりもり食べた私が悪いんですけど。だからダイエットは食べさせようとする親との攻防でもありました。ダイエットなんて無駄だからもっと食べろって言われて。だから家を出たんですけどね。で、サラダだけのダイエットを始めたんです。それはともかく。あのお豆腐雑炊は私を癒して、助けてくれたんです。あのお雑炊が無かったら、私今でも無理なダイエットを続けていて不健康でふらふらしてて、もしかしたら今みたいにモデルのお仕事も続けていられなかったかも知れないです。だからあのお雑炊は私にとって本当にとても大事な一食なんです。店長さんがレシピを教えてくれたので、夕飯で作ることも多いんですけど、あの感動は再現できないですよ」
そんなことを言われてしまって、佳鳴はじんと胸が熱くなる。これこそ料理人冥利に尽きるというのでは無いだろうか。
「それは、もうこちらこそ本当にありがとうございます。本当にあのお味噌雑炊で良いんですか?」
「はい。私を今の私にしてくれた、大切な一品です」
駒田さんは言って、にっこりと極上の笑みを浮かべる。佳鳴はほっと頬を緩めた。
その時、
「あ、駒田ちゃんだ。よう。今日はチートディか」
「あ、旭日さんこんばんは」
「おう」
旭日さんは自然に駒田さんの横に掛ける。旭日さんは佳鳴から受け取ったおしぼりで手を拭いて「ビールちょうだい」と注文をした。
「はい。お待ちください」
まずはビールとグラスをお出しする。すると駒田さんが赤ワインをお代わりされたので、佳鳴は続けてワイングラスを出した。
そうして新しい赤ワインを駒田さんにお渡しすると、駒田さんと旭日さんは「お疲れ」「お疲れさまです」とグラスを合わせた。
「駒田ちゃんもすっかりとここの常連だよなぁ」
「これでも控えてるんですよ〜。月に2回にしてるんです。ここのご飯美味しいからもっと来たいんですけど、これでも永遠のダイエッターですからね」
「ここの飯ってそう太るもんでも無いだろ」
「そうなんですけど、緩めちゃうと油断しちゃいそうで」
「モデルの体型維持ってのも大変だよなぁ。そういや店長さんも細いよな。なんかやってるのか?」
「いいえ、私は特には。立ち仕事ですからエネルギーも使いますし、普段爆食とかしませんしね。体質も多少はあるかも知れないです」
「体質は羨ましいですねぇ〜」
「昔から困るほど太ったことが無いですねぇ」
「いいなぁ〜。私もそうなりたい」
駒田さんがしみじみと言って目を細める。
「でも私はスタイルが良いわけじゃありませんから」
「ええ、店長さん充分だと思いますけど」
「あら、ありがとうございます」
思わぬ褒め言葉に佳鳴は微笑む。
「俺もちょっと頑張ってるんだぜ。嫁さんが「痩せるのは良いことだ」って協力してくれてさ。米の代わりにおかずを多く作ってくれるようになってさ。品数を増やすんじゃ無くて野菜の量を増やしてくれてな」
「へぇ、良かったじゃないですか」
駒田さんが言うと、旭日さんは「おう」と嬉しそうに笑う。
「お陰で腹回りが少しすっきりして来た気がするぜ。姿勢にも気を付けてるしな」
旭日さんはそう言ってお腹をぽんぽんと叩いた。
「あ、そうだ旭日さん、私今度バラエティ番組に出ることになって」
駒田さんは先ほど佳鳴に話してくださったアンケートのことを言った。
「あ、それ良いじゃん。あの時は本当にどうしようかと思ったもんな。店長さんの豆腐雑炊旨そうに食ってたもんなぁ」
「あの時は旭日さんにも本当にご迷惑を」
駒田さんが恐縮すると、旭日さんは「良いって良いって」と明るく手を振る。
「でもあれ、確かに旨そうだったよなぁ」
旭日さんは思い出したのか、羨ましそうに目を細める。
「私レシピ教えてもらいましたよ。なので家でも良く作るんです」
「あ、良いな。俺にも教えてくれよ」
「じゃあメッセージアプリに送りますね」
駒田さんはカウンタ下の棚に置いてあるバッグからスマートフォンを取り出した。手早く操作をすると旭日さんのスマートフォンがちかっと光る。
「お、届いた届いた。ありがとうな」
旭日さんがスマードフォンを確認した。
「土鍋で作ったら洗い物も楽ですよ〜」
「そこは駒田ちゃんさぁ、女なんだから洗い物ぐらいやれよ」
旭日さんが若干呆れた様に言うと、駒田さんは「あ〜」とからかう様な表情になる。
「旭日さんそれセクハラですよ〜。それに旭日さんどうせ作るのも洗い物も奥さんに丸投げするんでしょ。だからそんなこと言えるんですよ〜」
「うわ、こんなことまでセクハラになんの!? マジか!」
旭日さんは度肝を抜かれた様に目を剥く。
「うわー、ハヤさん助けてー」
同じ男性である千隼に助けを求める旭日さん。千隼は「うーん」と少し困り顔で首を傾げた。
「僕は家事とかやる系男子ですからねぇ」
「家事とかしてくれる男の人良いですねぇ。店長さん羨ましいです。良い弟さんですよね!」
駒田さんがうっとりと言い、佳鳴は「ふふ」と微笑む。
「協力し合って毎日助かっていますよ」
「あーそうか! うわぁ味方がいない!」
旭日さんはそう嘆いて頭を抱えた。しかし駒田さんも千隼も、もちろん佳鳴も本気では無い。その場が「あはは」と楽しそうな笑いに包まれた。
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