第3話 深夜のふわっふわ
しばらく後、すっかりと満足された
レジで代金を受け取り、お釣りをお渡しする。そしてごま
「ありがとうございました。いつものあれ、入れさせていただいてますので」
「これも楽しみなんだよなぁ。薄かったら塩か醤油だな」
「はい。お好みで足してくださいね」
「店長さんとハヤさんも食ってくれよ」
「はい。ありがたくちゃっかりキープさせていただいてますよ」
佳鳴が
「いつも巧く調理してくれてありがとうな。本来なら調理代ってのか? 調味料とかもよ、払わにゃならんだろうに」
調味料代なんて
煮物屋さんでお出しするのは農家さんが丹精込めて育てられたものを購入する。これは家で食べる用に栽培しているのだ。
家庭菜園なんて大げさなものでは無く、佳鳴たちも規模を広げる時間がそうあるわけでは無いので、あまり手を掛けなくても美味しく育ってくれる大葉と他に数種のハーブを植えている。
「いいえぇ。新鮮なお魚がいただける上に冷酒までごちそうになっているんですから、充分過ぎますよ」
「刺身にすりゃあもっと楽だろうによぅ。手間掛けてくれてよぅ」
なめろうにするのは食中毒防止のためである。生魚の食中毒原因のひとつアニサキスは切断すれば死滅する。そのために身を細かく切っているのだ。
全ての魚に入っているものでは無い。さばく時にも注意はする。それでも念には念を入れる。
アニサキスは冷凍か加熱で無効化できるのだが、せっかくの新鮮な生魚なのだから、そんなことをしてしまうのは勿体無い。生のまま安全に食べていただくための大事な手間なのだ。
そして貝塚さんが魚を持ってきてくださった時に、日本酒をご
最初はお代なんていただけないと、貝塚さんが食べられた分だけをご提示したら「店長さんらの酒代もきっちり払わせてくれよ」と言われてしまったのだ。
その時レジに立っていたのは千隼で、もちろん恐縮して「とんでも無いですよ」と言ったのだが、貝塚さんは頑として譲らなかった。なのでありがたくいただくことにしたのだ。
貝塚さんは「じゃあな、ありがとうよ。また来るぜ」とクーラーボックスを大事そうに肩に掛けてお帰りになられた。
そして煮物屋さんの営業が終わり、店の片付けをして上に上がった佳鳴と千隼は風呂に入る。もうあとは寝るだけ、なのだが。
「姉ちゃん、準備できたぜ」
「はーい」
いつもは風呂の前に軽い夜食を摂るのだが、今日は今まで我慢した。その理由は。
ダイニングテーブルに置かれている皿に乗せられているのはさんが焼きだ。なめろうにした貝塚さんのごま鯖を、釣られたご本人である貝塚さんにお持ちいただくためにいつも作るものだ。
なめろうをその時おられるお客さまにお出しし、残ったなめろうをさんが焼きにする。粗熱が取れたそれを、ひとり暮らしの貝塚さんでも保存しやすい様にひとつずつラップに包んでお渡しするのだ。そうすれば冷凍もしやすくなる。
食べる時にはラップをせずにレンジで温めればお手軽だ。冷凍していたらまずは解凍を。小包装にしているので食べる分だけそうしていただける。
これもまた最初にさんが焼きをお作りした時に「店長さんらにも食って欲しいぜ」とお渡ししたものからいくつかを戻されたので、こちらもありがたくいただいた。
貝塚さんが
「今日もお疲れ。かんぱーい」
「乾杯」
グラスに注いだ缶ビールをぐいと
佳鳴は少し塩を付けて、千隼はちょこっと醤油を垂らしていただく。
「ん〜いいお味。なめろうにしても新鮮さを感じられるよねぇ〜」
佳鳴がうっとりと目を閉じると、千隼も満足げに「うんうん」と頷く。
「火を通したらほろっとするのも良いよな。なめろうと違う歯応えになって」
「美味しいよねぇ。ビールにめっちゃ合う」
「そのために風呂上がりまで我慢してるんだもんな」
「その甲斐あるよ〜。ビールとさんが焼き最高。もう本当に貝塚さんには感謝だよ」
「ああ。市場じゃあここまで新鮮な魚なかなか手に入らないもんな」
「こういう時に海の近くに住んでる人が羨ましくなるよね〜」
「解る」
佳鳴と千隼はさんが焼きをじっくりと味わう。そして時折ビールで脂を流すのだ。
なめろうはそもそも確か、漁師が獲れ過ぎた青魚を使い船上で作ったことが始まりだ。それを貝殻などに乗せて山仕事の時に焼いて食べたことから
なのでさんが焼きも火を通すとは言え、やはり新鮮な魚で作るものが美味しいと思っている。
さんが焼きを作るだけなら市場の魚でも充分だと思うのだが、なめろうがあると無いのとではやはり満足度が違うのだ。
本当にいつも貝塚さんには感謝なのだった。これはたまの贅沢なのである。
「あ〜たまんない。口の中が幸せ。歯を磨くのが勿体無いって思っちゃう〜」
「気持ちは解るけど歯はちゃんと磨いてくれよ」
「分かってるよぉ〜」
佳鳴が小さく膨れると、千隼はおかしそうに「はは」と笑った。
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