第2話 新鮮なぷりっぷり
「はーい皆さま、お待たせしましたぁ。
できあがったなめろうを小鉢に盛り、今おられるお客さまにお出しする。するとあちらこちらから「わぁ!」と歓声が上がった。
「やったぁ! 美味しそう!」
「こりゃあ嬉しいなぁ!」
「貝塚さんありがとうございまーす!」
貝塚さんは「おう」と嬉しそうに返事をする。
それまで
「うっわ、めっちゃ新鮮!」
「臭みとか全く無いのねぇ。凄っごく美味しい!」
「ぷりっぷりで凄い張りがある。うわー美味しい〜」
そんな声が方々から上がる。それを聞きながら
「では私たちも失礼いたしますね。いただきます」
「いただきます」
手にしたなめろうの小鉢に箸を伸ばした。口に運んでじっくりと味わう。
「うわぁ、本当に新鮮ですねぇ。凄っごく美味しいです!」
「本当に美味しいですね! この甘みは新鮮だからこそだからかな」
調味料は普段この煮物屋さんで味付けに使っているものだ。それも美味しいものをと選んではいるが、このごま鯖のしっとりと滑らかな脂と、臭みの無い爽やかとも言える味わいと身の弾力は新鮮ならではこそ。
ごま鯖の旬は夏だが、真鯖と違い通年脂が落ちにくい魚なのだそうで、言い換えればいつでも美味しく食べられるということだ。
青魚は足の速い魚だ。だから釣れて間もないとこの味は味わえない。皮の黒い部分や
味付けはごま鯖の味をしっかりと感じられる様に軽めにしてある。臭み消しを兼ねた生姜も正直いらないと思うほどだが、風味付けのために少しだけ加えた。
佳鳴と千隼はその味わいにうっとりと目を細める。
「相変わらず貝塚さんが持って来てくださるお魚は美味しいですねぇ。冷酒が欲しくなって困ります〜」
佳鳴が笑顔でついそんなことを漏らすと、千隼も「本当にそれな」と笑って頷く。すると貝塚さんが「じゃあよ」と言う。
「1杯ぐらいどうよ。俺のおごりだ」
ああ、それは大変ありがたく魅力的なお申し出なのだが。
「まだお仕事中ですから」
佳鳴も千隼も残念だと苦笑する。
「あら、せっかくだし1杯ぐらい大丈夫じゃ無い?」
これは常連の女性門又さん。
「そうよねぇ。店長さんもハヤさんも冷酒1杯で酔うほど弱く無いでしょ〜?」
こちらも常連の女性榊さん。
佳鳴と千隼は少し困った様な顔を見合わせ、しかし次にはふにゃりと笑う。
「ではお言葉に甘えて、1杯だけいただきます」
「ありがとうございます。いただきます」
佳鳴と千隼の言葉に、貝塚さんは嬉しそうに「ははは、飲め飲め!」と豪快に笑った。
グラスに注いだ冷酒をちびりと口に含み、なめろうをぱくり。また冷酒を傾ける。佳鳴も千隼も「はぁ〜」と心地よい溜め息を吐いた。
「あ〜幸せ。このまま店閉めて飲みたくなるなぁ」
千隼の言葉に佳鳴も思わず「本当だねぇ」と笑う。すると貝塚さんが苦笑する。
「おいおい、それは困るぜ。俺ぁまだ飲みたいんだからよ」
「ふふ、冗談ですよ。お代わりいつでもおっしゃってくださいね」
「おう。じゃあビール頼むわ」
貝塚さんは言って空になったビール瓶を振った。
「はい。お待ちくださいね」
その時煮物屋さんのドアが開き、顔を覗かせた常連の若い男性
「釣って来たんすか?
「はは、落ち着けよ。もう食ってるぜ」
「えー!? もう終わりっすか?」
時田さんが悲痛な声を上げると、千隼がおかしそうに「安心してください。まだお出しできますよ」と言った。
「やったぁ!」
時田さんは飛び上がるほど嬉しそうにガッツポーズを作り、いそいそとちゃんかり貝塚さんの横に掛けた。
「店長さんハヤさん、貝塚さんの魚と芋焼酎のお湯割りお願いします!」
「おいおい、ここの料理もちゃんと食えよ」
「それはもちろんですよ。美味しいものは逃しません。でもまずは貝塚さんの魚です」
時田さんは当然だと言う様に鼻息を荒くした。
「はーい、今日も新鮮で美味しいですよ。ごま鯖のなめろうです」
時田さんに芋焼酎のお湯割りとなめろうをお出しすると「やった! あざっす! いただきます!」とまた嬉しそうな声を上げた。
さっそくお湯割りに口を付け、いそいそとなめろうを口に放り込む時田さん。
「あー旨いっす! 俺魚苦手なんすけど、貝塚さんの魚は食えるんすよねぇ。なんでなんだろ。旨い!」
そう言って破顔する。
「そりゃあ嬉しいなぁ」
貝塚さんもにこにこと笑う。
「けどお前さん実家暮らしだろ? 家で出してくれる魚はちゃんと食ってるのか?」
「そりゃあ母ちゃんが作ってくれるんすから食うっすけど。あ、この店で食う魚も食えるっす。生臭く無いんすよねぇ」
「なんだ? 家で食わしてもらう魚は生臭ぇのか?」
「そうなんすよねぇ。こう匂いが鼻に来て飲み込みにくいっつうか。でも同じ魚っすよねぇ。
時田さんがそう言って唸ってしまう。佳鳴と千隼にはその原因におおよその予想が付いた。
「時田さん、もしかしたら臭み抜きが巧くできていないのかも知れませんね」
千隼が言うと、時田さんは「臭み抜きってなんすか?」と首を傾げた。
「お刺身でしたら買って来たそのままでいただきますけど、鯖などの加熱用の青魚は臭みが出やすいんですよ。なので塩を振って少し置いて臭みを抜くんです。10分もすれば水分になって出て来ますよ」
「へぇ? それをどうしたら良いんですか?」
「冷たい水で洗い流してペーパーとかで水分を拭いてもらえれば。それだけで変わって来ると思いますよ」
「なるほど! じゃあ母ちゃんに聞いてみるっす。つか、うちの母ちゃん臭み抜きとかやってるんかな」
「ご存知ならされてると思うんですけどもね」
「いやー、うちの母ちゃん
なら臭み抜きもしっかりしていない可能性もあるのかも知れない。
ちなみに煮物屋さんでは塩で臭み抜きをし、青魚の場合はそのあとに霜降りもしている。できる限り臭みを抜く様にしているのだ。
「あら、でも時田さん、うちではお魚の日でも美味しいって食べてくださっていますよねぇ」
佳鳴が言うと時田さんは「そうなんすよ!」と言う。
「表のメニュー見て、魚かぁ、でも寄って行きたい、よし行くかって入ってみて、出してもらって食べてみたら旨くてびっくりしたんすよ。臭み抜きってやつだったんすね」
「やっぱりそこはプロの仕事ってやつか?」
貝塚さんの言葉に「そんな大げさなものじゃ無いですよ」と千隼ははにかんで言う。
「でもそれで家でも魚が旨く食える様になるんなら、母ちゃんに言ってみるっす」
「なんだいなんだい、お前さんがやってやりゃあ良いんじゃねぇか?」
「え、面倒っす」
時田さんの即答に貝塚さんは一瞬ぽかんとし、すぐに「わはは」と笑う。
「お前さん、お袋さん似なんだな」
「え、ちょっと、あのがさつな母ちゃんと一緒にしないで欲しいっす」
時田さんは不満げな声をもらした。
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