5章 初めての振る舞い
第1話 初めての豚汁
今日も
肉屋を
「千隼、今日は豚汁作りたいな」
「お、いいな。じゃあメインは魚介使ったもんにするかな」
「いいねぇ。豚汁に根菜たっぷり入れて、小鉢は葉物野菜をたっぷり使ってバランス取ろうかな?」
「姉ちゃんバランスにこだわるよなぁ」
「そりゃあね。うちでお食事してくれるお客さんには、健康でいていただきたいからね」
「そりゃあまぁな」
そうして姉弟は買い物を進めて行った。
まずは豚汁を仕込む。素材が多いのでふたり掛かりだ。
ごぼうはたわしで皮を軽くこそげ取って薄く斜め切りにし、大根は厚く皮を
こんにゃくは短冊切りにし、下茹でしてあくと臭みを取る。お揚げは湯を掛けて余分な油を抜いて水分を拭き取って、こちらも短冊切りに。
豚の細切れ肉は野菜に馴染むサイズにざくざくと切って。
調理をしていく。温めた鍋にごま油を引いて豚肉を炒める。全体が白く変わったら野菜とこんにゃくを入れ、ざっくり混ぜながら全体に油を回す。
そこに昆布とかつおで取った出汁を入れて、まずは中火で沸騰させ、お揚げを加えて弱火に落としたら、あくを取りながらことことと煮て行く。
その間にメインと小鉢を作っていこう。
豚汁は、あとは酒と砂糖、みりんで調味し、味噌を半量入れてさらにことことと煮て、仕上げに残り半量の味噌を溶き、すりおろした生姜と酢を隠し味に少量入れて完成である。青ねぎの小口切りと白ごまはお椀によそってから振るのだ。
「お酒飲みたいけど豚汁も飲みたい! 反則! ご飯無しでお酒で、締めで豚汁って行ける?」
開店後、そんな注文が相次いだ。さすが豚汁は大人気である。
「もちろん大丈夫ですよ。豚汁お飲みになりたい時は仰ってくださいね〜」
予想通りである。なのでいつもの味噌汁より多く作っておいたのだ。白米の量は変わらない。
メインはいかと里芋の煮っころがし、小鉢はししとうの佃煮と、きのこの酒蒸しである。きのこは椎茸としめじ、舞茸を使った。
煮っころがしは、里芋はねっとり柔らかくするためにじっくりと煮るが、いかは火を通し過ぎると硬くなってしまうので、火が通ったら引き上げておいて、お客さまにお出しする時にひとり分を煮汁で温めて、里芋と一緒に盛り付ける。
今夜もほぼ常連さんで埋め尽くされた煮物屋さんのカウンタ。あちらこちらで会話が繰り広げられている。それは今人気のタレントの話だったり、煮物屋さん以外の美味しい居酒屋の話だったり、ちょっとした
そんな賑わいを見せる時、店のドアが静かに開かれる。
「こんばんは。いけますか?」
そう言いながら姿を現したのは常連の
「大丈夫ですよ。いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ」
佳鳴と千隼が笑顔で出迎える。空いていた席に掛けた星野さんは、千隼からおしぼりを受け取った。
「ありがとう。今日は豚汁が飲めるんだね」
「そうなんです。飲まれますか?」
「そうだなぁ、うーん」
星野さんは迷う。星野さんも普段は酒を頼まれるお客さまなのである。
「お酒を頼まれて、締めに豚汁を飲まれるお客さま多いですよ」
「え、そんなことしてもらえるの?」
「はい」
「じゃあ僕もそうさせてもらおう。お酒はそうだなぁ、うん、ビールで」
「かしこまりました」
先に瓶ビールを用意して、星野さんに提供する。続けて料理を整える。
星野さんは瓶ビールを手酌で飲み、さっそく里芋に箸を入れた。
「いいねぇ、里芋。ほくほくと言うより、ねっとりって言うんだね。僕好きだなぁ。いかも柔らかくてぷりぷりで美味しい。あ、ってことは豚汁には里芋入っていないのかな?」
「はい。他の根菜はたっぷりと入ってるんですが」
「そっかぁ」
星野さんは少し残念そうだ。佳鳴は「すいません」と申し無さげに詫びた。
「いやいや、こちらこそわがまま言ってしまって申し訳無い。僕が初めてひとりで作った豚汁が里芋入りだったからか、里芋入りが好きなんだよ」
「星野さん、お料理されるんですかぁ」
千隼が言うと、星野さんは「いやぁ」と
「簡単なものならなんとかね。豚汁って材料とかお出汁とかをいちから用意したら本当に大変だと思うんだけど、今って本当に便利なものがいろいろ出てるからね。僕なんかでも手軽に作ることが出来て助かってるよ」
「お味噌もお出汁が入っているものがありますもんね。野菜もカットして下茹でされてるものが冷凍や水煮で売られているんですよね。僕たちはほうれん草とかささがきごぼうぐらいしか知らなかったんですけど、見てみてびっくりしました。今はきのことかまであるんですね」
「そうなんだよね。本当に下ごしらえがいらないってのは、料理のハードルが下がるから本当に助かるよ。あ、このきのこ、お酒?」
「はい。酒蒸しにしてあるんです」
「これはもちろん生のきのこだよね?」
佳鳴のせりふに、星野さんはほんの少し冗談めかして言う。佳鳴は「ふふ」と小さく笑う。
「はい。生のものですけど、冷凍のものでも出来ると思いますよ。レンジならもっと手軽に出来るでしょうし」
「これ味付けはお酒と、お醤油かな?」
「はい。シンプルにそれだけです」
「今度家でやってみよう。冷凍のしめじはいつも冷凍庫に入ってるんだよ。こっちのししとうは、僕には少し難しいかな?」
「そう難しいものでは無いですよ。種ごとぶつ切りにして、お酒とお砂糖とお醤油で炒り煮にしてます。それこそ冷凍のささがきごぼうを使ってごまを加えれば、きんぴらごぼうが出来ますね」
「あ、なるほどね。基本の和の味付けなんだね。僕が作るのは本当に簡単なものばかりだから。それこそ塩こしょうだけで野菜炒めとか。もうひと味パンチが欲しいって思うんだけど」
「ならお酒を少し使ってみてください。甘みとこくが出ますよ」
「へぇ、それだけで良いんだ。料理酒はいつもあるから使ってみよう」
「それなんですが星野さん、お酒は料理酒では無く、安いパックのもので良いんで、日本酒を使うのが美味しくできますよ」
千隼が言うと、星野さんは「そうなの?」と目を丸くする。
「はい。料亭の板前さんが仰っていたのかな。僕はそう聞きましたよ。なのでうちではそうしてます」
「じゃあ僕もそうしよう。あれ、でも確か料理酒買ったばっかりだったっけ。あぁ〜なんか損した気分だよ」
星野さんは言ってがっかりと目を閉じた。
さて、話をしながらすっかりと料理を平らげた星野さんは「じゃあそろそろ豚汁をもらおうかな」と言う。
「はい。お待ちくださいね」
星野さんは瓶に残ったビールを全てグラスに注ぐと、まるで仕上げだと言う様にぐいとあおった。
「はい、豚汁です。お待たせしました」
ほかほかと湯気が上がる、具沢山の豚汁。それを「ありがとう」と受け取った星野さんは、まずお汁をずずっとすすり、「はぁ〜」と息を吐いて目を細めた。
「美味しいなぁ、こんなに美味しかったら、里芋が入っていないことなんで気にならないよね。これ、いろんなお野菜とかお揚げとか、それこそ豚肉からも味が出てるんだよね」
「はい。だからこその美味しさだと思いますよ」
「白ごまが入ってるのも良いな。今度買って来よう。はは、僕が初めて作った豚汁も、その時は本当に美味しいと思ってたんだけど、ここのを飲んだら霞んじゃうよね」
「初めての豚汁作りですかぁ。私、いくつの時だったかなぁ」
佳鳴が考える様に小首を傾げると、星野さんが「僕はね」とゆったりと口を開く。
「はっきり覚えてる。中学2年の時だったよ。そうだなぁ、なんか懐かしくなってきちゃった。もう少し話をさせてもらっても?」
「ええ、もちろん」
佳鳴と千隼が頷くと、星野さんは「ありがとう」と口角を上げた。
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