第46話 突発性ラブストーリー

 1563年 姫路

 黒田隆鳳


 「そういえば、左京さんは結婚なさらないのですか?」


 何気なく。その何気なく小夜の口から毀れ出た言葉で茶室の空気が凍りついた事が俺にはわかった。ゴメン、ちょっと巧く反応できなかった、黒田隆鳳さまだよー。


 事の起こりは左京が職人らを管理して行っている、鉄砲の改良についての報告ついでに茶を呑もうという話になった事だ。


 未来を知っている俺はライフリングやフリントロック式、パーカッションロック式の銃の存在を知っている。ただ、詳しい技術は知らないからウチの鉄砲を管理している左京に託した当家の重要機密だ。ウチの突き抜ける馬鹿さ加減を思えば割と簡単に出来るんじゃないかと思ったが、やはり難しい。まずは「何故」このような現象が起きて、「どうやって」それを再現をするのか、そこからなのだ。


 かの、トーマス・アルバ・エジソンは幼い頃に「1+1」が何故「2」になるか疑問に思ったという、有名な逸話がある。技術の革新に必要なのはこの「何故」と因果を突き詰める事だと俺は思うのだ。


 何故、どうやって――その因果に今の時代から興味を持たせ、突きとめさせれば、あとは良くも悪くも暴走が始まる。そうすれば、今は無理でも変態技術国日本が訪れる日はそう遠くない……はずだ。


 幸いな事に俺には最低限の物理、科学の知識はある。一人でも十分に可能な生物の分野に至っては、既に遺伝の法則を立証して、作物の品種改良へと活かしていたりする。


 だが、科学、物理に至っては、ただ事象の結果を伝えただけでは技術革新に応用できる程の知識など引き出す事は出来ない。


 当然、基礎化学とその立証から始めようとすると、とにかく報告にも時間がかかる。銃から話が大分本筋にそれている気がするが……そんなこんなで、朝から左京らと報告ついでに議論を重ねていると、もう既に太陽は既に中天を過ぎていた。こうなってくると、腹は減っていても、夕御飯の事が頭をよぎるので、茶でも楽しみながら甘い物を(高級品なので)ほんの少しだけ摘むだけで済まそうとなってくる。


 そして茶室に向かう途中で偶然小夜と合流して――そして事件は起こった。


 小夜の天然の爆弾が茶席で爆発し、泰然自若という言葉を人にした様な宗易までもが手を止めてしまう。うん、中々の破壊力。茶室じゃ無ければ大笑いしてこの空気を流してしまいたい物だが、流石に予想外過ぎて一歩出遅れた感がある。


 「い、いやぁ……その、小夜さま?」

 「いえ、ふと疑問に思っただけでして……」


 こてん、と首を傾げる小夜は可愛い――じゃなくて、もうやめてあげて!?年頃の独身男に恋バナは結構キツいの!


 「もしかして官兵衛様と――」

 「それは絶対に無いですっ!」

 「――官兵衛様と同じで、お仕事が忙しいから、ではないのですか?では、どうして?」

 「……………いえ、同じです」


 ……今絶対違う事を思っただろう?左京……焦り過ぎだ。涙目になるな。宗易、笑ってやるな。


 そういえば、ウチってそういう意味じゃ健全だよな……この時代はそこら辺が乱れまくりの気がするんだが、ガチホモっていねぇな。口調がオネェな五右衛門すら、女性が好きだと公言しているし。ただ五右衛門の妹はガチレズ――というか、バイセクシャルか、アレは。


 ……ま、別にいいよ?俺と小夜が標的にならなければ。


 「んっ、んんっ!そういえば、左京は俺より1つか2つ上だったか。跡取りなのに親父は何も言ってこないのか?」

 「左少将様まで……ですがまあ、正直な話を申し上げるとそろそろかな、とは思っていました。実家は跡取りよりも、家中での業績を確固たるものにしてからで構わん、という感じです。男は……まあ、戦なんかで死にやすくはありますが、子供を作れる期間は女性より長いので」


 もしかして、ウチの家中で独身が多い理由ってみんなそんなんじゃないだろうか?

 子供作っても、残してやれるものがねぇとなぁ。子孫のために美田を残さずとは言うけれど、何も残してやれねぇで「これからはお前たちの時代だ」と偉そうに言うのもふざけた話だと思う。


 だが、独身男が雁首揃えて、というのも気色が悪い。甲子園じゃあるまいし、男子高校生のノリで天下を獲っていいのだろうか。

 目指せ、全国制覇!だもんな、ウチは。


 「そろそろかな、という事はアテはあるんですか?」

 「一応許嫁が……」

 「なんだ、相手いて結婚していなかったのかよ?相手いくつだよ?」


 俺も虎ちゃんとの縁談の打診と言う、とんでもない事案に遭った事があるからな。許嫁ならば、相手の子がまだ幼少だからと言う理由で延期しているという事も十二分に――、


 「今年で16です。小夜さまと一緒かと」


 俺の弁護と理解を返して!


 俺と小夜だって未来基準で言ったら幼い年齢での結婚だけど、もう夫婦生活を始めてから1年過ぎてんだぜ?一緒にいた時間を考えると、1年には満たないけどさ。


 まーでも、口ぶりから察すると左京本人も理解はしていただろうし、潮時かなって認識なんだろうな。この時代からすれば早婚とも言えない年齢だ。勿論晩婚とも言えないから丁度適齢期と言えるだろう。


 「……人生の先達として、どう思うよ?宗易」

 「さて……こればかりは人によりけりですからな」


 だよなぁ、と思いながらも差し出された茶碗を眺める。ほう……宗易が青磁を使うとは珍しい。夫婦仲良く飯盛ってるウチの茶碗とよく似ているけど。


 ……この茶碗、出所は宗久か。


 「人によりけりか。確かにな」

 「ええ。ただ、既に結婚している身から言わせてもらえるのであらば、たとえ忙しくとも身を固めて後悔する事はそれほどない、という事でしょうか。忙しくとも、殿のように奥方との時間を作ろうと思えば作れる。すれ違いもあったりはしますが、帰る場所、守るべき物があるという事は――気持ちとしては悪くないですな」

 「うむ」


 全力で趣味に奔っている人間が言っていると思うとアレだが、その趣味を職にして、道を究めようとしている人間が言っていると思えばいいコメントだな。甘言ではなく重さがある。

 俺たちは帰る場所があるから、なんだってするし、どこにだって行くのだ。


 「そういえば、丹波で指揮を執る明智殿も、妻子を呼び寄せるために懸命に働いたとか……」

 「熙子さまですね。次が3人目だとか」


 そういえば、今家族は鳥取じゃなくて、姫路にいるんだっけか。小夜は奥方ネットワークからの情報らしいが……アンニャロ。妻子呼び寄せて次の子を作るまでが早くねぇか?


 ウチ?ウチはまったりだよ。子作りより2人で会話していたり、一緒に何かしらしている時間の方が良くてね……。


 「うーん……そういうものなのですか……」

 「あとは相性っていうのもあるけどな。まあ、なんだ。別にだからと言って今すぐしろ、とは言わねぇが、戦の直前に言われるよりはマシだな。『俺、この戦が終わったら祝言あげるんだ……』とかぬかす奴は大抵死ぬ運命さだめだから」

 「祝言のついでに西播州を平定した御方にそれを言われてもなんとも……」


 そう言われればそうじゃん!?あの時は必死で何とも思わなかったけど、俺、フラグばっきばきに折っとるがな!?


 それと、その肝心の奥方様の前でそういう事言うのは勘弁して頂きたい。視線が……いつもより冷たい気がするんだ。


 「しかし……むむ。そうですね……いい機会なのかもしれません。あまり待たせすぎてしまっても申し訳ないですし。殿、小夜さま」

 「お、なんだ?急に立ち上がって」


 なんとなく想像はつくんだが、まあ、なんだ。茶室だから急に立つなよ。


 「お誘いいただいて、申し訳ございませんが、少し所用を思い出しました。どうぞ夫婦水入らずで……」

 「ええ。どうぞお気になさらず」


 小夜の返事に深く頭を下げて、左京が茶室から出ていった後、なんとも言えない微妙な空気だけが残ったが、仕方なしに茶を一服。部下の人生の決断の後だからか、なんとも複雑な心境だ。


 俺は基本プライベートには介入しない型の上司だが、こんな場面に遭遇する事になるとは……。


 「そういえば、夫婦水入らずってアイツ言ったが、宗易のこと忘れてねぇか……」

 「人生の決断をする時などは皆そんなものですよ。少なからず何かを忘れてしまうものです」

 「そんなものかね……」

 「そんなものですよ」


 人生の決断、か。無理矢理前だけしか見ていないから何とも言えないが、人生は決断の連続だ。

 せめて悔いだけは残さないようにしたいものだ。


 「ところで、小夜さんや?」

 「はい?なんでしょう?」

 「今回の件、誰の差し金?」

 「……先方のお母様から、です。実はちょうどそんな話をしてきた所でして」


 ですよねー。 


 しかし、小夜が縁談話に介入するとは誰も思いやしなかっただろうな。


 「乙女の味方って所か……ちょっと出しゃばりすぎだとは思ったけど、ま、結果として、いい縁結びだったんじゃねぇの?」

 「……ごめんなさい。ありがとうございます」


 待つだけじゃ物足りない――戦国時代の女は強いってか。実際、戦国時代の女性は並の男よりも逞しい。左京も見事に焚き付けられたものだ。


 で、独り片付いた所で、次は武兵衛辺りかな……ま、アイツは放っておいても絡めとられそうだけど。


 「で、左京の相手ってどこの子?」

 「小寺さまの娘さんです」

 「藤兵衛んちかよ!?」


 あそこんち奥さんは官兵衛やおやっさんすら頭が上がらない女傑だからな……って事は、多分藤兵衛もそんな話が進んでいるとは知らないと見た。


 そして、多分左京が向かった先は家長である藤兵衛の所。


 ……オーケー。面白い光景しか思い浮かばねぇわ。


 「そろそろ春ですかな……殿」

 「そうだなぁ、宗易」


 あとでおやっさんに今日の様子を訊いてみよっと。


 ◆

 その後


 勢い余った左京は政務中の藤兵衛に


「お義父さん!娘さんを私に下さい!」


と叫んで、その場は大変な騒ぎになったトカ、なってないトカ。


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