第34話 暗中飛躍
1563年1月姫路
黒田官兵衛
隆鳳はそろそろ三好勢とぶつかっている頃だろうか。数では劣るが、東播の歴戦諸侯に加えて、見違えるようにもなった古強者らがあの馬鹿共に率いられている――この時点で心配する事など無駄だろう。既に父上たちとの会話は、戦後の処理と、三好との落としどころの探り合いが焦点になっている。
他に目を配らなければならない事と言えば、三好以外の動向だ。正直俺自身が馬鹿だと思ったが、意外と過剰なまでの警戒態勢は機能している。どこぞに踊らされた反乱――特に但馬での旧山名勢がポツポツと反乱を起こしたが、どれもこれも勃発してから数日も経たずに鎮圧している。
特に奥但馬においては、塩治周防守、奈佐日本之介の働きが目覚ましい。雪の深い奥但馬を跳梁するその様は、隆鳳が因幡、奥但馬を統括している時に重用された理由がよく分かる働きぶりだ。
奴らは反逆者をすぐ察知し、音も無く忍び寄って強襲するのでもはや怪談の様な扱いになってる。俺もちょっと報告書を盛り過ぎじゃないかと思ったがそうでもないようだ。
逆に一番の懸念だった因幡は驚くほどおとなしい。鳥取城を守る俊英、明智十兵衛、現地組から隆鳳に抜擢された
明智が統治し、叔父上が両国内の流れを見て吉岡将監が目覚ましい動きを見せる――敵の立場に立って因幡を見てみると、付け入る隙が見当たらないのだ。いずれ、因幡の内の誰かはこちらに呼び寄せても問題は無さそうだ。
因幡、但馬が盤石なので、但馬出石の明石与四郎、沼田の手が空いたことが大きい。特に丹後に縁戚が多い沼田が調略を仕掛け、丹後の情勢は悪化の一途をたどっている。
西は伯州――実は叔父上が旗色の悪い尼子氏の足元を見て、隠密裏に交渉を進めている。同盟と言うほどの物ではなく、むしろ外交戦に近い。
つい先日も、隆鳳旗揚げ後からすぐに頼ってきていた南条親子を旧領の羽衣石城に復帰させ、戦をせずに伯州のほぼ全てを手中に収めていた。父上が「またか!」と叫んだのも記憶に新しいが、俺からすれば戦で奪ってきた隆鳳より性質が悪いと思う。
南条の息子と馬廻りで同僚だった明智十兵衛の発案だったらしいが……味方から見ても相当悪辣な手だ。
……ウチの総大将は頭いいくせに、根が単純なのか、搦め手はからきしだからな。城持ちになって家族を呼び寄せたという十兵衛殿には悪いが因幡から人材を呼び寄せるとしたら彼だろう……なにより政治が出来るというのが素晴らしい。
……そう、父上が言ってた。
だが、すまん。たとえ姫路に呼んでも軍部としては明智は手放せんのだ。政務の沼に着けて沈めてやろうという気持ちはわからんでもないが。
懸念の浦上は宇喜多が完全に抑え込んでいる。宇喜多だけでは抑え込めなかっただろうが、宇喜多が既に調略した明石(当家の明石とは別の家)、長船ら他の重臣が同調して抑え込んだ事が大きい。
俺の一国兵糧攻めなどの外的要因があったとはいえ……あの人は本当に人を裏切らせることに限っては天才的だ。知らず知らずの内に丸裸にされている浦上には少し同情をしたい。
「官兵衛様。石川様から報告が――波多野、調略完了との事です」
「ようやく成ったか……これで丹波は隆鳳がこだわって已まない荻野を落とすだけだ」
各地の参謀らとの書簡、報告、提案、指示書のやり取りを整理していると、善助が新たな朗報をもたらしてきた。他の地方も統括しているとはいえ、俺が担当する地域だけ出遅れたらどうしようかと思っていた所だ……思わず深いため息が口からこぼれ出る。
しかし、あの馬鹿どもの活躍で目立たないが、こうしてみると相当な智者揃いだよな……俺はむしろ味方である彼らと戦っているような気がしてならないんだが。
うかうかしていると、後ろから追い上げられそうだ。
「摂津はどうだ?」
「先の戦いで勝ち過ぎてしまった事が原因で、今はあまり芳しくないと」
「チッ、殺し過ぎたか。手ごたえがあったと言っていた池田もか?」
「池田は……黒田派と三好派で内紛が起きそうです」
「拙いな……」
現在三好が俺たちに攻め込んでいる以上、今すぐ内紛が表面化すると言う事はないだろう。問題はこの戦が決着した後だ。内紛が起きたらそれを口実に当家と三好家で再び代理戦争が始まる。それは避けたいが……煽りたい気持ちも入り混じっている。摂津における池田家の比重は大きい。
「あと、赤松様から一つ」
「赤松様……有馬か」
「はい。有馬本家はまだ静観の姿勢ですが、殿の従兄弟にあたる分家の方は、こちらの提示した赤穂編入に同意。既に淡河に向けて援軍を送り出したとの事です」
「隆鳳の従兄弟か……血かな。まんまと本家を出し抜いたな」
願わくば常識人であってほしい。アレが2人もいるとなると流石の俺でもどうなるか分からん。
「あと、山科様を頼りに、朝廷とのつなぎも取れたとの事です。直に和睦の勅命が降るかと」
「そうか。では、この戦は終わりだな。全ては隆鳳の掌の上、か」
「ただ、殿はどうしても戦がしたかったようですが……?」
「ただ講和するだけでは負けに等しい。打ち破って講和するからこそ価値がある――憶えておけ。戦が外交の一旦だと当家で言われているのは、そういう事だ」
それに、公方を穏便に京に戻すには、これぐらいの謀略が必要だ。あの馬鹿はそういう前向きな謀略ならば俺を凌ぐことがあるから厄介極まりない。
……ただ、朝廷を動かすとは、あの馬鹿の謀略は金が掛かり過ぎだ。父上と藤兵衛さまが不憫でならない。
正直、俺の参謀府が二の丸でよかったと思う。出仕する度に政務府のある三の丸の前を通らないといけなかったとしたら……。
「さて……次だが、善助」
「はい」
ったく、本当にどいつもこいつも。
◆
オマケ
官兵衛、十兵衛、沼っち、友にぃら参謀たちからひと言あるようです。
「最近影が薄いと言った奴、一歩前へ」
こいつらが目立たない?コイツらは目立たない方が怖いぞ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます