第27話 ぶらり姫路デート
1562年
姫路 黒田隆鳳
頑張って溜りに溜まっていた仕事を片していると、お前はジッとしていろ、と官兵衛からお小言を食らいました。黒田隆鳳さまだよー。
切ねぇよな……浮かばれねぇよな。おやっさんも藤兵衛も強制休養に入って人員も減った今、俺が身を呈して指揮を執らねぇといけないと思ったんだ。
それが、なんだこの、バイト初日の何したらいいかもわからず、途方にくれた所に「休憩行ってきていいよ」と言われた時のようなあの感じ。その前段階の「バイト初日だから」という気合の入り具合とセットで察して欲しい。やるせないだろ?
ただ、反面、俺が休めと言われる理由もよくわかるのだ。
……別に戦力外ってわけじゃねぇぞ?
上の人間が休まないと、下の人間も休めない。コレだから日本人って奴は……戦国時代からこんな感じなのかよ。世知辛いだろう。休みたきゃ休めと言いたいが、上司に「クビ」と言われたらマジモンの首が飛びかねない時世であり、かつ上下をきっちりとしないとひっくり返されかねない時世だ。特に今はようやくひと段落した時期。せっかく育ってきた人材たちを潰さない為にも、大人しくしているしかない。
それに、どうせすぐ次が始まる。休める時に休むのも仕事の内だ。
独り身の時ならば、刺激が少なすぎて大人しく出来なかったけど、小夜の隣ならば、借りて来た猫より大人しく居られる自信があります。
余程心配だったのか俺の様子を見に来た官兵衛君?小夜の傍らでくるんと丸くなっていた俺を見て、
「計 画 通 り」
って顔をするのはやめてくれるかな?不気味すぎて完全にお前謀反企んでるようにしか見えねぇから。
道理で積極的に婚礼話を進める訳だよ……。
「本当に良かったのでしょうか……?」
「別に構いやしないさ」
姫路の活気に満ち溢れた雑踏の中で、隣に立つ小夜がそっと呟き、俺は軽く肩を竦めた。
「少なくとも俺は自分が歩けないような街にした憶えはないな」
「隆鳳さまならどこでも平気で歩いていきそうですけど……」
「酷い言われようだ。小夜は?」
「隆鳳さまが居れば、多分……どこでも。平気では無いかもしれませんけど」
そこまで頼りにしてもらえるってのは男冥利に尽きるね。ギュッと抱きしめてもよかと?
「で、姫路の街は平気そうか?」
「そう……ですね。すごく活気があって、明るくて、隆鳳さまみたいな街ですから平気です」
「……………そういう事は二人っきりの時に言って欲しいなぁ。恥ずか死にそう……」
はい、というわけで、今、俺達は新生・姫路の城下町を楽しいショッピング中です。
……大人しくしてるんじゃ無かったか、って?いや、これには水溜りぐらいの深い訳がありまして……事の起こりは、俺の休日の定番、畑仕事と料理だ。朝から小夜と春ちゃん、虎ちゃん、小一郎らと大根やミズナなどを収穫したのだが、どう食べようかという話をした結果、今夜は鍋だ、という話になった。
メインは鶏があるから良いとして、他にも必要となってくる物と言えば、まず出汁をとる昆布。これは北陸の敦賀を経由して蝦夷から近畿に入ってくる事から、手に入れようと思えば手に入れられなくもない。実際に昆布は武士の縁起物だし、俺もおやっさんの家に住んでいた頃に何度か鍋をやっているから、知っている。
次に豆腐。もっと後の時代かと思いきや調べてみた所、下手すると奈良時代ぐらいからあるらしい。ちなみに豆腐は城にもあったので今回は買い物リストから除外だ。後、ネギもある。白菜は……意外とアレは栽培が難しい。日本の在来種ではないらしいが、種を手に入れ、昨年は出来たんだが、何か別の種と交配しやすいらしく、今年は失敗している。代わりにミズナと大根の葉で我慢するつもりだ。
つまり、だ。額面だけでも播磨、因幡、但馬70~80万石(実質額は計算中だが100万石いくかもしれない……)の大名とその奥さまは、昆布を買う為だけに城下町を探索している事になる。
農作業に勤しみ、料理に興じる時点で既にアレだけど、このバカバカしさが実に黒田クオリティ。まあ、ぶっちゃけ小夜を引っ張り出す為の出汁にしてるだけなんだけどね。
……昆布だけに。
というわけで、デートです。寒いから心なしか距離も近く、俺の袖を控え目に掴みながらついてくる小夜の姿だけで俺はもう3杯はご飯食べられる。
「ホント、夫婦とは思えない初々しさよねぇ~。そう思わない?」
「そうねぇ。人の物は欲しくなる性質だけど、何となくこの二人には割り込めないのよねぇ」
「アンタまた悪い癖出して、ウチらを路頭に迷わすつもり?私はもう嫌よ?」
「わかってるわよ、兄さん……でも、私ね、思うの。どちらかを奪い取るんじゃ無くて、二人揃って欲しいって」
……これで護衛という名の邪魔者がいなければなんだが。
背後から聞こえる女言葉の男の声と、物騒な事をのたまう女の甘ったるい声に、憎々しげに振り返れば奴らがにこっと笑う。
この現代ならばアイドルでもやっていそうな優男と男装した背徳感漂う女。奴らが黒田家
お前ら兄妹、性別取り替えろよと何回ツッコんだものか。
「相変わらず……えっと、そう。愉快な方たちですよね」
今、少し言葉を選びましたよね?小夜さん。
「アイツらには気をつけろよ、小夜。いつでも刺せるように守刀は絶対手放すな」
「「ヒドイっ!?」」
特に妹の方。アイツ、前の君主の奥さんと妾を寝獲って一家そろって逃げ出す羽目になったという、筋金入りの
姫路の留守中に何が一番心配だったかと言うと、実はコイツだ。小夜に手を出さないんじゃないかと心配で心配で……。
幸い、兄の方は単なるオネェでどちらかというとストッパー役だし、これ幸いと堺の工作活動に放り込んで小夜から引き離しておいたから何とかなったが、払った代償も大きい。
「ちょっとちょっと、殿」
「往来で殿っつーな、五右衛門」
「あら、失礼」
だがしかし、兄の方もまともで済む訳が無い。いや、オネェの時点でかなりアレだけど。だけど、多分、この衝撃はこの時代では俺しかわからないという辺りが辛い。
奴らの姓は石川。元は流れ者で姓は無かったが、出身地を訊くと「石川」だという。その事からか、馬廻り昇格の際に石川の姓を名乗っている。
そして、妹の名は卯月。兄の方の名は五右衛門。
……おわかりいただけただろうか。
オネェの石川五右衛門。
……うむ、言わんとしている所はわかっている。おい……コイツ叩き切るから、今すぐ斬鉄剣持ってこい。俺の中にあるイメージごと斬るから。その後、窯で煮込んでやる。
まあ、与太話はともかく、コイツらは結構古株だ。おやっさんらの龍野城攻略の際に、城に忍び込んだという斥候を憶えているだろうか?コイツら兄妹がまさにそれだ。
俺も又聞きで申し訳ないんだが、兄の五右衛門が混乱に乗じて龍野城に紛れこみ、城の人間に扮して内情をつぶさに調査した物を、妹が逐一本隊へと繋ぎを付けていた事により、左京とおやっさんの攻略を可能にしたと言っても過言ではない。その功を労った際に、忍び込むなんてすごいなと言ったら「実は……元伊賀者なんです」とカミングアウトされ、その前職を活かして編成したのが、
ちなみにだが、コイツらの下に
「で、なんだよ?」
俺が振り返ると、五右衛門は含みを持たせた笑みを浮かべ、視線で来いと呼びつけた。主君を呼びつける光景っておかしいと思うんだけどな……。
「折角の機会だから、小夜さまに何か日頃のお礼でも贈りなさいよ」
「……言われんでもわかっとるわ」
「あら、意外。もう何か目当ての物でも?」
何だと思って耳を傾けてみれば、コソッと五右衛門が失礼な言葉を耳打ちする。もしかして、お前がついてきた理由ってそれなんじゃねぇだろうな?
……まあ、助かるっちゃ、助かるんだが。
「まだだ。丁度いい。お前ら知恵を貸せ」
「減点物よ……その発想」
「俺が下手に知恵絞った所でタカが知れてるだろうが」
「……殿のそういう無駄に潔い所はキライじゃないわ。配下としては、主君を頼るより、主君に頼られた方が気分的にもいいものねぇ」
「まあねぇ。で、ちなみに候補はあったりする?」
「櫛、手鏡、簪、反物―――んな所だろ」
贈り物など、気の利いた真似などあまりしないからか、俺にはコレぐらいが限界だ。真っ先に指輪やアクセサリーが思い浮かんだが、この時代にそんなモノねぇしなぁ。
あと、御香も候補に、と思ったが、義父の方があまり好きではないと前に聞いたから、もしかしたら小夜も―――という可能性から除外にしている。また、
と、俺の言葉を聞いて、何故か妹の方が微妙な表情で首を傾げた。
「まあ、順当な候補かなぁとは思うけど、櫛と鏡は贈り物にはふさわしくないから、除外しておいた方がいいかも」
「そうなのか?石川妹」
「そうよ。櫛は『苦』と『死」を連想するから駄目。それと、鏡―――というか割れ物は、『仲が壊れる』事を連想するから駄目なのよ」
「そーなのかー……」
深読みのしすぎだろと言いたいが、そこは些細な事が惨事に直結しやすい戦国時代。縁起の担ぎ具合がハンパじゃねぇな。
となると、簪か反物か。小夜は髪が短いから簪を贈っても使うかなぁ……かといって、反物じゃ柄次第じゃ一定の季節しか使わないだろうし。
「あら?その候補だったら、私は櫛をオススメするわ」
「櫛?駄目でしょ?」
「何か意味があるのか?五右衛門」
「夫から贈る分にはいいの。『苦しさを共に乗り越えて死ぬその時まで添い遂げる』って誓いのような意味になるから」
「採用」
「それと――って、え?それでいいの?殿」
「一途でいいじゃねぇか、五右衛門」
元々候補には入っていたんだしな。
もちろん、綺麗に着飾ってほしいとは思うが、俺の奥さんが俺の前で目いっぱい背伸びをするような家庭にはしたくない。女性視点では違うとは思うが、男としては『素のままで美人』が最強であり、そうでいてほしいのが素直な気持ちだろう。
そういった意味合い的にも、髪を梳かす櫛は彼女に贈るにはピッタリだと思うのだ。それに、今、五右衛門から聞いた言葉と共に贈れば完璧やんけ。
……さて、その時にキチンと言えるように脳内でシュミレーションしておかな。
正直、陣触れ出す時より緊張すると思うんだ。
「どうかしましたか?隆鳳さま」
「んにゃ、なんでもない。さて、行くか。はぐれないように手でもつなぐか?」
「……いえ。繋いでしまったら……その、手だけでは我慢できそうにないので、遠慮しておきます」
「「アンタらもう結婚しちゃいなさいよ!」」
言いたい事はわかるがな……もうしてるっつーの。
因幡から帰って来てこっち、ウチの嫁さんどうも甘えんぼでねぇ……気が付くと、猫みたいにこっそりとピタッとひっついてくるんですわ。
流石に、他人には聴かせらんねぇな……コレ。
◆
うん、ノロケてみてもちょっと職業病入ってるな、と自分でも思う。街の雰囲気や景観より街割りや機能について考えてしまうのだ。
都市を造る上で、もっとも頭を使わなければならない事は街割りだ。防衛と商業のバランスを考えると、どうしてもどちらかに比重を置かざるを得ない。商業発展の為に交通の便を良くしてしまえば、防衛時にその道が仇となり、防護を強化すれば、商業発展はいずれ頭打ちとなる。
姫路の街を筆頭に、今俺が手掛けている都市計画は後者が多い。播州では姫路、但馬では竹田と出石、そして因幡の鳥取――それらは、街全体を防衛拠点とする北条の小田原をモデルにしてきたつもりだ。
だが、実際に姫路の街を自分で歩いてみて思う。
案外、防衛と商業の両立も難しくないのかもしれないなぁ、と。
それは偏に、黒田家がそもそも目薬の行商から身を起こしたこともあり、商人らの持つ情報を重視してきたという下地があっての事だろうと思う。そして山陽道に面している事から物流も悪くない。畿内も近く、人口の流入も増えているから、当初予想していた以上に規模が大きい。
特に村上水軍の加入と、人口の増加を巧く捌いた事もあってか、城から南――港までの発展具合が著しい。北は防衛と農業が主となる区画だが、置塩、但馬を獲った事で海側同様に商工の需要が高まることが見込まれる。防衛を重視してきたはずが、少し追いつかないぐらいだ。
「凄いですね……あちらこちらで工事が行われています」
「んー……まあ、そこはご愛嬌だな」
「それに治安もいいですよね」
「治安維持は発展の要だ。懐は厳しいが、雇用捻出という点からも、重要視せざるをえない」
「……隆鳳さまって意外と真面目ですよね」
「『意外と』は余計じゃないかな……?」
すれ違う茜色の着物を羽織った集団から送られる敬礼に答礼しつつ、小夜の率直な感想にがっくりと肩を落とす。茜の羽織は俺が新撰組をモチーフに作った治安維持部隊の制服。そして敬礼も俺が教え、正式採用した挨拶だ。制服制度、敬礼ともに評判は悪くない。
馬廻り同様、身分問わずに募集を掛けており、またその統一された制服や颯爽とした出で立ち、そして民衆への丁寧な対応を徹底的に教育した事から、民衆からのウケもいい。
そしてこの時代では珍しい剣客の集まりだ。この時代、俺は太刀を使っているが、刀はメインウェポンじゃ無い。だが、俺はこの時代に不遇だった剣客を集め、術体系化させて彼らに剣術を修めさせた。いわば都市内戦のスペシャリストが揃っている。
……つーか。普通に街歩いて敬礼されるんだから、お忍びでもなんでもないよな、コレ。バレバレじゃん。やけにすれ違う隊員の数が多いのも、もしかして俺達の行動に合わせて増員してるからじゃないだろうな?
いかんいかん。これじゃ、デートじゃなくて視察だ。
「さて……大分歩いたし、少しお茶でもするか?」
「え?でもまだ……」
「この辺りならば鳳麺がオススメよ」
「なんだそのホーメンって」
すげー嫌な予感がするんだが、気の所為か?五右衛門。
「まー、とはいっても前に殿が作った麺みたいなもんなんだけどね。鳳の字も殿にあやかってつけたらしいし。店主も実は元は姫路城の厨房方の人で独立した人よ」
「ほう……」
俺が作った麺と言うと、パスタか。遂に姫路にイタメシが出来た事も感慨深いが、さてさてどのように魔改造されたやら。
「鶏からたっぷり取った汁に、麺が泳いでるって感じ?」
「ラーメンじゃねぇか!?」
戦国時代にパスタを広めたらチキンラーメンが出来たでござる。な、何を言ってるかわからね―と思うが、斜め上過ぎて俺もよくわからん。いや、かん水使ってねーだろうから、正確に言うとラーメンじゃないんだけど。
だが、スープスパでもやろうかな、と考えていた俺からすれば先越された感が凄い。普通に悔しいんですけど。
ただ、商売するとなると話は別だ。少し疑問が残る。
鶏の栽培……じゃねぇ、養鶏が始まったばかりなのに、ラーメンで勝負掛けるのはコスト掛かり過ぎじゃねぇ?
かといって四足は人を選ぶ。香味野菜も無いし、醤油の量産がなっていないのに、良くやったなぁ。料理人の意地が炸裂した結果か。
それにしても、出汁は鶏だとしても、かえしは何を使っているんだろう?塩ダレ?ちょっと気になる。
「隆鳳さま、らーめん、とは?」
「あー、えーっとだな、大陸にそういう食べ方があるらしい。俺も何かの書物で見て、いつか作ってみようかと思っていたんだが……先越されたな」
「隆鳳さまは本当にお料理が好きですね」
言い訳が……苦しい。お願い小夜さん。これ以上追及しないでくりゃれ。
「気になるなら行ってみる?」
「気になるが、メシって気分じゃねぇ」
「私もそれほどお腹は空いていないです……」
「つーか、『茶』つってんのに、何でラーメン薦めるんだよ!?」
「いや、気になると思ったからだけど?」
良かった。「ラーメンは飲み物」とか言い出さなくて。カレーならば飲み物と言われても認めよう。だが、ラーメンなどの麺類とシチューは食べ物だ。
「気にはなるけど……」
「確かに気にはなりますけど」
俺の影響もあってか、小夜も大分食道楽に育ちつつあります。この様子ならばもっと叩けば色んな物が出てきそうなので、今度、姫路グルメ祭り的なサムシングを開催してみよう。ますます人口が増加しちまうぜ。
「じゃあ、そうねぇ……あ、そういえば納屋の姫路店が出来ていたわね」
「そう言えばアレもこの近くだね、兄さん」
「へぇ……」
納屋、今井宗久か。主にこの姉妹、じゃねぇ。兄弟、でもねぇ。兄妹が散々堺を荒らした所為でアイツも大変だったろうに、よくもまあ姫路に店を構えたもんだ。
ん?ちと待て。アレが姫路に店を構える許可を出したのは、但馬入りの直前だから三か月前。
……早過ぎじゃねぇか?いや、でも、まあ、商売人はそんなもんか。
◆
「よぉ、宗久。昆布くれ。昆布」
「これはこれは黒田左近将監さま……昆布!?」
という訳でやってきました納屋姫路店。急いで造った割にはかなり広くて立派な店内に所狭しと、珍品名品が置かれている中、昆布を注文する奴って早々いないと思う。
まあ、ここにいるんだけどな。
「おう。今日の晩飯に使おうと思ってな」
「なんでそんなガキの使いみたいな真似しとるんですか!?」
予想通りのリアクション有難う。お前って本当にからかい甲斐があるわ。ちなみに石川姉妹は爆笑して転がり回り、小夜は我関せずにアレコレ物珍しげに眺めている。
迷惑な客だなぁ。
「まあ、それはともかく、あるのかないのか」
「……ナンボご入用で」
「2枚ほどでいい」
「……姫路に店構えて、気張って色々揃えたのに、左近将監さまからの初めての注文が昆布2枚……」
確かに大名相手にそれはねぇよ、と俺も思うよ。
でも商売ってそんなもんだ。特に俺は所謂「名物」と呼ばれるモノにはあまり興味ないし。刀はいいのあったら欲しいなとは思うけど、刀という代物はそう何本も腰に差すモンじゃねぇし。タンスの肥やしにするぐらいならば人にくれてやる主義だ。
……あと、無駄遣いなんてした日にはおやっさんにブッ飛ばされる。
「けどまあ、お前自身が乗り込んでるって事は儲かってんだろ?」
「それはまあ……ただ単に堺に居辛いってのもありますが。お陰さまでボチボチ。ただ、この街は堺と違ぅて上から下まで物を見る目が辛いですわ。せっかく集めた珍しいモンより使えるモン、使いやすいモンが売れ筋っちゅーのも複雑ですわ」
新興の街なんだから、そりゃそうだろ。しかも領主が俺だ。誰が使えねぇ物に高い金出すかよ。
南蛮物?地球儀なんていらねぇよ。どうせだったら製図の知識を寄越せ。そうしたらもっとマシな使い方してやるから――そう考えるのが、この姫路の街だ。
「隆鳳さま。色々とありますね」
「そうだな。何か気になった物はあったか?」
「……お揃いの茶碗、とか」
その手があったか!?おい聞いたか五右衛門――って、お前らも「盲点だった」って顔してんじゃねぇよ!?
あっ……ていうか、茶碗も割れ物じゃん。そら盲点だわな。一瞬この役立たず共と思ってしまってすまん。
さて、とはいう物の、この流れだと変に否定するのも変だし、何よりそんな事俺が出来る訳が無い。
「あー……気に入ったなら買っていくか?」
「いいのでしょうか?」
結果、こうなるわけで、小夜が手にした空色の茶碗を見て、俺の頬が若干引きつった。名物なんていらねぇと思った傍からこれだよ……。
もしかしなくても、それって青磁ですよね?多分、小夜は知らないのだろうけど、相当お高い物だったはずだが……。
「ほぉ、お目が高い、奥方様。それは大陸の
「……えっと、高い物なんでしょうか?」
小夜が首を傾げると、今度は宗久が言葉に詰まる。この様子だと、高いと買わないだろうと商人の勘で察知したらしい。ハハハ、コヤツめ。
「……高い、ゆうてもそう常識はずれな値段ちゃいますで。ただ、大陸のええ窯の代物なんで、日常品と考えると法外な気もしますが」
あ、それ、常識はずれな値段なわけね。買ってほしいけど、嘘ついて高額な物を買わせたら後が怖すぎる――そんな葛藤が目に見えるような回答だ。しゃーねぇな、そのギリギリの正直さに少しだけ免じてやる。
「そうなんですか……」
「まぁ、確かに大陸から運ぶだけでも相当な手間だろうしなぁ。しかし、茶器に高い金を掛ける趣味はないが、見事だな。こっちで作れたらもう少し安くなるんだろうが……」
「そらぁ、難しいですな。大陸から職人を呼んでも来るかどうか……それに、人がおっても、土、窯、釉薬と色々かかりますさかい。ただ、それが出来たら最高ですわ」
「よく言うぜ。お前としては高い値段のままの方が良いだろう?」
「いえいえいえ、そらぁまた別の話でっせ。道具は使ってこそやさかい。誰もが当たり前のように最高級の青磁を日常で使えるような状態が理想やと思いますわ」
単価は下がっても数が売れるのであれば利益は生まれる、という事か。意外だが宗久も割と柔軟な思考の商人らしい。
「で、今、値を付けるとしたら?」
「ひとつ当たりこんなもんで」
宗久は小夜には見えないように、こっそりと指を2本立てた。まあ、単位が銭って事はないよな。
貫、だよな。1貫が約15万円と考えると、ひとつ30万円。茶碗ひとつで30万円。無駄遣いの極みではあるが、一国に値する名器もあるこの時代背景を考えると、かなり格安なのだろう。おそらく売れたとしても、宗久も赤字かもしれない。
買えない値段、ではない。だが、ようやく貧乏から脱出した身からすれば、躊躇いたくもなる値段ではある。少なくともおやっさんには黙って欲しい額だ。
提示された値段に少し考え込むと、近くにあった白い櫛がふと目に入った。漆で彩った櫛は見た事があるが、白い櫛は珍しい。象牙だろうか。赤は珊瑚。小さな梅の意匠が散りばめられ、何気なく置かれているが、これも相当な値段がついてもおかしくない。
「……宗久」
「なんでっしゃろ?」
「それに加え、あとこれだけ出す。そこの白い……それも付けてくれないか?」
俺が提示した額は指4本。その額に宗久は一度眼を大きく見開いた後、俺が顎でしゃくった先にある櫛を見て、合点が言ったようにゆっくりと頷いた。
「毎度おおきに」
「手持ちじゃ流石に足りねぇ。昆布も含めて品物は俺の屋敷に持ってきてくれないか?その時に払う。できればこっそり請求書持ってこい」
「ははは、承知しましたわ。ほな、早速手配いたします。せやけど、少し貰い過ぎやさかい、もう少し何か付けましょか?」
「なら、金平糖なりカステラなり甘い物でもあるか?」
「よぉ御存じで。金平糖ならありまっせ」
「なら、そいつを差額分付けてくれ。帰って嫁と茶でも楽しむから」
「ほな、そうさせてもらいますわ」
ふぅ……何か疲れたな。もう今日は家に帰ってからお茶にでもしよう。
でもまあ、小夜も満足そうだから多分これでいいんだろう。あとは、この支払いを俺のヘソクリでこっそり払うだけだ。
ところで、宗久。
そこの所に「千鳥の香炉はいただいた 五右衛門」と犯行声明が張られてんだけど、気がついている?
◆
後日 官兵衛と隆鳳
「……で、実際の所は単位が一つ上で、80貫も払う羽目になったと。金を貸してくれと言うから何かと思えば、貴様は本当に馬鹿だな」
「……返す言葉もねぇ」
「千鳥の香炉は?」
「あれは五右衛門がからかっただけ。ちゃんと返却していたぞ。んで、なんかしらんけど、その後、宗久から貰った。手元に置いとくのが怖いそうだ」
「……そうか。それでひとまず元はとれたか」
それはそれとしておやっさんにバレて怒られた大名が居たとか……。
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