第26話 山名家の事情

 11月中旬 姫路

 前但馬・因幡守護 山名祐豊


 戦の勝敗は武家の常。とはいえ、敗将になって、おめおめと生き恥を晒す事にはまだ少々抵抗がある。我ら武門山名は零落おちぶれたとはいえ、生き恥を肯じる程零落れてはいない。

 だが、反面、非常に清々しい気分なのだ。それはおそらく今まで武門として余計だった物が今回の敗戦で全て削ぎ落とされたからだ。

 ……そういう言葉が出てくる時点で未練があるというのはわかっている。だから儂は恥を肯じる。この次は無いぞ、と言い聞かせて。

 故に、これから黒田家の下で挽回を図ろうと思っているのだが――。


 このままでは功の立て所が無い。


 それは黒田家に「与力」するに止まった家に共通する問題であると儂は考える。


 いざ軍を動かそうとするとき、黒田の当主は自らの手勢だけを頼りにする節がある。

 通常ならばあり得ない事だが、それで戦に勝ち、そして「ああ、兵を出さずに良かった」と思っていた者は取り残されていく。戦勝に湧く今はまさにその過渡期である。

 新参の儂が見るに、此度の論功行賞はまさにそれが顕著に現れた形ではないだろうか。

 その功に対し、直参と言える立場にいる者が躍進し、新たな土地で更なる臣を養わせる一方で、自在に動かせる軍の拡張を怠っていない。これは偏に、与力の援助などハナから当てにしていない事他ならない。


 それだからなのか、与力に止めていた者たちも、息子をその直参に送る形で貢献を始めた者も少なくない。その筆頭が櫛橋左京。ついで北但馬の再編に抜擢された明石与四郎だ。

 だが、その息子たちは「家」ではなく「個人」として黒田家に貢献している節がある。つまり、送り出した国人衆の次世代は既に黒田家の直参だ。

 かの若き当主は中央集権化を完遂しつつある。国内を纏める事に腐心し、挙句破れてしまった儂からすれば見事の一言に尽きる。


 そんな中、儂―――山名祐豊が飾り物ではない一介の武門として返り咲くにはどうすればいいものかと考える。


 但馬にそのまま留め置かれるのではなく、こうして黒田家の本拠である姫路まで連れてこられたのは、むしろ良かったと思うだろう。次の戦が始まるまでに将としての矜持を取り戻し、共に連れてこられた一族を纏め、そして忠実にその命を遂行すれば返り咲くのは難しくない。

 敗将であっても、功を立てれば返り咲く事が出来る事は、南但馬の要衝、竹田城を任された赤松下野守が証明している。もっとも、彼の場合は本領の龍野をまだ押さえられている「城代」の身であるが、それを抜いたとしても大抜擢である。


 今、儂には二人の息子がいる。本当はもう一人いたのだが……奴は親不孝な事に若くして逝ってしまった。三男はまだ幼少である事から、除外するとして、嫡子である次男は既に元服をしている。

 これを、前例に倣い、黒田の懐に送り込めば―――無論、儂の再起も、息子の奮闘も、失敗すればそれまでという危険は伴うが、儂ら山名はかつて“赤入道”山名宗全を輩出した武門。その復興は、戦い、勝ち取ってこそ価値がある。


 毛利からの接触があったが、完膚なきまでに叩きのめされ、武将としての矜持が目が覚めた今、あえて甘言に乗ろうとも思わん。それに、情けない事に再び黒田家の敵に回った所で勝てるとも思わん。

 だが、黒田家のあの精強の一角として、黒田家の敵には勝てるようにはなりたいとは思う。この歳にして、よもや対峙した敵軍の鮮やかさに目を奪われるという経験をするとは思わなんだ。


 この家には武将として手本にすべき存在が多くある。


 山名は政治欲を見せずに、武将としてあった家。儂らが取り戻すべき姿はここにあるのだ。故に儂も倅も武功を立てねばならない。


 ……ところで、話が変わるのだが、その騎馬隊を率いて儂を何度も撃退し、かつ姫路での仮住まいとして屋敷に居候させてもらっている母里武兵衛殿に儂の娘が執心なんだがいかがしたものか……。


 此隅山降伏時に対応した彼の武者姿を見てから五月蠅くてかなわん。あのバカ娘は儂らの置かれた立場をわかっておるのだろうか……?幸いなのか、武兵衛殿は任務や城内待機でほとんどこの屋敷には帰ってこんが、儂ら居候という名目で監視されておる身だぞ?


 ただ、親としても縁を結ぶ相手としては申し分ない。黒田の若き当主とその参謀とは君臣の関係を超えた莫逆の友であり、降伏時の対応も丁寧な良き若武者であり、またこれからこの家中で生きていく上で、息子の件など色々とお世話になるであろう重鎮、母里家の次期当主だ。


 今までならば家格が―――と言い立てる者も居たであろうが、没落した今、それを言う者もいない。四天王と呼ばれた家の内、太田垣、八木、田結庄の3家の当主が逝った事で彼らも勢力をかなり削られた。辛うじて垣屋は残ったが、毛利と繋がっていた事を指摘され、これも代替わりをしたという。重臣らが居なくなった事に一抹の寂しさがあるが、風通しは良くなったと言える。


 武兵衛殿には弟もいるようだし、母里家の嫡男ではあるが、世が世ならば頭を下げてでも、養子に欲しい位だ。


 だが、没落したての今、功を立てる所か、居候させてもらっている身で縁談を切り出すには図々しすぎる。他家に組み込まれた早々、その重臣に阿るようにしか見えん。そんな情けない事、武門、山名の恥である。赤入道さまに呪い殺されてしまうわ。


 かといって、これを放置しておくと気苦労で儂の命が危うい。こうしている内に、武兵衛殿が他の者と結婚してみろ。返り咲くどころか……儂、終わる。


 結論。


 是が非でも功を立て、信頼を勝ち取らねばならん!それも早急に、だ!

 少々頼りない息子よ……儂に負けずにお主の姉と儂の為にがんばれ。


 もし、お主の所為でこの計画が破談となった際は……ご先祖率いて貴様の枕元に毎晩立って出てやるわ。


 11月姫路


 山名祐豊が子、山名義親、15歳です。宜しくお願いします。


 ボクの初陣は散々でした。

 急遽始まった隣国からの侵攻。その報が入った頃から、1日に数え切れないほどの味方の落城の報が入って来ました。それを受けて、慌てて父上と出陣したのがボクの初陣です。

 初めての会戦では、ざっと見て、10倍近くはあったであろう味方の手勢で押し込んでも、ボク達が押す力すら巧みに利用して引き込み、間延びした軍の横から風を巻いて騎馬隊が駆け込み、なすすべもなく崩れ去っていきました。


 2度目の会戦は、辛うじて逃げ切り、兵を纏めてまだ攻撃を受けていない後方の城へと逃げ込もうとしたボク達の前に回り込まれ、今度は正面から一気に貫かれました。

 なんで、父ともども無事に逃げのびる事が出来たのか、今でも不思議で仕方がありません。特に2度目の時には、何度も刃がかすめていった事を今でも鮮明に憶えています。


 騎馬武者が騎乗したまま飛び込んでくる部隊など、昔話でしか聞いた事がありません。馬上での武器の扱いが難しい事に加え、騎馬武者など馬を狙えば非常に脆い兵科だと聞いていたからです。ですが、ボクたちの軍がそれほど多くない騎馬武者の突撃により、なすすべもなく一瞬で切り裂かれていった事は現実です。あの突撃により、敵に触れた味方の兵から溶けるように倒れ、軍が真っ二つにされる様子は、名刀で切り裂かれたかのようでした。


 不意を突かれた、と言い訳する事は出来ます。ですが、その隙を作ったのは他でも無い彼らの軍でした。彼らはボク達の隙を作る所から戦を始めていたのです。それに気が付いた時には、ボク達は辛うじて逃げ込んだ本城すら囲まれ、降伏していました。


 故にボクは思いました。どれだけ才能があれば、あのような兵になるのだろう――、


 「あと少しだけど気を抜くなー。俺に追いつかれたら蹴りあげるからなー」


 ……そう思っていた時期がボクにもありました。何の事はありません。何のカラクリもありません。精兵は刀と同じです。鍛えに鍛え、血も汗も涙も流しきって初めて精兵となるのです……。


 流石に没落が堪えたのか、決死の表情で強くなれと父上から諭され、姉上の想い人である母里武兵衛さんに頼みこんで訓練に参加させてもらっていますが……驚きです。むしろ事件です。姉さん、事件です。訓練を申し込んだ翌日、いきなり早朝にたたき起され、「姫路から置塩まで走っていくぞ」と言われた事も事件ですが、一定の速度以下にならないようにボクの後ろを走る武兵衛さんがいつもの柔らかい声音ですごく怖い事を言ってきます。


 そしてかなり軽く流しているようにも見えますが、結構速いです。荷物を積んだ馬が横を軽く流しながら走る程度の速度はあります。

 息も切れ切れになりながら、それでも訊いてみました。これが普通なんですか?と。


 「んー……まあ、軽い方だな。志願して共に戦おうって人間を追い込む為に必要以上に罵倒する事はしないっていうのがウチの方針だけど、その分追い込みはするな。ま、大丈夫さ。皆通った道だ」

 「みんな……と、い、言うと、武兵衛さ、んも?」

 「元々は俺と隆鳳――大将が始めた姫路城定番の訓練法だしなぁ。でも、コレでも大分緩くなった方だ。本当の訓練は今回予定している一般用じゃなくて、俺たち用の奴は鎧着て走るし」


 一般、って本当ですか?

 ボク、既に一般人でいいですと心が折れそうです。武門の子としてそこそこ武芸は修めてますが、既にこの時点で、これに匹敵するほど身体を追い込んだ事ってあまり無いです。


 しいて挙げるならば、但馬で兵を率いた貴方に追いかけられた時ぐらいです。


 初陣で散々走らされたので、鍛錬で走る意義は重々わかるんですけど……。


 「馬廻り選抜もそうだけど、ある程度基礎が成ってねぇと、訓練以前に潰れちまう奴が多すぎてなー。前は身分資格を問わず受けられたけど、今はある一定の基準を超えた奴だけってなっちまったし」

 「え、えっ、と……ぶへえ、さん。ボクより2つ上で、すよね?」

 「俺の弟と同い年だっけ?あー……そういや、11月だからまだ俺だけが17なんだな。しかし、これを始めたのはいつだ……?12?11の時だったか?っと、遅くなって来たぜ」

 「は、はい!」


 無理矢理会話を始めたからか、冬の冷たい空気が喉の奥に突き刺さって苦しいです。けど、ボクが思うに武兵衛さんは口調は柔らかくても、「蹴る」と言ったら本当に「蹴る」人だと思います。こういう人が一番怖いってボク知ってます。


 「そうそう。当時、どうしてもブッ殺してやりたい奴がいてさ。それが信じられねぇぐらい強ぇの。毎日のように挑んでは、容赦無く叩きのめされて、悔しくて――んで、親父と特訓を始めたのが元だな」


 ……「蹴る」と言ったら「蹴る」人です。この人。後ろを振り返る余裕はありませんが、清々しいほど怖い気配が後ろから漂ってきています。


 「まあ、率直に言っちまうと、大将の事なんだけどな。あの野郎をブッ殺してやりたい一心で始めたこれが、いつの間にかアイツと一緒にやるようになって、果てはアイツの為になってんだから不思議だよなー」

 「そ、うです、ね……」


 正式な訓練は始まっていませんがわかった事。


 ひとつ、走る事は大事。


 ふたつ、この先待つのは徹底的な訓練。


 みっつ、その訓練すらまだぬるい。


 よっつ、武兵衛さんと左近将監さまの不思議な関係。


 いつつ、強さの根底にある物は、殺意と闘志。


 むっつ、優しさは厳しさを兼ねる。


 ななつ、限界は超える物。


 やっつ、限度は忘れる事。


 ここのつ、兵と志は大事に扱う物。


 とお、左近将監さまと武兵衛さんは人間……なんでしょうか?


 ともあれ、前途、多難です。


オマケ

隆鳳、官兵衛座談会。


「官兵衛。俺と武兵衛の人外扱いについて」

「人という区分を一つの会場で例えた時、武兵衛は。貴様は

「……テメェ、後で憶えてろ。んで、本人以外に筒抜けの武兵衛の縁談計画について一言」

「よりによって武兵衛とは、山名は家中の全独身女性を敵に回したな」

「アイツもてるよな。背高いし、黙っていれば爽やかだし」

「それに、言っておくが、小兵衛殿と父上は従兄弟同士。臣籍に降ってはいるが、血筋で言えば黒田一門だからな?繋がりを持ちたい人間など腐るほどいる」

「マジで?え、お前ら親戚なの?」

「……知らなかったのか?貴様」

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