第25話 経済戦争と純愛

1562年 11月

姫路 黒田隆鳳


 「あー……久しぶりって感じがしねぇなぁ」


 ここはどこ?私は誰?黒田隆鳳だよー。

 8月末に出陣してから早3か月と少し。久しぶりに見る姫路の街と城は着々と発展しているようで、違った街に見える。元々おやっさんが小寺家の目を掻い潜って細々と発展させてきたものが、小寺家の目が無くなって一気にタガが外れたのか知らんが、驚きの大発展具合だ。


 まず何が凄いかと言うと、人がいる。

 ……レベルが低くてごめんなさい。だけど人口の流入というのは真面目な話なの。


 出陣する前はまだ閑散としていた土地に家や店、職人街が立ち並び、活気に満ち溢れている。無計画に開発を行わず、きちんと区画の整備を行ってから発展したお陰か、雑然とはしていない。


 この時代の都には行った事が無いが、おそらく話に聞く限りでは、都よりも活気があるのではないかと思う。

 しかし……確かに以前から人口流入などの兆候はあったものの、予想以上の速度だ。特にここに来て、商人、職人などの生産性のある人間が目に見えて増えた事が一番の収穫だ。


 俺がした事と言えば、規制を緩和、税制を改定し、徐々に楽市、楽座へと移行していった事。それに伴い、法整備を行い、経済犯罪を取り締まる組織や治安維持の部隊を設立。そして法律の整備と窓口となる役所を整備。あとは各地にこの地の風評を流して人を集め、今で言うハロワみたいな機関を設けて彼らの居場所を差配した事ぐらいだ。

 これらの政策により、流民対策に追われるどころか、加速度的に土地の開墾が進み、また役所が窓口となる事で新たな商業活動にも参入しやすく、職人に見習いを斡旋することで工業、産業の活性化にも繋がっている。資金があれば、市川から水をひき、姫路城の外堀を作る事などもやりたいのだがそれはまだお預けだ。むしろ俺が優先すべきは上下水道の確立だな……。


 既存の経済基盤が無いという事はかなり苦しかったが、既存の経済基盤が無かったからこそ、大胆な経済政策を断行する事が俺達の強み。容赦無くやらせてもらいやした。

 あとは発展の具合を見て、その都度手を加えていく事が俺の仕事だ。俺がいなくとも経済が回る様――というか、限りなく今の時代に即した自由経済の枠組みを作り上げた今、アレコレと現場に口を出すつもりは無い。次の俺の仕事はこの活気が衰えてくる少し前にある。


 ただ、やはり現時点で既に内政官が慢性的な人不足なのは否めないかなぁ……。


 いや、非常勤の役人を登用したり、名誉の負傷により軍を退役した連中の内大多数は内政や次世代の教育に携わって貰っているが、それでもやはり時間がかかる。俺にもっと専門的な未来の知識でもあればもっと早く発展できるのだろうが、理想像を掲げて皆で一つづつ問題点を洗い出し、皆で一歩づつ進むのだから仕方がない。


 しかし、だからこそかもしれない。


 「……正直、やりすぎじゃねぇの?これ」


 少し目を離したすきに、予想以上の成果が上がっていると少々戸惑いたくもなる。

 発展著しい街を通り抜け、既に石垣の導入と櫓の増設、拡張整備が始まった姫路城の中へと入ると、一歩進むごとに待ちかねていた各部署の人間からの報告が入り、指示を求められる。城の縄張りから各産業の発展報告、治水工事の計画書に戦費物資の報告。果ては「結婚しましたー」「子供が生まれましたー」という「え?今それを報告する!?報告しちゃうの!?俺に?」と思うような個人的な内容とさまざまだ。


 ……ああ、うん、名づけ親になれって?いいよ?キラキラした名前がいい?多分300~400年経っても先鋭的だぜ?ダメ?そっかー、野江琉ノエルとか李明夢リアムじゃだめかー。キラキラが駄目だっていうから他のロックンロールな名前を考えとくよ。将来兄弟喧嘩しそうな奴。


 そんなボケもあったりなかったりした中で、一番気になったのは戦費についての報告だ。今まさにおやっさんたちがヒーハー言ってるであろうこの案件だが、報告を聞いた瞬間、俺と官兵衛は同時にこの件を思い出し、この場所まで猛ダッシュをした。


 そうしてたどり着いたこの場所にはいくつか蔵がある。どれも見たことが無い蔵だ。


 「これ以外にもあるって言ってたが……嘘だろ?嘘だよな?官兵衛」

 「……本当にありえねぇ」


 この蔵たちは報告した者曰く、「おやっさんと藤兵衛らが用意した金銀物資」だそうだ。


 ……うん、走っている内に、因幡で得た物と、最新の物と混じってしまったが報告書片手に状況を整理しよう。


 俺たちは軍を動かした。当然物資は消費される。消費されるのだが……何故か増えた。

 兵糧に関しては、この秋の収穫時期に軍を動かしたこともあり、藤兵衛の進言通り、かなりの率の税を免除してある。つまりこれは、藤兵衛が商人とのやり取りの末に手に入れた物だ。

 刀、槍、鉄砲、鎧、これはまあ、職人の人口が増えたから大量生産を可能にしたという要因が絡んでいる。更に交通の便が良くなった事で材料も手に入れやすくなった。


 ここまではいい。以前、十兵衛が「1国分」と評価したことも納得がいく。


 ならば、なぜ、金、銀、銭が増えた!?減るだろう!?普通!


 今回奪った銀山は稼働したばかりだ。だから銀山の収入というわけではない。

 手元の分厚い報告書には、商人らとのやり取りが明確に記載されている。これによるとだな……ああ、頭が痛ぇ。流石に信じられなかったから、ずっと忘れていたかったのに……。


 ま、なんだ、未来でいうデイトレみたいな感覚で物資を動かして莫大な黒字を計上したらしい。特に堺の商人とのやり取りがすげぇ。ウチの連中、矢銭の要求じゃなくて、商取引で堺の大店を破産寸前に追い込んでいやがる……。

 さらに言えば、反協力的な商家から盗んでるケースもあるし……ウチのダブルオーたちも揃ってなにやってんねん。

 表口から真っ当な取引をして、裏では賊に扮した奴らが物資書類を奪い尽くして、そして「どういう事や」と不渡りを恫喝して更に根こそぎ奪うとか、お前らヤクザか。ウチらそもそもヤクザみたいなモンやわ!


 つーか、これが表ざたになると厄介だから「内政方の要請で盗んできましたー」って報告書残すのやめろや!止めはしないけど、このテの報告は口頭でやれ!証拠はきちんと消しとけ!俺は読んだ書状を片っ端から焼いたよ!


 幸いなのかは知らんが、以前痛い目をみた今井宗久と、奴と仲のいいと聞く天王寺屋や魚屋ととや辺りは巧く立ち回ったようだが、比喩とかそんなんじゃなくて堺がガタガタだぞ、これ。


 そして俺たちの悪い噂が広まったころには、姫路の経済活動を軌道に乗せて、堺から鮮やかに撤退している。残してきたダブルオーたちによれば、堺の会合は大荒れだそうだ。


 3ヶ月でここまでやるか……新興の家だと商人らが俺たちを見くびっていた所に付け込んだとしても酷過ぎる。


 この報告を受けた時の俺の感想を率直に言おう。


 「官兵衛……俺たちさぁ、」

 「言うな、馬鹿」


 官兵衛は俺の言おうとしたことを遮ろうとしたが、それでも言わせてくれ。


 「生野銀山、獲る必要無かったんじゃねぇの?」

 「……本当にな。この報告は流石に間違いだろうと俺も思っていたんだが……本当にそうだよな」

 「やっぱお前は噛んでいなかったのか?」

 「俺は……堺の動向調査の為に、堺に出向させている諜報を増やしたい、という打診を受けて、貴様に取り次いだぐらいだ」

 「あーうん。それは……うん、俺も許可、したな……」


 確かに、許可は出した。因幡の統治が始まってすぐの頃だったはず。それからだ。堺で大暴れを始めたという報告が逐次入ってきたのは。銭と証文と物資を盗んで来ました、弱み握って来ました、恫喝しました、商家同士を仲違いさせました、市場価格を操作しましたetc.etc.


 それを聞いた俺の感想はどうだったと思う?別件で忙し過ぎて構ってもいられなかったが、初めはハトが火縄銃喰らった様な顔になったよ!経済戦争やってのに俺が蚊帳の外なんだもん。


 しかし……内政方もこんなにバカみたいな利益を出すってどういう事よ?確かに商取引でと指示したのは俺だし、経済の仕組みを教えたのも俺だ。しかし、これは既に俺の手を離れてしまった感のある結果じゃないだろうか?いわゆる「戦国時代型自由経済」と言うべきだろうか。


 ただし、自由の意味を激しく履き違えている。


 ……まあ、多分、そんな深い事など考えずにやったんだろうな。大方、デスマの勢いが余った結果だったとは思うけど、良い子が真似したらどうするんだよ?源流に現代社会の法治主義が存在する俺にとってはそれが一番心配で……そして今回の件で期せずして堺と絶縁状態に突入だ。付かず離れずというのが一番都合が良いのに、真正面から喧嘩を売った形になる。


 堺と言えば、本願寺と三好の重大な資金源。確かにこの場所に経済爆撃を敢行する意義はあるのだが、こんな事故みたいな形で行って納得できるかと言えば微妙な所だ。できれば、俺が意図的に仕掛ける形が一番良かった。今井宗久や天王寺屋の津田宗及、魚屋の田中与四郎あらため千宗易(千利休)という堺の中でも特級の人間がウチの味方になり、かつ堺が半壊したとはいえ、イマイチ実感が湧かない。


 つーか、何でいつの間に茶人ばかり揃ってんだよ。俺は高い茶器買うぐらいだったら自分で作るから、商売にならねぇぞ?


 「……官兵衛。おやっさんたちを止めるか?」

 「歯止めは必要かとは思うが、急ぐほどでもないか……?ないよな?」


 俺と官兵衛が同時に判断に迷うって相当だよな。いつもの俺たちならば大体どちらかがハッキリと判断を下す事が出来る。

 ……喫緊の問題では無い、か?とりあえず俺達が姫路に戻った事で、内政官達の迷走も自ずと終息するだろうし。


 ただ、火消は必要だ。物資が整ったとはいえ、人口増加と経済活動活発化の対策と、但馬、因幡の再開発も始めなければならない。播州の新都市建設についてはまだ焦る必要も無いが、いくつか調整と政策も前倒しにしなければ……頭痛ぇな。俺はただ単に未来の仕組みを知っているだけで、頭が悪いから内政向きの人間じゃねぇんだ。


 「んじゃ……後にするか。少し休もう」

 「休めればいいがな」

 「……だよな。問題が山積みだ。切りが良い所までやるとするか」


 本当に……休めればいいんだけどなぁ。


 あ、そうそう。おやっさーん、藤兵衛ー。物資の件ありがとー。


 お前ら帰って寝ろ。


 話はそれからだ。


 同日

 姫路城 小夜


 言葉とは不思議なものでいざという時うまく出てきてくれません。先ほどから、言葉を探していますが、なんと会話をいたしましょう?もうすぐにお戻りになるというのに、どうやって迎え入れたらいいのかわかりません。


 意外かと思いますが、実は私たち夫婦間では普段もそんなに言葉が多いわけではありません。ただ当たり前のように共に過ごす、そのゆったりとした時の流れが乱世だという事を忘れさせてくれます。


 でも、お戻りになると聞いたころからずっと言葉を探しているのに、見つからないのは少しおかしいです。出立していった時よりも、無事にお戻りになると聞いてからの方が、緊張している気がします。何故でしょう……?


 流石に春ちゃん、虎ちゃんたちに訊いてもわからないだろうと思い、義母――というより姉のように慕っている美濃さまの奥方のぬいさんや藤兵衛さまの奥方に訊いても、ニヤニヤと笑われるだけでした。けど、やましい所も無いですし、おかしい事では無いようなので、少しホッとはしています。


 ふと気が付くと、トントンという足音だけで隆鳳さまが戻ってきたことが分かりました。何故、足音が聞き分けられるか自分でも不思議ですが、間違えたことはありません。


 誰かと話す声が聞こえます。おそらくまた、移動しながら色々なお仕事をされているのでしょう。いつも不思議に思うのですが、よくそこまで多忙な中、私と過ごせるのだと思います。


 あと、10歩……8歩……6歩……4歩。


 えっと、どうしましょう?


 黒田隆鳳


 「此度の論功行賞の進捗状況はこちらに。石高換算の結果、概ね予算内に収まりそうです」

 「わかった。目を通しておく。明日の評定で改めて議題にあげて吟味しよう。因幡、但馬の駐留兵についての進捗状況は?」

 「現在、内官、将兵共に希望者から順に募り、再編成を進めています。年内には完遂できるかと」

 「完全に統治できるようになるまで3年を目途に計画を進めておけ。それと軍の増員だが、」

 「ご指示の通り、なるべく質を落とさないように推し進めております」


 屋敷に帰ってきても、仕事は終わらない。そりゃ事態は常にせわしなく動いている訳だから当然だが、まあ、なんだ、俺みたいな奴がそこそこ殿様業をやれているのだから、慣れとは恐ろしいものだ。

 報告の者にはいついかなる時も寄越せと言ってあるが、俺もそろそろ小姓、というか秘書でも置くか……。


 「母里さま提案の、廃城を新兵育成の学び舎にする計画も既に始動しております」

 「親父の造った鞍掛山城だったか」

 「はい。それと廃城予定の置塩城も候補に挙がっております」


 置塩城を落とした時に知ったのだが、ウチのおとん、城持ってたらしいわ。置塩城の支城だったらしいが、既に廃城となっている。兵の鍛錬に城を一つ使う事は考えていた事だったが、この城を選んだのは小兵衛の心意気という奴だろう。


 「置塩城の廃城は保留。少なくとも但馬が落ち付いてからだ。それよりも、予想以上に人口増加が激しい。小兵衛には信頼できる者を最前線と治安維持の二つに優先的に回せと伝えておけ。治安維持は性根さえしっかりしていれば、技量が未熟でも構わん。実地で古参の者と組み合わせて教育しろ。数を増やした結果、平時に遊んでしまう兵が出る様な事態だけは避けろ」

 「承知しました。伝えておきます」


 俺と小夜の部屋の近くに差しかかると、ようやく新たな報告は無くなったようだ。

 屋敷の中ですら報告が飛び交うが、例外として俺の居室周りではあまり仕事の話は出さないようにしてある。歩きながらだが、休む間もなく指示を飛ばし続けた甲斐があったか。


 「明日の予定は?」

 「は、午前より評定。論功行賞と内政報告が主になるかと」

 「1日で終わらねぇな……今日は俺ももう休む。詳細は明日、改めて各部門と話し合いを始める。後は緊急の報告だけ寄越せ」

 「承知しました」


 報告の者が去っていく姿を見送り、一つ息を付く。姫路の街には朝に到着したのに、気が付けばもう夜だ。冬は日が暮れるのが早いが、それを差し引いても灯りが必要になる時間だ。燃料もタダでは無いから、夜の仕事は控えさせないとな……いっそ冬の間だけでも定時制にするか?

 そんな事を考え、もう一つ息を吐いて、俺は自室の襖を開けた。


 屋敷もそうだが、俺のプライベートスペースはこじんまりとしている。書院造に近いかもしれない。この時代にしては珍しい畳の香りのする純和風の部屋だ。

 仄かな灯りに照らされたその部屋に小夜がいた。少し伸びた髪。相変わらず華奢な身体。切れ長の目元。彼女は俺の姿を見るとどことなくホッとしたように笑った。


 「ただいま」

 「………………」


 ……あれ?けど、何も言ってくれないんですが、これはアレですか?3か月も放っておいた事に対しての抗議なんだろうか?手紙は時折やり取りしていたんだけど……。

 彼女の表情を見る限りでは、それほど怒っているようにも見えないんだが……と立ったまま考えていると、彼女は無言のまま何故か必死に手招きをした。


 真っ赤な顔で、無言で、手招きっすか……うん、ちょっと待って。天地に祈りをささげて色々鎮めてからイクから。クール系の彼女のその振る舞いは結構破壊力高いなー。


 「で、何?座れ?」


 それでも止まない彼女の必死の催促に近寄ると、今度はそこに座れとジェスチャーをするので、俺は大人しく彼女の近くに座った。すると、彼女は黙ったまま胡坐をかいた俺に背もたれする形で身を預けてきた。甘い体温と彼女の匂い。ちょこん、という表現が似合う可愛らしい座り方で、俺に背を向けているが耳が紅い。


 えっと……小夜さん?


 謀らずも俺は身動きを封じられた形だが、何となく声を出して抗議をする気にはならなかった。ただ、黙って彼女の我儘に甘え、じんわりと伝わる体温に多忙だった日常を少し忘れ、目を閉じる。


 「寝てらっしゃる……ったく」


 そうしてしばらく大人しくしていると、小夜がいつの間にか寝息を立てている事に気が付いたので、起こさないようにそっと彼女を一度除けて自分で押入れから布団を取り出して寝床の準備をした。誰かを呼んでもよかったが、まあ、これぐらいなら別にいいだろう。人間、自分で出来る事を人任せにすると堕落するからな。手際良く布団を敷き、麻のシーツをかぶせ、温かい掛け布団とお気に入りの蕎麦殻の枕を置き、彼女を寝かせる。


 着替えは……流石にわからんから、帯だけ少し緩めるか。


 「んで……どうすっかな。風呂入りたかったが……水浴びで済まして俺も寝るか」


 寒い中男らしく水を頭から被り、旅の埃を落とし、少し乾かしてから小夜と同じ布団へと俺も入り込んだ。最初は同じ布団に入る事にかなり躊躇いがあったが、なんだろうな、今は当たり前のように感じる。


 「……おかえりなさい。隆鳳様」


 行燈の灯を消して、目を閉じてどれぐらい経っただろうか。微睡みの中、そっと温かい物が手を包み、小さく耳元で声がした。


 ようやく耳にした彼女の声。


 繋がれた手。


 けど、その言葉を、その手を離したくないから、少し強がって気が付かないフリをしながら、俺はそのまま眠りに落ちていった。


 ◆

 後日城内にて


 「兄さまと姉さまの様子はどう?虎ちゃん」

 「いい感じだよ。春ちゃん」


 妹たちは興味があるお年頃。

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