第24話 決着

 1562年 10月 但馬生野

 黒田官兵衛


 「ふむ……喫緊の問題は片が付いたか」


 机に積まれたすべての報告書や隆鳳とやりとりした書簡を読み終え、深く息を付いた。あの馬鹿が暴走した結果、余計な物まで抱え込む事になってしまったが、俺がすべき新たな領土の問題はあらかた片が付いた。不安定だった治安も軍が駐留する事でなんとか平穏を取り戻し、不穏分子も調べ尽くした後に消した。


 因幡も隆鳳からの報せでは一応片が付いたと聞いている。なんでも、隆鳳が馬廻りから抜擢し、鳥取城を任せた者がかなり優秀だったそうだ。

 アレはああ見えて、人を見る目は確かだ。むしろ人材を求める働きかけについては尋常じゃ無い。それが褒めるのだから、かなりの傑物なのだろう。


 事実、隆鳳が自身で駐留しているとはいえ、こちらの想像以上の速度で領内の立て直しを終えたのだからかなり優秀だ。いずれ、その妙を教わってみたい物だ。


 あと時間のかけてとりかかるべき部分は、父上たち内政組の仕事だ。


 一国を奪う所までは想定内だった。事実、父上とは相談した上で隆鳳に進軍を推奨したのだから。

 だが、因幡まで獲る事になったのは完全に俺の不覚だ。せめて隆鳳に東側の行軍路を取らせて、丹後、丹波で済ましてほしかった。因幡はその問題の大きさに反して実入りが少な過ぎる。


 父上たちの苦労はどちらにしても変わらないだろうが。

 ……姫路に帰った時が怖すぎるな。正直……帰りたくない。


 隆鳳がした事とはいえ、あの馬鹿を解き放ってしまった時点で俺も同罪だ。だが、誰がどうやったら因幡を獲ってくるだなんて予想が出来るだろうか……アノヤロウ。


 だがやってしまった以上は致し方ない。調べてわかった事だが、但馬、因幡には思ったよりも毛利の手が伸びている。

 そんな状況下で因幡を獲る事は新たな火種になりかねない。直接対決はまだ先だろうが、既に謀略戦は始まっている。今の所はほぼ完全に制しているが、隆鳳には改めて諜報部隊の増員を進言しておかないと……。


 それともう二つ片付け無ければならない事がある。


 一つは別所。もう一つは浦上。


 今更、という感じもするが、コイツらをいい加減放置する訳にもいかない。別所は戦略上の敵であり、浦上は隆鳳にとっての仇だ。


 隆鳳自身は浦上を宇喜多に任せるつもりのようだが、俺としては仇を取らしてやりたい。あの感情が豊かで自分に正直な男が仇を平気で譲るようになるまで、どれほどの葛藤があったのか知らない。だが、俺にすらずっと隠し続けてきた感情を思うと、俺としては取らせてやりたいと思うのだ。


 先の軍議で宇喜多は浦上の毒殺を示唆していたが、おそらくあれは最終手段のはずだ。ならばそこに便乗すれば機会はある。戦の匂いがする。


 それに宇喜多には是が非でも備前と美作を獲って貰わないと、背後が安定しない。ならばこの地に関して俺がとるべき行動は確定。あとは刻を待つだけだ。


 「今は別所、か」


 先代当主が亡くなった。いつか撃ち負かしてやりたいと思っていた相手だっただけに、個人的には残念に思える。だが、私情を挟む訳にもいかず揺さぶりをかけてみたら思いのほかハマった。


 但馬遠征が始まる前から、別所の領内に諜報部隊をばらまいておき、各地で扇動を行い、俺達が但馬に入った頃を見計らって一揆や反乱を起こして軍勢を引きつけた。夏からの足止めだ。

 そこへ先代当主重体の報だ。すかさず重臣らの調略を開始したが、もう既に離反者も少なくない。後は狩るだけ――。


 「ん?何か進展でもあったんか?」

 「いや――これからだが、」


 ごく自然に投げかけられた疑問に当たり前のように返して、言葉が詰まる。視線の先には武兵衛がいつの間にかいた。その小脇には久方ぶりに見る忌々しい小動物が大人しく抱えられている。


 つい先日の書簡でそろそろ因幡を発つと聞いたが、もうそんな頃合いか。


 「……おい、武兵衛。一応訊いておくが、それは?」

 「……拾った」

 「捨ててこい」

 「本当に俺の扱い酷いな!お前ら!」


 馬鹿が叫ぶと、するりと武兵衛の腕の中から抜けて、何故か着地した瞬間に顔を一瞬だけ歪めた。着地に失敗したのか……?


 「抱えている時も庇っていたが、お前怪我でもしてるのか?」

 「ん?ああ、ちょっとした事故でアバラをやっちまってさ。もうほとんど治ってんだが」

 「珍しい事もあるもんだ」

 「そうでもねぇぞ。肋骨は多分……官兵衛に4回、休夢ハゲとおやっさんに各2回ほど折られてるぜ」

 「……戦傷じゃないって所がすごくお前らしい」


 俺、そんなに折った事あったか?折られた事は憶えているが。アレはこちらから誘導したとはいえ、先の軍議で殴られた時も折れていたしな。だから俺は前線に出ずに後方で指揮に徹したのだ。


 まあいい。この馬鹿に限っては、少し怪我してるぐらいの方が丁度いいのだから。


 「道中見てきたが、但馬も大分落ち着いてきたな」

 「そうだな。後はこの状態を維持しながら、内政改革を進めていくしかない」

 「余裕が出来たら、因幡にもう少し人員を回したいな。友にぃ辺りが動かせればいいんだが……あのままじゃ、毛利が手を伸ばしてきた途端に鳥取が孤立するぜ」

 「わかっている。だが……現状、別所と決着がついてからだな」

 「結局はそこだな。で、但馬にめぼしい人員はいたか?」


 隆鳳がそう話を振ると、武兵衛がゆっくりと首を横に振った。小兵衛殿が播州から動けない以上、新たに加わった兵の選別、訓練は武兵衛が担当している。中々の鬼共感振りだと人は言うが、コイツはただ単に他人と自分の差を理解していないというか……潰されないといいな。


 それでも現状、芳しくない報告しか上がってこないのは、兵の質からして播州と違うのだろう。特に規律の面で苦労しているらしい。播州の人間は一度ガツンとぶん殴れば大体上下関係がわかるのである意味楽だ。反面、一度ナメたらとことん反発する厄介さもあるが。


 「十兵衛みたいな奴はやっぱ例外か……」

 「ああ、貴様が抜擢したと言う……」

 「なあ?明智十兵衛殿ってべらぼうに鉄砲が巧い人だよな?」

 「なんだ、武兵衛は会った事があるのか」

 「ああ。馬廻り選抜訓練の時に、たまたま鉄砲の鍛錬に来ていた左京殿と張り合ってたのを見た事があるぜ。30間(約 55m)離れてもお互い外さないから、最終的には飛んでる鳥をどれだけ落とすか競い合ってたな。アレには流石に親父と俺も驚いた」

 「……何と評価したらいいやら」


 30間?俺なら20間でも10発中2,3発当たればいい方だ。我が軍の成長具合は順調だな、と言えばいいのか?

 例外だから、と言い聞かせるべきか。


 「ただ、あの人、うっかりが多くねぇか?鳥に集中し過ぎて俺達がいる方に銃口を向けたんだぜ?危ねぇのなんの……親父に『周りを見ろよ!』ってブッ飛ばされてたな」

 「……アイツのドジっ子癖は小兵衛でも治せなかったのかよ」


 心当たりがあるらしい。隆鳳がしみじみと頷いていた。やけに負傷したと言う脇腹をさすっているが、その負傷は、まさかそのうっかりでやられたのか?

 ……因幡にはなるべく早く人員を送っておこう。


 「そういえば、左京は?」

 「左京殿はまだ此隅山で事後処理中だ。引き継ぎを終わらせ、そろそろ戻ってくるはず」

 「そうか……但馬北部の防衛も考えないとな。推薦したい人間はいるか?」

 「あえて挙げるとすれば、先の守護、山名右衛門督。その監視、補佐に俺の従兄弟の与四郎」

 「従兄弟の与四郎って俺の馬廻りの明石与四郎か?枝吉城主の明石正風の孫の。少し意外だが……実績も悪くないな」


 見ていないようでいて、相変わらず身近な人の名前は良く憶えている奴だ。身内びいきとも取られかねない推薦だが、思いのほかすんなりと隆鳳は呑んだ。


 「しかし、山名はどうよ?間違いなく火種になるぞ」


 山名が居れば、逆によからぬ事を企てる者たちの的になるので、こちらとしては監視が楽なのだが……隆鳳の優先順位は、この但馬の安定した統治か。ならば、隆鳳の言う通り火種は消しておくか。

 もっとも、山名本人は心が折れたらしく、こちらに酷く従順だったが。


 「……ならば、家中に慣れてもらう為にも、しばらくは姫路で励んでもらうか」

 「ああ、その方がいいな」

 「と、なると代わりの人間だが……ああ、一人面白いのがいるな」

 「面白いの?」

 「沼田上野之助と言う者だ」

 「あー沼っちね。面白いよな、彼。元は幕臣だっけ?」

 「ふーん……で、そいつが?」

 「元は銀山経営の為に来た人員だが、話す限りでは参謀寄りの人間だな。軍学はもちろん、天文学など諸学にも通じている」

 「へぇ……一度会ってみたいな」

 「この銀山に居るから後で会わせよう」

 「おう、それで会ってみた感じ、良さそうなら、決まりだな。与四郎の与力って形にすりゃいい」

 「わかった」


 銀山は致し方ない。後で馬廻りの内誰かを代官として置くよう手配するしか無いな。人がいないとやりくりが大変だ。

 何かが引っ掛かっているのか、隆鳳が少し黙って考え込んでいると、武兵衛が手を挙げた。


 「あー、実際この地を転戦した俺から一つ。明石と沼っちをそっちにやるなら、いくつか廃城にして、山麓に城と城下町を作らないか?共にそういう才があるから、いっそ、二人には再編を任せたらいい」

 「……確かに城ばかりだと維持費が馬鹿になんねぇよな。城だけじゃ無くて防衛出来る街づくりってのは重要だ。流石に一人、二人に任す訳にはいかねぇだろうから……そうだな、おやっさんと要相談だな」


 はたしてその話を父上は呑むのだろうか。武兵衛の提案は俺から見ても、内政官達には厳しい話ではあるが、確かに必要性が感じられる話でもある。

 更に隆鳳が意向を示した以上、俺は口説かなければならん、か。


 父上……すまぬ。ただでさえ、沼田をこっちに引っ張ったのに、更に人員を取る事になりそうだ。


 「それで、官兵衛。今後の件だが」

 「軍神も逝った。そろそろ狩り頃だな」


 足止めはした。強硬派の旗頭、先代当主 別所就治も逝った。それから、重臣の後藤家を含め、何人か調略をしかけ、離反した者も少なくない。


 特に俺達はまだ足を止める訳にはいかない。隆鳳がいつ言い出しても齟齬が出ないように調整をしてきたつもりだ。


 ……今度は勢いで摂津まで獲ってくる事も考慮した。


 「ああ、それなんだが、軍を動かす前に、一つ面白い献策が俺の所にあがって来ていてな。ここいらで少し試してみたいんだが」

 「ほう?貴様にしては珍しい」

 「うるせぇ」


 因幡の件で学んだのは俺だけでは無いと言う事か。

 ……もっとも、隆鳳の場合は学んでもやらかすから性質が悪いのだが。

 

「戦は終わりだ」


大体の戦の元凶がぬけぬけとぬかしおる……。


 1562年 10月

 三木城 別所大蔵太夫安治


 「黒田家からの使者、との事ですが……」


 そう言って、私は目の前に座る4人の人間を見た。後ろに控える3人はいい。おそらく随行の人間だという事ぐらい察しが付く。若いが、それぞれその尋常ならざる佇まいから相当な武人だという事もわかる。おそらく護衛と監視も兼ねているのだろう。


 問題は、その3人と共に来た、黒田家からの正使。


 「頼ってくるならばいざ知らず、まさか、守護ともあろう方が、使者となってやってくるとは」

 「ははは、身の振り方を考えた結果よ」


 そう笑って、名目上だったとはいえ、かつての主君だった赤松左京太夫義祐様は言った。

 成長著しい黒田家により、瞬く間に居城である置塩城を奪われ、その軍門に降ったという割には、悲壮感はあまり漂ってこない。むしろ、重荷から解放された事で、以前会った時のような傲岸な名門意識が無くなったようにも見える。


 だが、この転身ぶりは並ぶ重臣らもどう扱っていいやら困っているようだ。


 「叛こうにも、勝ち目が無い。落ちても惨めなだけ。ただ、黒田家は新興の家故に、結果を挙げれば閑職に追いやられるという事も無い。ならば、意地を張らず、ここで一つ功を立てようかと思ってな」

 「それが使者の任である、と」

 「武門として恥じるべき事であるが、私は戦が下手だ。では、今、何が出来るかと考えた。変な言い方であるが、私は守護赤松家の当主であった。ならば、その身分を利用して外交役を買って出ようと……『ならやってみろ』と見事に拾われたよ」


 黒田家の恐ろしい所はこういう所なのかもしれない。もちろん、尋常ならざる戦の強さ、今回してやられた策謀の強さも恐ろしい。

 だが、それ以上に恐ろしいのは、それを可能にする人材の活用法と、脆そうに見えて強固な家中の繋がりだ。こちらに靡きそうな櫛橋氏や明石氏ですら、何度調略を掛けても色良い返事を貰った事が無い。


 守護と言えば、その国の支配者。かつてその地位に居た者ですら、その気位を完膚なきまでにたたき折られ、そして見事に取り込まれている。媚びている訳でも、甘言で誘っている訳でも無い。人の働かせ方が巧いのだ。


 「そう命じられたのですか?あの成り上がり者に」

 「志願した結果よ。『落ち延びるなり、過去の栄光に囚われて飼殺されるなり、過去と決別するなり、勝手にしろ』と言われたから、過去の栄光を利用し、これを手土産に少しはマシな扱いをしてもらおうと思っただけの事だ」


 なんともまあ、一番性質が悪い選択をしたものだとその場にいる誰もが呆れた。語り口が軽い事からも、本気で言っているのでは無く、単なる諧謔かいぎゃくなのかもしれない。


 だが、落ちぶれながらも、堂々と過去の栄光を利用すると言ってのける辺り、やはり何かが変わったというべきなのだろう。


 「……して、その使者殿は何を説きにこの城まで?」

 「黒田家に仕えようと思っている者では無く、かつて黒田家に敵対した者として、少し腹を割って話そうと思って」

 「伺いましょう」

 「では、ありがたく―――私が言える筋ではないのだが、お主は播州の事をどう思う?」

 「……守護職の力が落ちてから、長く、戦ってきましたな」

 「同感よな。他人事の様で申し訳ないが、私ではどうする事もできなんだ」


 先日死んだ父を想い、眼を閉じる。


 守護の力が落ちた事をいい事に、自らの勢力を伸ばし、そして守護の力が落ちたからこそ、外敵と何度も矛を交えた。

 大勝もしたが、大敗を喫した事も少なくない。その積み重ねで今の我々がある。


 その最晩年に駆けあがる様にして現れた強敵の姿に父は何を想ったのだろうか?


 何故生まれてくるのが遅いのだと嘆いたのだろうか。それとも、何故生まれてくるのがこんなにも早いのだと嘆いたのだろうか。はたまた、戦いに染まり、強敵の出現に心躍らせたのだろうか。


 どちらにせよ、その想いが叶う事は、無い。


 「して、その守護に連なる血筋の者が、つい先日、あっさりと隣国を奪ってきた事をどう思う?」

 「……流石に驚きました。相手が弱兵であったとはいえ尋常ではない」

 「同感だな。まだ直接当たった事が無い家に言うのも酷かもしれんが、アレと敵対するなど正気の沙汰ではない」


 やけに実感の篭った言葉を吐き、赤松様は私を正面から見据えた。


 「牽制しあっているが、今はまだ直接当たってはいない。播州一統の前に立ちはだかり、明確に敵対する覚悟はあるか?」

 「……………………………………………」


 降れ、と言えば断ったであろう言葉も、覚悟を問われると言葉を窮した。


 シン、と静まり返った中、赤松様は更に切実な感情を込めて言葉を紡ぐ。


 「私は様々な覚悟が足りなかった。そして、ただ流されるまま立ちはだかり、そして物のついでのように潰された。失って、重荷から解放されてから後悔ばかりが疼きよる。当時の私の立場からでは到底無理ではあっただろうが、それでも別の道はあったのではないかと後悔しているのだ」

 「それは……黒田家の意志ですか?」

 「違うな。彼らは今すぐにでもここに攻めてくるつもりでいる。だが、私はその前にどうしてもと頼み込んでここに来たのだ。つまりあくまでも私の意志だ。私は腐っても守護職だった者――播州一統による内乱の終焉こそが守護としての最後の務めと定めたのだ」


 播州一統、そう言われると考えた事が無かった自分に気が付く。独自勢力となったが、それでもこの家は東からの外敵に対する砦としてこの国を守ってきた自負がある。

 だが、この国をどうしようか、と思っていなかった事は否めない。浦上のような守護と成り代わる野心も父上には無かった。ただ戦い続け、その誇りだけが残ったのだ。


 話の趣旨はわかる。


 赤松様は最終勧告の使者としてではなく、衝突の瀬戸際で仲介者としてここに来たのだと。


 「黒田家の意志はどうなっているのですか?」

 「――そりゃ、当然、この話が不調に終われば、即座に攻め込むつもりだけどよ」

 「ッ!?」


 赤松様では無い、別の人間の声に驚き息を呑むと、赤松様の後ろに控えていた3人の内、真ん中に座っていた一番背の低い男が堂々と頭を下げた。


 「黒田家の当主やってる黒田左近将監隆鳳だ。左右は黒田官兵衛と母里武兵衛」

 「……今まさに天下にその武名を轟かせる当主と、その両腕と名高い二兵衛が直々にやってくるとは、恐れ入る」


 浮かしかけた腰をなんとか降ろし、それでも咄嗟に傍らの刀に手を伸ばすと、クシャリと何かを潰す感覚が伝わってきた。見ると、刀のあった場所に菊の花束が置かれていた。


 何故!?いや、どうやって!?


 驚く私の姿を見て、左近将監はにやりと笑った。


 「ああ、それな。ついぞ会えなかった、この地を長く守ってきた先代殿に手向けてやってくれ」

 「お、お心遣い感謝する」

 「いいさ。軍神殿……いや、播磨の守護神殿には一度お目にかかりたいと思っていたが、間に合わなんだ。すまんと伝えてくれ」


 騒然とする重臣らに手を挙げて宥め、ざわつく感情を落ちつけるよう息を吐く。ただ、真摯な言葉で語られた父に対する心遣いに対しては自然と頭が下がった。


 「ところで、別所さんよ。俺達はやる気でいるんだが、そちらの具合はどうよ?」

 「……赤松様の説得に応じて軍門に降るか、それとも一戦交えるか、か?」


 私の問い掛けに、左近将監は「ああ」と頷く。


 小柄でまた、左右の二人も非常に若い。だが、異様な存在感でやけに大きく見える。急遽躍り出た成り上がり者と思っていたが、この佇まいは違う。一転して殺気と思しき雰囲気を纏った彼からは、もっと重厚な何かを感じた。列席の重臣の内何人かが呑まれているが、その気持ちもわかる。


 類稀な武勇を誇る武将であり、時代の寵児とも言うべき野心家であり、そして、民を愛する施政者でもある。その女子のような容姿だけだと侮りたくもなるが、その評価に違わぬ佇まいだ。目を放したら……殺される、そんな予感がある。


 「答える前に一つ訊きたい。貴殿は播州を統一して何を望む?」

 「あ?播州を統一すれば戦が終わるという訳じゃねぇだろ。俺が望むのは天下を統一した先にある世の中だ」

 「天下、統一」

 「その途上で邪魔をするというならば潰す。手を貸してくれるならば……ありがたいと思う。俺達は別に播州がどうこうでアンタらと敵対したい訳じゃないんだよ」

 「……我々は道の上の障害物、とでも言いたいのか」

 「ああ、そうだ」


 何故、黒田家が我らを攻めずに突風のように但馬、因幡を奪い取ったのか、何となくだがその言葉で理解できた気がした。本気で天下を狙っているから、地盤の緩いこの近辺を奪い取り、強固な形にしたいがために一気に攻めとったのだろう。


 反面、この東播は違う。黒田家に靡いた人間も多くなってしまったが、外敵と戦う為に我が別所家を中心に結束がある。だが、播州を狙うという野心もそれほど無い。


 私たちは抗う事ばかりで、攻める事を忘れていたのだろうか。自覚すらしていなかった、その部分を見事に見抜かれたのかもしれない。


 「もし、黒田家に従うと言ったら?」

 「まずはこの地の安堵。誰かを罰するという主義じゃねぇんでな。それは確定だ。後はアンタらの働き次第だろ」

 「成程……少し、考えさせてくれないか」

 「ああ、いいぜ。ただ、次が控えているから悪いが少し早めに返事を寄越してくれるといいな」

 「次、とは?」

 「三好、浦上、尼子、毛利……今の所は、そんな所だな?官兵衛」

 「ああ」


 随分と敵が多い。それも強大な家ばかりだ。


 しかし、三好……か。話が家にとって怨敵だな。我々はずっと三好と戦い続けてきたと言っても過言ではない。黒田家が三好の奴らと手を結べばもっと楽になるのに何故それをしない、と訊くのは野暮か。


 「では、そろそろお暇するかね。次郎殿(赤松義祐)」

 「そうだな。では、色よい返事を期待しているよ」


 そう言って彼らが悠々と立ち去っても、強烈なしこりだけがこの心に残っていた。

 父上ならば何と言ったであろうか……。



 1562年11月初旬。


 東播 別所氏。一族郎党率いて、その所領安堵と引き換えに降伏。

 姫路黒田家による播州一統が成る。


 かつてあったはずの歴史から斜め上に飛んでいった時代は更に加速を始める。



 ◆

 余談


 銀山にて、沼っちと隆鳳 挨拶後


「ところで、殿。実はですが――」

「あ、そうそう、お前、但馬の北部の再編を任せるから。旧来の城を潰して、新城縄張りと但馬の中心となる街づくりと軍団の監督補佐な」

「!?」


沼田さん、不意打ちにより伝言言い出せず。

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