第28話 頂上会談 in ラーメン屋

 ひとつ、面白い話がある。


 ある父親が居た。

 彼は息子たちがしでかした事の後始末に追われていた。金勘定に、人の差配に通常業務。手が算盤をはじけば、頭の中では文言をこねくり回し、段取りをとってはぶち壊され、それでも「家」を護ろうとその仕事は連日連夜まで続いた。


 そうこうしている内に、いつの間にかその場を凌ぐどころか文句のつけようが無い程の「お釣り」を弾きだし、そして息子たちの帰還によりその戦いは圧倒的な大勝利で終わった。


 だが、そうして帰った家で、彼は崩れ落ちる事になる。


 久方ぶりに会った、下の娘の「お父様、痩せて良かったね」という裏表のない率直過ぎる言葉によって。


 彼はそれまでの激務による疲労と予想外の精神的衝撃でしばらく立ち直れなかったという。


 ……おやっさん。御勤め、ご苦労様っす。


 虎ちゃん、それはないわ。聞いた時、官兵衛と二人で大笑いしちゃったけど。


 「で、儂が寝込んでいるその間に、お前はまんまと商人にしてやられて、80貫も巻き上げられた、と。本当に報われないな、儂は」

 「面目ねぇっす……」


 ずるずると麺をすすりつつ、投げつけられる鋭い眼光に俺は心なしか小さく縮こまる。

 はい、というわけで縮こまらずともちっちゃい黒田隆鳳さまだよー。


 今、俺は姫路城下で営業を開始したラーメン?スープスパを実食中です。所詮、戦国時代の……と思いきや、鶏、魚介、塩で仕立てられたあっさり系スープの完成度が思ったより高い。勿論、味の深みが足りないとか色々と言いたい事があるが、これはこれでアリじゃないかと思う。材料の問題である以上、俺が作ったとしても、おそらくこれぐらいの味に落ち着くだろうと思う。


 問題はというと、少し値段が高いか、といった所だ。一杯が80文は庶民には結構厳しい。江戸時代の二八蕎麦の名前の由来が一杯2×8=16文と思えば破格と言えるだろう。

 だが、この味は売れる。現にこの店内は仕事上がりの時間帯という事もあり、城詰めの家臣らで埋め尽くされている。

 ……彼ら、時折、俺達の存在に気が付いてビビった顔しているけど、まあ気にしたら駄目だぜ。


 「これ、もう少し濃くてもいいな……」

 「お前は本当に馬鹿舌だな、官兵衛。これ以上濃くするには四足でも使わねぇと無理だと思うぞ」


 官兵衛は意外と豚骨とか好きそうだよな。流石は史実では福岡の主になった男か。

 俺?ラーメンは醤油派。昔ながらのあっさり系がジャスティスです。所謂「支那そば」系。だから、ラーメンじゃないけど、フォーなんかも好きだった。ただしパクチー、テメェは駄目だ。

 ……うん、好き嫌いは多いよ、俺。


 「お前ら儂の話を聞く気無いだろ?」

 「あるよ?」

 「食いながらか?」

 「そりゃ、麺が伸びちまうし」

 「それもそうか」


 俺も料理を作るからか、やっぱ料理はおいしいうちに食べて欲しいし、おいしいうちに食べてあげたいと思うんだよなぁ。

 そして、こんな謎理論で納得する辺り、おやっさんらもなんだかんだでメシにかける情熱は凄いと思う。官兵衛なんか、何だかんだ言いつつ一番食べるのが早いし。


 「まー、なんだ。80貫の出費は単位の確認を怠った俺の失態だ。改めて、無駄遣いしてすまん、おやっさん」

 「父上。この馬鹿を擁護する訳じゃないが、コレに言った所で無駄だと思う。コレは時折そういう致命的な事をやらかす」

 「……確かにそうなんだがな。御着城の件とか室山城の件とか因幡の件とか」


 うぐっ……今何か胸に刺さった!?


 つーか、言われてみれば、俺ってほとんどやらかした上で版図を広げているじゃないか……。


 「まあ、儂に言わせれば、生野銀山だけで済ませればいい物を、調子に乗って但馬全土に攻め込んだ件と言い、お前も相当なんだがな、官兵衛」

 「うぐ……しかし、根回しはしたはずだ」

 「時期尚早だと儂が反対した上で強行したら、それは根回しとは言わんよ?」

 「……はい」


 親父は強い(確信)。あー……なんだ、急にラーメンがしょっぱくなってきたぞ。


 「で、だ。次の事なんだが、年内は動かずか?それ次第で、儂らの動き方も変わってくるんだが」

 「動かず、というか、動けずと言った所だなぁ」

 「元々、丹波、丹後、攝津を視野に戦略を立てていたのだが、この馬鹿が因幡を獲った事で大分状況が変わってしまった。今の所は第一候補に攝津北部を考えているが、西がどう動くか……」

 「毛利と尼子か」

 「それはおそらく毛利が勝つ。問題は浦上」


 ラーメン屋でする話でも無いが、急遽始まった会議に若干ではあるが店内の喧騒が静まった気がする。そりゃ勢力のトップ三人がいきなりこんな話を始めたら困るよな。


 「浦上は今まで毛利と手を結んできた。そして、俺達が勢力を東にではなく、山陰に伸びた事で尼子とぶつかる可能性が強くなってきた」

 「ふむ……そして毛利が尼子に勝てば、次は儂らとぶつかる、と。そうなると儂らからしても毛利からしても、浦上が邪魔になってくる」


 正確に言えば邪魔になる、というか俺たちと毛利で取り合いをしたくなる、といった方が正しいかもしれない。戦略としては浦上を味方陣営に引き込んだ方が楽。だけど、俺たちには浦上を味方に引き込むのではなく、消したい。

 

「ああ、その事を踏まえたうえで、視点を変えて浦上の立場に立ってみる。赤松氏の勢力を牛耳っていた浦上からすればこの馬鹿が播州を完全に掌握した事を良くは思っていない」

 「反面、毛利に対しても、毛利の尖兵である三村氏が西から迫ってきている事で、不信感を抱いている。つまり、毛利―浦上の繋がりも弱まっている」


 浦上は諸手を上げて俺たちに与する理由も無ければ、毛利との関係性も一枚岩ではない。

 この微妙な立ち位置。微妙な状況。戦の匂いがしてくるよな。今の浦上はまさに火薬庫みたいなもんだ。


 「ふむ……浦上が尼子に与する可能性、というのは?官兵衛」

 「その可能性は、尼子に与している松田家に戦を仕掛けた宇喜多が潰した」


 悪辣過ぎるぜ、義父殿よ。一見すると「浦上家の家老として」当たり前の行動で、完全に手詰まりに追い込んだ。


 「……毛利が浦上との関係を修復する可能性は?」

 「そうなれば、浦上が目を向けるのは北か東。つまり、」

 「俺たちと戦だ」


 むしろ、そうなるように浦上を追い込んだと言っていい。まあ、怪我の功名なんだけど。


 「だが、浦上はそれも避けたい。ならば、」

 「……成程。読めてきたぞ。奴ら、三好と極秘同盟でも結ぶ気か」

 「ああ。だから俺たちは今動かない。動けない、といっていい」

 「そういう状況であれば、なおさら警戒は必要だな」


 今、一番俺たちに攻め込んでくる可能性が高いのは三好だ。本音を言えば俺達から先制攻撃を仕掛けたい。

 だが、俺たちが迂闊に姫路から外征に出ようとしたら、間違いなく浦上は兵を挙げて俺達に向かってくるだろう。宇喜多という緩衝材があったとしても、俺達と浦上の関係はそこまで焦げ付いてしまっている。


 では、先手必勝――と浦上に兵を向けるにしても、宇喜多との約束があるので、迂闊には挙げられない。


 前に俺は、宇喜多には備前、美作をやると言った。彼らが俺の傘下にあるならばまだしも、今は同盟関係でしかない。そんな中、勝手に俺達が兵を挙げて浦上を討ったとしたら――今度は宇喜多との関係がこじれる可能性が高い。こじれずとも、信頼はガタ落ちするだろう。それだけは避けたい。


 いずれにせよ、宇喜多が口火を切るまで俺は待つつもりでいる。俺達はあくまでも手助け。今後、宇喜多といい関係を築く上でも、今は馬鹿正直に約束を護るべき時だと思うのだ。

 

 それと、現実問題として、先に挙げた三好の動きの所為で、どちらにしても俺たちは動く訳にはいかない。ただし暗闘は行う。

 

 「儂らは隠密裏に尼子に手を貸さんのか?」

 「機を見る。なにせ、因幡も但馬もまだ不安定だ。兵站線も伸びる。理想を言えばギリギリまで追い込まれた段階で、助けを求めてくるようならば手を出したい」


 無い袖は振れねぇよ、と俺が追従するように呟くとおやっさんも納得したように頷いた。


 「……ふむ。道理だ」


 けど、最悪の事態を考えたら尼子と敵対は下策かもしれない。俺と官兵衛が想定する「最悪の事態」とは、毛利、尼子、三好、浦上、あと丹後の一色を加えた包囲網の作成だからだ。可能性は低いが、いつそうなってもいいように切り崩しの下工作は忘れないようにしておかないと。


 「父上には、浦上の領域に対してこちらから流れる物資を少なくするように仕掛けて欲しい。あからさまにならないよう、だが確実に響いてくるはずだ」

 「我が息子ながら、中々悪辣だな……」

 「あ。でも、おやっさん。宇喜多の義父オヤジには物資流しといて」


 東に姫路。北に因幡。海は村上水軍。意図せず囲んだからこそできる一国兵糧攻め。ジワジワ、ジワジワ、そういう策略が黒田官兵衛の真骨頂。


 「……ふむ。で、東は?」

 「次郎殿(元播磨守護 赤松義祐)が別所氏に引き続き、有馬氏を口説いている。別所とは長く戦ってきた相手らしいが、元は赤松氏の支流だし、現当主は俺の従兄弟らしいし」


 俺の母親の姉の子らしい。話はあまり聞かないが、俺と同じく赤松と細川両方の血を引くって事は相当アレな奴なんだろうと思っている。兵の損耗を避けるという意味合いでも、できれば味方に引き込みたい所だ。


 「はたして有馬が血縁と言うだけで動くか……?」

 「ちゃうちゃう。おやっさん。これは仲裁だ。有馬と別所の、な。もし俺達に与するならば、新たに土地を用意するから、呑めと言ってある。呑まなかったら血祭りだともな」

 「どこを提示した?」

 「赤穂。塩田の支援付きだ」

 「東の勢力なのに西に回すのか?その意図は?」

 「一つは代々小競り合いを続けてきた別所と切り離して、余計な火種を消す為。もう一つは三好から遠ざける為だ、父上」

 「……ふむ。しかし、多すぎじゃないか?石高で言えばほぼ同じだが、塩が付いたら別だぞ?」


 確かに。塩は大事な収入源になるはずだ。それを丸々渡すという事は多過ぎととられても仕方が無いように思える。


 「そこには戦略的な意味合い以外にも、政治的な意味合いが関わってるんだ、おやっさん」

 「どういう事だ?隆鳳」

 「有馬の勢力圏を考えてほしい。淡河おうご三田さんだは交通の要所だ。塩の利権も惜しいが、今後の戦略と、新都市構想の事を考えると山陽道と湯山街道の確保を優先したい。だから、それ相応の対価を用意した」

 「……ふむ。ついで、金は出るが、塩田の開発に有馬の人間を使う事で、儂らの負担も減らせるか。成程。して、代わりに誰を入れる予定だ?休夢でも入れるのか?」

 「そりゃ、皆のこれからの働き次第って事で。無論、候補はいるが、な」


 わざと声を大きくして言うと、辺りで聞き耳を立てていた他の客が動揺して、ガタガタと席を鳴らす音が聴こえた。最前線になるので流石に城主は期待していないだろうが、働き次第で、俺が重要視する地域の担当になれると思ったら、居ても経ってもいられないのだろう。


 いいぜ。存分に働け。存分に奪え。必ず報いてやるから。


 「外交の時期、という事だな。しかし、また金がかかるな……頭が痛くなってきた」

 「人材も育ってきたし、来年は税収の向上も見込めるから、今年ほどじゃ無いさ」

 「そうだといいがな」


 後は天候次第かな。やっぱ天気の神様ぶん殴ってくるか。


 それとも、誰か生贄に捧げるべきか……十兵衛とかどうだろう?うっかり神様の面を思いっきり引っ叩いてくれそうだ。


 「あとの問題は丹波だ。俺がずっと調略の手を伸ばしているが、独立の気風が強いからか、思ったより芳しくない」

 「でも、先ほど入った最新の情報によると、もしかしたらこの冬動きがあるかもよ?参謀さま」

 「お、何だ五右衛門。居たのかお前」

 「あら?この店を教えたのは誰だと思っているのかしら?」


 話に割り込む声に振り返れば、俺に背を向ける形で五右衛門が座って麺を手繰っていた。

 目立つクセに、こういう所は優秀だよな、無駄に。


 「で、どういう事だ。五右衛門」

 「どうも、ウチらの躍進に焦った三好の者が丹波の引き締めを開始したようね。もしかしたら、この冬、丹波の国人衆と三好との間でひと悶着あるかも」

 「つけ入るとしたらそこか。また少し働いてもらうぞ」

 「了解よ」


 背中合わせでそんなやり取りする姿は格好いいんだけどさ。ラーメン屋でやるなよ。豪快に麺をすする音が台無しだぜ。あ、お前、熱い物食ってるから鼻垂れてるじゃねぇか、官兵衛。


 ……しまらねぇなぁ。この2,5枚目の男は。


 「ふむ……では、こんな所か」

 「いや、あと一つあるぜ」


 言って俺は食べ終わったラーメンの器を置いて、辺りを見回す。店主は……いた。城の厨房に居たから、すごく見憶えがある奴だ。お前ちょっとこっち来い。


 「どうも……殿。それに皆様」

 「おう、予想以上においしかった」

 「あ、ありがとうございます」

 「けど、どうも気になっている事があるんだが、一杯の原価っていくらよ?」

 「……7割ぐらいです」

 「「高ぇ!?」」


 店主の回答に、おやっさんを含めた周りの人間から驚きの声が上がる。今この店に居る奴らの大体は内政方だ。日々数字と戦う彼らからすれば、そりゃ驚きの数字だろうと思う。現代ならば、飲食の原価は大体売値の3割ぐらいだが、この時代でそれは無理にしてももう少し低くしろよと言いたい。


 「俺はそれが気になってよぉ。俺に頼らず、美味い飯を広めてやろうって気概はすげーありがたいんだけど、お前も料理人なら腕の安売りは辞めろよ」

 「しかし、それでは、」

 「一杯の値段が庶民には受け入れられない物になってしまう、か?」

 「……はい」


 理屈としては店主も間違っていない。城では無く、街で店を構える以上、ターゲットは間違いなく庶民だからだ。そしてそれに対して、俺も文句を言うつもりはない。宮廷料理が源流のフレンチなどと違い、この国の場合、食の担い手は常に庶民だったからだ。

 そして、ラーメンにしろ、パスタにしろ、麺類は庶民の味方であるべきなのだ。個人的にもハイソで意識高い麺類なんてコレジャナイ感が強くて食べる気がしねぇ……。

 いや、まあ、イタリアンだとフルコースでも第一の皿プリモ・ピアットにパスタ使う事多いけどさ。それはそれ。


 「という訳で、この状況を何とかするのが俺達の仕事だと思うんだが?おやっさん」

 「……言わんとしてる事はわかる。わかるぞ……隆鳳」

 「要は安く食材を手に入れられるようにすればいいだけの話だろう?」

 「じゃあ、お前ならどうやる?官兵衛」

 「…………………………」


 流石の官兵衛も手詰まり気味か。なにせ、一朝一夕でどうにかなる問題じゃない。食糧問題は戦国時代の永遠の命題だからだ。

 だけど、本当は戦よりも大切な事だと俺は思う。


 古代中国、斉国の名宰相、管子曰く――倉廩そうりん(米蔵)(満)つれば即ち礼節を知り、衣食足りれば即ち栄辱えいじょく(名誉と恥の違い)を知る。今風に言えば「衣食足りて礼節を知る」。至言である。全ての国を奪い取ったとしても、腹が満たされない限りは戦国時代は終わらない。


 「……ごちそうさま。店主。お金はここに置いておくわよ、釣りはいらないわ」


 周りの人間も巻き込んで、それぞれ何とか名案を出そうと沈黙が続く中で、五右衛門が立ち上がって声を掛けた。

 五右衛門……お前、粋な真似をするじゃねぇか。


 「あ、ありがとうございます……80文丁度確かに」

 「五右衛門てめぇええええええええええええっ!!」


 俺の感動を返せ!!金額が丁度ならば釣りは出ねぇよ馬鹿野郎!


 「目下、課題は安定した生産量の確保か」

 「それと流通の問題だな、官兵衛」

 「美濃守様。いっそ効率のいい生産法の研究を、我らが主導で行ったらいかがでしょう?」

 「一考の価値あり。近日中に概要を纏めて議題に挙げよ」

 「はっ」

 「流通に関しては、関所の撤廃と道の整備で――」

 「一考の価値あるが保留。関所と交通は軍部との折衝が必要だ」

 「公営の市場を設けて市場価格の安定化を――」

 「そうなると予算の確保から――」


 お前らもクソ真面目だな!?いつの間にか、俺達の席の周りに他の客も集まって来て、揃ってアレコレと提案を始めているし……。


 割と何とかなりそうな気がしてきた。


本日の番外

その頃の宇喜多直家さんと花房又七郎さん


「姫路にらーめんなる新たな名物があるそうですね……食べに行きましょうか。又七郎」

「……また、某が他の者から「頼むから姫路への使者を代わってくれ」と懇願されそうな姫路行きの理由ですな、八郎殿」


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