第13話 苦労人 黒田官兵衛

 姫路 黒田官兵衛


 「む……しまった。寝てしまったか」


 いつの間にか微睡んでいると、外から光が差してきていた。昼夜問わず詰めていた所為で、どうやらいつのまにか寝ていたらしい。太陽の位置から中天は過ぎている。辺りには書きかけの書状と播州各地に予め伏せておいた物見からの報告書や私物の軍法書、そして床には寝ている間に落としたのか筆と墨が散らばっている。くそっ、墨で駄目になった物もある。


 そろそろ隆鳳たちも向こうを出た頃だろうか。


 アレが所帯を持つとは、やはり動乱の前触れか。抜身のように見る者を惹きつけ、引き込む反面、弱い所と危うい所を併せ持つ彼奴も、嫁という『鞘』を得て少しは落ち着くのだろうか。


 俺が自ら率先して話を進めたのだから、良い方向に転がってほしいものだが……今の彼奴はいい加減危なっかしくて仕方がない。


 その為にも、俺がしくじる訳には行かない。

 事態は既に動き始めている。先手を打ったが、この先どの様に転ぶかは不明だ。


 だが、どのような事態も想定してある。特にこういった時には、予想だにしない方向へと事態が転がりやすいことを隆鳳から、嫌という程学んでいる。


 たとえ……たとえ、隆鳳と武兵衛が衝動的に何処かの城を陥落させたとしても、


 「官兵衛殿!急報だ!浦上氏の室山城が攻撃されている!」

 「…………………………」


 ……滅多な事は言うものでは無いな。


 「……左京殿。想定内だ」

 「そ、そうか」


 舌打ちしたい気分を押し殺し、何とか平静を保つと、何人かの伝令を引き連れ、情報をもたらしてくれた同僚の櫛橋左京進政伊は一、二歩下がった。

 彼は隆鳳と武兵衛がやらかした御着城陥落事件―――通称『御着崩れ』の後に帰順してきた志方城主、櫛橋左京亮伊定の嫡子で、俺とは小寺の小姓時代からの仲だ。

 もっとも、小寺に勤めていた頃は最悪と言ってもいいほどの仲だったのだが。


 それでも、あの騒動の折に、たった二人で斬りこみ味方を斬り刻む馬鹿どもの姿を見て心が折れたのか、すんなりとこちらに帰順し、挙句、父親まで引っ張ってきた。隆鳳とも話し合ったが、今の彼の様子ならば、まず裏切ることは無いだろう。


 だが、彼の父親については……正直、疑っている。隆鳳が「武兵衛を連れて一度挨拶に行くか」と息子の返還を説きに来た使者に言った事が決め手となり、血相を変えて帰順してきた事には大いに笑わせてもらったが。


 人と言うものもわからんものだ。

 さて……感慨に耽って少し落ち着いたか。


 室山城襲撃か。やったのはどいつだ?隆鳳と武兵衛では無いだろう。本来ならば真っ先に疑うべき奴らだが、もしやったとするとなると一日早いか、一日遅いかのどちらかだ。


 宇喜多……謀殺ならば最右翼。だが、城攻めとなると隆鳳と同じく現実的ではない。


 浦上の弟……彼奴の居城、天神山城から進軍して、その襲撃を事前に察知できないというのはありえない。


 ならば、地理的にも、状況的にも考えるまでも無い。


 「やったのは龍野……赤松下野守か」

 「ああ」

 「やはり裏があったか」

 「どうもそのようだ。浦上政宗とその嫡子は既に殺された、とも」

 「城主死亡……その後に、城攻め。周到だな」


 室山城主、浦上政宗。奴は置塩の守護赤松家の政争に一枚噛んでいた。

 小寺家と手を組み、先代守護を追い出し、傀儡の若造を当主に仕立てた主犯の一人だ。そのため、追放した先代を保護した龍野城の赤松下野守とは対立をしていた。

 俺たちを出汁にして和睦を見せかけ、その仇敵を誘殺。その後すかさず勢力圏の併合を狙った軍事行動。実に赤松下野守らしい動きと言える。


 さあ、混沌としてきた。さあ、絡み合ってきた。包囲網は三竦みへ。考えうる中で最も理想的な形になってきた。思わずにやりと口角が上がる。

 


 「左京殿」

 「な、なんだ?」

 「赤松下野守から使者は来たか?」

 「いや、来ていない」


 赤松下野守が勝手に俺たちを味方だと思っていてくれれば好都合。だが、そこまで頭の中がお花畑ではないだろう。

 それでもお陰でこの戦、赤松下野守に対して攻め込む重要な口実が出来た。


 「こちらに通じている浦上の次男は?」

 「城に残っていた。だから、今、防戦の指揮を執っているはずだ」

 「上々」


 浦上の次男を助ける――それこそが戦争介入の口実。最悪、浦上の次男は討たれてもいいと思っていたが、生きているなら尚良し。

 室津浦上の二男、浦上清宗……といったか。奴はこちらで押さえたい。押さえておけば、後々、室山だけではなく、宇喜多の主の方の浦上家の勢力圏に進出する口実になるからだ。


 隆鳳はそういう事を気にせず、気に入らない物ならば口実も無しに攻め込む質だが、それでも「もしこの事態になったら」という話し合いの中で「浦上の次男はこちらで救い、宇喜多ではなく天神山の浦上でもなく、こちらに引き入れたい」と言っていた。今回は兵数などの現実面から宇喜多に任せるつもりだったが、本音では、海に面した天然の海の要塞である室山城、およびその城下町の室津を手元に置きたかったのだろう。彼奴の目は更に先を見据えている。


 「父上は?」

 「黒田美濃守殿は、急ぎ情報収集の差配を。兵は官兵衛殿の指示でいつでも出られる」

 「……では、出陣の前に伝令を」

 「伝令……御着城か?」

 「御着城と砥堀山城だ。御着には『状況一転。置塩と東に注視されたし。機先を制する為に東部に進軍、展開を』と。砥堀山には『置塩城を牽制しつつ、御着勢の後詰の用意を』」

 「東……別所か?」

 「守護が動くぞ。性格的に龍野を強襲するという真似はしないはず。だが、室山が落ちれば『次に狙われるのは自分だ』と考えるはずだ。そうなれば、まず間違いなく別所を引き込む」


 置塩城の守護赤松は後ろ盾を攻められ動かない。では、自由になった俺たちを放置するか――それはありえない。

 播州で未だ静観する三木城の別所と東部域の城はそれなりに誼を通じている。俺たちの勢力圏の切取を餌に、西に意識が傾いた俺たちの背中を刺そうとするだろう。守護の本拠は播州北部にあるが、地盤は小寺と別所――つまり、播州中部から東部だったのだ。

 

 「わかった――誰かある!伝令を出せ!」


 即座に駆け寄り、指示を受け取って去って行く伝令の背中を見送り、俺は素直にうなずいた。左京殿もまた、部隊を率いて戦働きをしてもらわなければならない立場だ。戦場の流れは掴んで居て貰わなければならない。


 「斥候は味方の動向も探る。別所、守護が動けば志方城をはじめとする勢力東部の離反も考えられる」

 「……悔しいがその可能性は否定できん」


 父親の離反の可能性を示唆されても自らの感情を抑え、嫌っていた俺の言を肯定するとは、ここに来てからこの男もだいぶ変わった。


 「そうなると西以上に東の戦線が拡大するな。それで、官兵衛殿はどうするのだ?まさか東部域を捨てるのか?」

 「否、海上交易路の確保は黒田家の戦略支柱。一度捨てた土地を再び手に入れ、販路の確保まで手掛ける難しさを考えるとそれはありえない。今は俺たちが『東に目を向けている』と誇示し、牽制を促す」

 「もし、それでだめだった場合は、二方面作戦になるのか?」

 「そうだ。帰路の遮断の為、隆鳳が戻れず、となると状況が厳しくなる。なので我々は奴の帰路を拓く為に西を優先する」

 「しかし今、主力を東にやったのだぞ?」

 「別所に東の国人衆が付けば5000はいく。こちらは東部域の総数が約2000。更に言えば各城に分散していて、各個撃破を狙われたら一瞬で融ける。抑える為にも核となる軍が必要だ」

 「しかし、」

 「そもそもが兵が足りない上に、東部には一方面の総指揮を担える人材がいない。故に、両叔父上を早いうちから東部域に投入する――東部に兵を多めに裂く理由は以上だ」


 このような事態になると、隆鳳が無理を通してでも宇喜多を取り入れようとしている理由がよくわかる。

 この地方は長い間小競り合いばかりを続けてきた。その為、統治に苦心し、今回の事態のような食い合いが生じる。小勢力同士ならばともかく、今回のような、ある程度の大きさの勢力同士の混戦が始まると、その小競り合いに慣れてしまった将では到底捌き切れない。ある程度大局を見極められる人材でないと無理だ。


 隆鳳はそれを見越して、資金難を推してでも常備の馬廻りの設立など、将を育てようとしていたが、結果として間に合わずだ。同時に外部に人材を求めているのがその証左。


 その隆鳳が見込んだ宇喜多にも、播州諸侯と同じことが言えるが、隆鳳は宇喜多直家から『何か』を感じ取ったのだろう。実際、俺自身も何度か彼奴と話を重ね、隆鳳と同じ『頼るに値する』という結論に達していた。


 いずれ芽吹くか、根腐れするか、はたまたここで朽ちるか。ここが正念場だ。


 「そして肝心の赤松下野守だが――」

 「話は聞かせてもらった。奴とは因縁がある。私が手勢を率いて出よう」

 「却下だ。藤兵衛殿には無理だ」

 「小寺様は大人しく物資の管理をお願いします。この先は物資が大事になってきます」

 「うぐ……汚名返上の好機がぁー……」

 「……というより、いつから居たんですか」


 ……まったくだと思うが、触れてやるな、左京殿。

 ああ見えて、中々考えている人だ。あれからお互い忙しすぎて、隆鳳の事をすっかり聞き忘れているが……。


 しかし、小寺は論外として、隆鳳と何度も話し合ったが……やはり俺が行くとするか。


 人事尽くして天命を待つ―――俺が嫌いな言葉だ。天命などいらん。骨の髄まで人事を尽くす。だが、今は隆鳳の帰還と、東部戦線の沈静化という運の左右に頼らざるを得ない。


 「左京殿。城内に陣触れを。敵は赤松下野守」


 それでも人事を尽く続ける。天命はいらん。貴様を待つ。

 始めようではないか。隆鳳。


 余談

ちなみに官兵衛さん16歳。

隆鳳も武兵衛も16歳。誕生日順だと武兵衛→官兵衛→隆鳳。

左京さんは史実では生年不詳ですが、18ぐらいと考えてます。

黒田家は戦国時代という事を抜いても結構平均年齢低め。

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