嫁取りは戦乱と共に

第8話 陰謀は土間メシのあとで

やっちまいました。えらく怒られました。一カ月土間メシの刑に処されました。一応、大名家の当主やってます。黒田隆鳳さまだよー。


 さっき、報告の兵が来たけど、屋敷の戸を開けた瞬間、丁度土間で朝食を食っていた俺と目が合い、無言のまま戸を閉じて帰ってしまいました。


 いや、おい、帰るなよ。せめて報告していけよ。俺、ここにいるから。


 関わりたくないのはわかるけど。


 俺だって、屋敷の戸を開けた瞬間、殿様が土間で正座しながら一人メシを食っていたら、同じような反応をするさ。一体何のドッキリなんだろうと。あるいは笑ってはいけない姫路城か。


 いやしかし、食べる物に困っていた時期よりは何倍もマシだけど、土間は正直辛い。小石が足に食い込むわ、寒いわ、シビれるわ、埃が舞ってメシに入るわ、通りがかりの者から憐みの目か、好奇の目かで見られるわ……ロクな事にもなりゃしねぇ。


 城を落した御褒美、と言い変えるとちょっと意味深な響きにならないか、だって?残念ながら、新しい扉を開けるつもりはないんだ。


 「でも、まあ、メシが食えるようになっただけでもマシか……」


 ため息を吐く代わりにめざしを頭からかじりつく。醤油はないが、今日はやけにしょっぺぇ。


 事故のような形で御着城を落としてから半年が経った。こうやってまともにメシを食えるようになったのはつい最近だ。それまでは事後処理だとか色々とあり過ぎて、こうして未だに居候している城内の屋敷にいる時間すらあまり無かったのだ。


 自業自得とはいえ、さんざん働いて一息つけるかなと思った瞬間、『じゃあ、お前土間メシ一カ月な』、とおやっさんから言われた時の突き抜けるあの感じ。一瞬、浮遊感を感じたね。


 ……おやっさん、相当根に持ってるな。実際、俺が御着城落とした後、目眩で倒れて、それから三日ほど引き籠っていたし。その甲斐もあって俺とおやっさんらとの共謀がバレなかったから、けがの功名ではあるが。


 ……もう絶対見切り発車で城なんて落としたりしない。絶対。そんぐらい忙しかった。


 小寺家の本拠である御着城を落としたとはいえ、一つの勢力が一つの城だけで済む訳が無い。黒田家が小寺家の配下であったように、他にも沢山の家が小寺家に従っていたのだ。それらを早急に鎮圧、調略。なんとしても勢力基盤を掌握する必要があった。小寺氏配下の内、何名かは逃げおおせたが、まあ、取るに足らないと放置している。


 人員増加に伴い、厄介だったのが家臣団の構築。


 姫路黒田家という母体はあるものの、俺自身に関しては直参の部下など無きに等しい。そもそも、黒田家中の完全に掌握もできていない状態だったので、これに関しては困難を極めた。


 小寺の人員が手に入ったとはいえ、かつて重臣だったからとそのまま据え置きにする訳にもいかない。城主は誰に?忠誠度はあるのか?人となりは?


 俺に前世の記憶があるとは言っても、このあたりの詳しい業績など知っているわけじゃ無い。前世での、戦国時代の播州に関しての印象など「こいつら、いつ織田の傘下にくだってたんだ?」だ。気がついたら、姫路城に秀吉がいた、といった感じだ。


 なので、自らの目で判断した。面接をして、周辺からの評判を調査し、適性を見極め……終わらないっす。


 実は今も土間メシの傍ら、報告書に目を通している。多分、今逃げてった奴は書類のおかわりを持ってきた奴だ。


 プラスなのは、御着の件が影響してか、足軽から部隊指揮官クラスの掌握が楽だった事と、赤松下野守を始め、他の勢力が俺たちを警戒するあまり動かなかった事だろうか。


 ……姫路の首刈り様とか、姫路の小鬼様とか、色々影で言ってんのは知ってっぞ?テメェら。

 とりあえず主要な部隊については黒田式と呼んでいる地獄の訓練を課している。出自に関わらずと馬廻りの応募をかけ、俺の直轄兵を編成中だ。いくら兵を増やそうとも中核がヘタレじゃ話にならねぇ。姫路の兵隊を鍛え上げたノウハウがあるから、何とか俺が直接触れずとも練兵は進んでいる。城の前に積み上げられた脱落者の多い事……まあ、俺がもたらした練兵のノウハウは所謂現代のレンジャー訓練や特殊部隊式だから然もありなん。

 所謂兵農分離を行った直轄兵は金がかかるから少数精鋭で良い。脱落者が居た所で金をそれほどかけずに兵力の水増し程度には使える。編成にあたって一番順調に進んでいるカテゴリーだ。


 編成に当たって頭が痛いのは重臣格。まだ未配置が多いこともあり、圧倒的に人材不足だ。


 何も考えなしに人を増やすことは簡単だ。けど、そもそも経済基盤が安定していない俺にとって、ここは熟慮したい所である。無駄金は使いたくない。そして無能はいらん。たとえその使えない奴の家柄が良かったとしても、だ。


 さしあたって、おやっさんこと黒田美濃守職隆は筆頭家老。

 一門衆に前回出番のなかった伏兵、井出友氏と小寺家に仕えていた黒田休夢(おやっさんの弟、友にぃの兄)。友にぃには現在御着城を任せ、休夢の禿おやじは小寺時代に所領していた北の最前線、砥堀山城をお願いしてある。身内は勝手知ったる相手だから楽だ。


 黒田家の譜代の家臣では、武兵衛の親父、母里小兵衛は家老格。


 小寺家からは、前君主、小寺藤兵衛政職。また、御着城落城後に帰順してきた、東に位置する志方城城主、櫛橋左京亮の所領を安堵。後は最近、志方城からさらに東にある枝吉城より、官兵衛のおっかさんの実父、明石正風から帰順の申し出もあった。これもそのまま据え置きにしてある。

 後は、半分ほど身内扱いになるが、おやっさんの後妻――つまり俺と官兵衛にとっては義理の母親になる方の実家、神吉家の帰順辺りがトピックスだろうか。


 編成とは言っても大体が据え置きになってしまっている辺りが少し歯がゆい。いずれ手を付けなければならない箇所だ。

 

 そして、官兵衛は……あいつだけ立ち位置微妙やな。一門衆であり、かつおやっさんの後継なので、正式には役職に就けていない。ただ、この軍のナンバー2、家中においてはナンバー3なのは家中でも公然となっている。今は、目下赤松家攻略のための軍務と、姫路城の改装を中心とした軍政に苦心してもらっている。


 ……今度は台無しにしないって。あの野郎、おもくそぶん殴ってきたからな。ぶん殴り返して、結局はいつものように喧嘩になったけど。


 あと、武兵衛は母里家の跡継ぎだが、アイツ調子に乗っているんで、今編成している馬廻りを纏めてもらっている。練兵自体は親父の方が指揮しているので、馬廻りの筆頭扱いといった所だろうか。勿論、アイツも地獄の訓練を受けているのだが……まあ、平然と訓練をこなす事。体力だけは流石と言うしかない。


 目下目標はあの野郎に苦労させる方法を考える事だ。

 ……武兵衛。跡継ぎだからってテメェだけは楽させねぇぞ。俺も官兵衛も苦しんでるんだからな?!


 「んで、あとは、小寺のおっさんをどうするかだな……」


 今現在、小寺政職……家臣になったので小寺藤兵衛と呼んでいるが、アレは内政のアドバイザー的な位置に据えている。なんだかんだでこの近郊を纏めていたのはヤツなのだ。その意見をつぶさに聞き取り、領地経営に踏み出している。

 本人は投降した際に死ぬ気満々だったそうだが、死んで楽にはさせない。生きてキリキリ働いてもらわな、こっちが死んでまう。


 小寺家というのは、勢力こそあったが、守護赤松家の家老の家だ。よくもまあ、ただの家老の家があの性格で伸びたものだと感心するが、どうにもこうにも本人に武将としての適性が全くと言ってもいいほどない。


 ひとつ例を挙げるとするならば、俺と武兵衛が御着城に斬りこんだ時だ。


 あ い つ な ん で 俺 た ち の 目 の 前 に 来 た !?


 本っ当に意味が分からん。少人数が大人数に勝つためには、頭を押さえる事がセオリー。とはいっても、官兵衛とおやっさんとの約束もあったので、俺はそれをやるつもりはなかったのだが、そんな事知る由もないアレがなぜ目の前にいたのか理解できない。俺じゃなかったら投降の誘いなどしないで、真っ先に首を獲りに行ってたわ。

 そして、アレが目の前にいるにも関わらず格好付けた俺が一番のアホやったわ。


 ……ああ、まあ、武兵衛と2人で斬り込んだ時点でアホで確定してんだけどさ。


 それとなく小寺藤兵衛になんであの時出てきたのか、と聞いてみたら曰く「興味本位だった。けど、実際に見たら勝てないと感じて、気が付いたら投降していた」だそうだ。お粗末すぎて意味が分からん。

 官兵衛から聞いた話だが、大分奥さんから叱られたそうだ。


 ただ、まあ、一応弁護しておくと、彼は思ったよりも政治方面で有能だ。住民などからも支持は篤く、今手掛けている租税改革や城下町―――特に武家町の縄張りと交易港の整備、堺の商人らとの通商交渉の差配など、おやっさんと並んでかなりの活躍をしている。


 それを鑑みると、このまま兵権を持たせない内政官の親玉として収めるのがベストかなぁ?アイツ、えらいゆるキャラだけどな。


 武兵衛の無双などの例もあるし、もういっそ、俺は前世でネームバリューのあった奴を集めようとするのではなく、無名だった奴を育てようかなと考え中だ。

 強い兵隊もそうだが、優秀な人材がある日突然空から降ってくる訳でもねぇ。自前で育てる必要がある。


 いわば、黒田家は育成型球団です。伸びる事を信じて どんどんこき使うけど、まだ貧乏だから、余所から強奪されそうなところまで一緒。地元愛が強いぜ。くたばれ金満球団。


 「貴様は……朝から何、百面相をしているんだ」

 「あ、おい、俺のメザシ!」


 横合いからひょいっと伸びてきた手が俺のメザシを掻っ攫い、それをじっくりと味わい嚥下した後、その奪った犯人は深くため息をついた。


 ……殴るぞ、この野郎。たった三匹しかいねぇんだぞ、メザシ。


 「また、土間飯の刑食らってたのか、隆鳳」

 「『また』じゃねぇよ!『まだ』執行中なんだよ!つーか、人のメシ獲るなよ!」


 人を常習犯みたいに言うんじゃないよ。賢そうに見えて俺と並んで土間メシ常連の癖に。


 「隆鳳。すぐ発てるか?共は俺と馬廻りだけでいい」

 「……今度ぁ何があった?」


 神妙な官兵衛の声に、俺は視線もくれず箸をゆっくり置き、口を拭った。


 「砥掘山だ。叔父上から厄介事が持ち込まれたと報告があった」

 「休夢のハゲおやじから?」


 北、という事は赤松関連か……それとも、おやっさんと並んで顔の広いハゲの事だ。何か『つなぎ』があったのかもしれない。俺がようやく顔を向けると、官兵衛はゆっくりと頷いた。


 「来客あり、機密事項ゆえに詳細は現地で。とりあえず来い、だそうだ」

 「わかった。すぐ出る」


 旗揚げから半年。運がいいことに地盤を固める時間が出来たが、次の戦は近い。

 その確信を持ちながら、俺は立ち上がった。



 オマケ


「おい!貴様!馬に乗れ!なんで走っていくんだ!?」

「あいつ、馬より早いぞ……」


その日、騎馬集団を足でぶっちぎる若き殿様の姿を見た農民が多数いたとかいないとか……。


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