第7話 寝釣りの計

 人を殺すのは簡単だ。

 刃も弾も必要ない。殺すという意志と、行動が伴えば相手は死んで逝く。


 ……その一線を踏み越えられたのならば。


 人は思ったよりも簡単に死んでしまう。

 それこそ「殺す」という他者の意志も必要ないぐらいに。

 一度死んだ事があるから間違いない。


 「……なんちって」


 ちょっと詩人ぶった感傷におどけて一閃。刀から伝わる確かな手応えから数拍、視界の端で血煙が吹き上がる。


 これで何人だ?


 人を殺すのにためらうという段階はとうの昔に過ぎているが、それでも殺した数を律儀にカウントして自慢する悪趣味はない。


 ……かといって、殺した相手を憶えて心に刻むほど殊勝な性格でもないけど。


 飛んでくる矢を無造作に左手で払いのけ、目の前の者の首へと野太刀が自然と吸い込まれていく。首だけでは止まらない勢いのまま、身体を沈め、巻き上げる様に斬り上げ一閃。背後から狙おうとして、足を断ち切られ、のた打ち回る兵には目もくれず、一息つきながら刀身についた脂を一振りで振り落すと、真っ赤な直線が地面に描かれた。


 たった二人の若武者に何人も斬り伏せられ、それぞれの表情から若干の恐怖の色が見て取れる。だが、それでも周囲を見渡せば、遠巻きながらの囲いが崩れる様子はない。その囲いのうち、少し離れた所で、風が唸るほど武兵衛が槍を振り回すたびに、囲いがいびつな形へと歪んでゆく。


 人気者はつらいね。それでも挑もうとする者は後を絶たない。


 「度胸と意地と忍耐の強さだけならば、日本一だな、播州ソルジャー。どいつもこいつも個々の功名心と我が強いからアメリカ人みてぇだ。いや、でも……噂の薩人マッスィーンには負けるか?」


 そういえば、前世でやったゲームのイベントで島津のNPC一人に大手PC軍団が壊滅したと聞いて、鼻水を吹きだした事もあった。それから仇討ち掲げて吶喊してタイマン張ったけど、おそらくアイツとやりあった時が、前世の中で最も輝いていたかもしれない。だが、この世界の薩摩人はもっとまともであってほしいと心から願う。


 一息ついでにふと確認すると、全身のあちこちが返り血で赤黒くなっている。小さな傷はあるが、特に問題は無さそうだ。


 体力はまだ十二分に残っている。見る限りでは武兵衛も問題なさそうだ……つーか、あいつすげぇな。一振りで人が宙を舞うとか、三国志の張飛か呂布の生まれ変わりじゃねぇか?アイツ、槍に鉄芯入れているのは知っているが、よく槍が折れないもんだ。


 俺の刀は無銘だが、戦死した親父が遺した業物。一振り――といっても、剣客みたいにかっこよくは決まらないフルスイングだけど――で血や脂が落ちる事を考えると、百姓が持つには分不相応なくらいの逸品の様な気がするのだが、これでなければ、とっくに脂で斬れなくなっていただろう。ゲームのそれと比べると性能に不満はたくさんあるけど、継戦能力だけを見ると、これ以上ない働きをしている。


 気分は……うん、やっぱ実戦という事もあって少し硬くなってるかな。


 そう考えると、そろそろお開きにしたい。相手方の様子を見る限り、勇敢で蛮勇な彼らはしっぽ巻いて逃げてはくれなさそうだし、出番は今か今かと伏せてる兵たちが暇で寝ちまう……そうなったら、釣り野伏じゃなくて寝釣りだ。


 寝ー釣りー……。


 「はっ!今、新しい戦術が……」

 「余裕だな、大将―――」


 視界外からの気配に無意識に反応してしまった刃が、ぴたり、と武兵衛の喉元で止まった。

 そのまま咄嗟に滑り込むように、武兵衛の背後から迫ってきた少し身なりの良さそうな武者の首をはね飛ばす。振り返ると、そのまま入れ違うように、武兵衛の槍が反対側の敵の右腕を肩ごと吹き飛ばしている所だった。


 「すまん!武兵衛。危うくマジで斬る所だった」

 「あー……こっちこそ、すまん。俺が迂闊だった」


 そのまま二人、再び背中合わせで謝りあうと、二人揃った事に警戒心が増したのか、包囲が厚く、そして遠巻きに変わっていった。


 そりゃ……そうだろうな。気が付けば足の踏み場もほとんど無い程死体で転がっている。たった二人にここまでやられたら、警戒も増す。


 俺がこの城勤務だったら、しばらくは悪夢で寝付けないだろうな。


 「少し深入りし過ぎたな。門が遠い。官兵衛はどこにいるやら」

 「……正直言うと、俺はお前についてきた事を凄く後悔している。それに、今思い出したんだが、」

 「どうした?」

 「いやー、よくよく考えたら初陣だわ、俺」


 それはまた御愁傷様、と呟きながら笑うと、背中越しにうるせぇ、と情けない声が聴こえる。


 誇れよ、武兵衛。筆頭手柄だ。


 「武兵衛。初陣ついでにこの城落としちまうか?」

 「……そろそろそう言い出すんじゃねーかな、と思ってた」

 「まあ聞けよ。名案を思い付いたんだ」

 「絶対ぜってー駄目なヤツだと俺の直感が囁いてるんだが……とりあえず言ってみろ」


 相手も警戒してかかってこないからか、武兵衛も軽口に乗って次を促してくる。おそらく、俺と同じで少しでもおどけていないとやっていられない心境なのだろう。俺も少しだけ肩の力を抜いて、囲む兵に見せつけるようにおどけて見せる。


 「まず、俺たちがこのまま戦い抜きます」

 「よし、却下」

 「聴けって、馬鹿。で、その間、伏……城の味方が寝て待ちます」

 「………………………………」


 ……正直すまんかった。伏兵と言いかけた。


 「……で?」

 「彼らが起きた時には―――何という事でしょう?!」

 「何という事でしょう、じゃねぇよ!?」


 この『寝釣りの計』は戦術の斜め下最先端だと思うんだが……やっぱ却下か。ま、官兵衛がいなきゃ俺の戦術なんてこの程度だ。


 本気で2人で戦いぬく気なんて無い。本命はわざと声を張り上げて『二人で落とす』と宣言して、動揺を誘う程度だ。


 とっておきのジョークなのに囲む敵で笑う者はいない。いきり立つ者が2割。戸惑う者2割。引き攣った顔をしたり、泣きそうな顔になった者が6割と考えると上々だな。少なくとも今まで顧みることなく斬り続けた甲斐がある。


 「で、そろそろお遊びはお開きにするか?大将」

 「……そーだな。官兵衛は出てこねぇし、ケツくって逃げるか」

 「逃がしてくれる気は……あ、駄目?やっぱり?」

 「そりゃそうだ、武兵衛。せめて本日のお礼を言ってから帰らないと」


 一歩。


 俺が踏み込むと、微かに引きつった声が混じったざわめきが生まれる。

 空気のひりつき方が酷い。あぁ、髪が汗でべたついて鬱陶しい。


 一歩。


 どよめく人垣の正面奥―――城の奥手から人がかき分けて進む様子が見て取れる。


 「よぉ、遅かったな。官兵衛」

 「隆鳳……貴様ァッ!」


 そして人が気の奥から息を荒げて現れた親友に向け、野太刀の切っ先を真っ直ぐ向けながら声を張り上げる。

 その後ろにいる一際華美な鎧を纏った気の弱そうなおっさんは御着城主、小寺政職か?

 よくもまあ、こんな所まで顔を出したもんだと思うが、今となってはもうどうでもいいか。現場の惨状に何もしなくても死にそうな表情してるけど、大丈夫か?


 ここから先は打ち合わせなんてまったく無い、完全なアドリブだ。付き合ってもらうぜ。


 俺と武兵衛を責めるように苛烈で、それでいてどのような事態になるか好奇心を隠せない官兵衛の真っ直ぐな視線に、喉から出る声に知らず知らず気迫が宿る。


 「選べ!抗うか否や!」


 声を張り上げると、どよめきが大きくなる。返事は正直どっちでもいい。

 官兵衛と御着城が抗うなら俺達は血路を拓いて撤退。その後、追手を殲滅して本日の挨拶とすればいい。流石にこれだけやれば伏兵隊も配置が終わっているだろう。終わっていなかったら終わっていなかったでまたやればいいの話だ。


 そうでないのならば―――まあ、常識的に考えてそれはありえないだろう。


 官兵衛が黙って刀を抜き払った。成程、官兵衛がそう来るとなると、今回は撤退でいいか。2、3合でも合わせて鍔迫り合いに持ち込みながら、こっそりと言葉を交わして簡単な段取りをすればいい。


「抗うのならばこの城、この場で皆殺しにしてやる!それがいやならば―――この場で降れ。身の保証は約束しよう。選べ!」


 言いつつも、俺は刀を握る手に力を入れる。こちらは二人。相手は最低でも1000、各地から援軍でも来れば優にその倍はいくだろう。この場での降伏勧告など聞き入れられるはずもない。


 そう、多寡を括っていた。


 「ふざけるn――――」


 「――わかった。降ろう」


 …………んっ?


 「「……えっ?」」


 今、何か変な声が割り込んできた様な……気がするんだが。

 官兵衛が代理で声を張り上げようとした瞬間、気が弱そうな外見からとは思えないほどの声で、小寺政職が思いもよらない返事を投げ返した気がするんだが……。


 あ、背後で武兵衛が驚き過ぎてむせてる。


 「御着城城主、小寺藤兵衛政職以下、将兵。黒田家に投降を申し込む。敗将の身で図々しくはあるが、御着城の将兵の助命を願う。頼りない主ではあるが、これ以上将兵がこうも見事に惨殺される事態は看過できぬ」

 「「…………………………………………」」


 血だまりとなった地面の上に膝をつき、頭を下げ始める殿さまの姿を見て、動揺し過ぎた俺と官兵衛は視線でどうしたらいいか牽制しあうが、二進も三進も行かない。

 お前の仕込みか?と無言で問えば、違うと官兵衛は首を横に振る。


 ……いや、マジか。終わっちまった。


 「……大将、黒田隆鳳だ。小寺政職殿の英断に感謝する」


 どうしよう?3人?2人で寝釣りの計を本当にやっちまったんだが。いや、勝つつもりでは居たよ?でも今じゃ無い。今落とすつもりなんて無かったんだ。今日は挨拶だけやって。威嚇だって。伏兵どうすんのさ?つか、俺が混乱してどうすんのさ?


 あれか。


 とりあえず言わせてくれ。


 小寺さん。アンタ……。



 何という事をしてくれたのでしょう?


 ◆


 全国に衝撃と共に情報は伝わる。


 播州姫路の黒田隆鳳。


 自ら斬り込み、播州小寺氏が居城――“播磨三大城”が一つ御着城を攻略。小寺政職以下、降伏にて決着。


 1000名以上の兵が籠る大名の居城を攻略したその兵数は――たったの2名。







 オマケ とある森にて


「来ないですな……」

「ですねー」

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