第6話 冷静と情熱のあいだ

 黒田官兵衛


 短い人生だが、退屈とは無縁だった。退屈と言うには突拍子の無い事が多過ぎたからだ。人はそれを「慣れ」と呼ぶが、これほど慣れたくない「慣れ」も珍しいのではないだろうか。


 慣れたと思ったら、またとんでもなく痛い目に遭うからだ。


 常日頃から、馬鹿共と一緒にいた所為か、突拍子の無い事に対しての耐性が付いたと思いこんでいたら、とんでもない。


 隆鳳の暴発については、何となく覚悟はしていた。それこそ、親父の恩人の子で孤児だと引き合わされた頃からだ。


 何度ぶん殴ったかわからない、見慣れてしまった女子のような青白い顔。だが、話せば知性はあり、天性の武芸と才気を持ち合わせ、そしてなにより、怨念にも似た何か逆らい難い強い感情が灯った瞳をしていた。


 後々になって聞けば、詳細は話さなかったが実の父が死んだ後、相当酷い目に遭ったという。親父は何かを知っているらしいが、それも口を噤んだままだ。憶えているのは、初めて引き合わされた時、隆鳳から夥しい程の血の匂いがした事だけだ。

 詳しい事情については俺は訊けていない。兄弟づきあいをしているとはいっても、中々触れられない部分がある。


 それだからなのか、城内の皆―――とくに死んだお袋から可愛がられ、俺自身も、自分にしては珍しい程に面倒を看る事になった。どこか危なっかしくて見てられなかったからだ。


 そうして長い付き合いになって、人懐っこさも増え、少し安心していた所もある。


 だが、元々才気にあふれていたその器は、眼に見えて大きくなっていた。特にお袋が死んだ時、何を言われたのか知らないが、人が変わったかのように武芸に励み、書を読み始めた事が大きい。


 俺が隆鳳に仕える事を肯んじた理由はいくつかあるが、やはり、決め手になったのは、その決起の時、昔のような暗い瞳じゃ無かった事だ。つまり、恨み辛みではなく、その器の大きさゆえの決起だった事だ。


 だが、同時にアイツはいつも早急に事を決め過ぎると思った―――


 「ふむ……謀反な。いかがいたすか……」


 ……のだが、今となっては隆鳳のような拙速さが好ましいと心から思う。

 この三日、頭を悩ませたのは隆鳳の事では無い。三日説いてようやく鎧を着る気になってくれた前主君、小寺政職の事だ。


 隆鳳のような突拍子の無い奴も相当アレだが……愚図だと本当に頭が痛くなる。これでも一つの勢力を抱えている方だ。ぼんやりとしている姿を心から侮る訳にはいかないが、今回はどうも度が過ぎている。

 それも、だ。芝居の上とはいえ、家を奪われ、家族を囚われた側近の前にて、挙兵するかどうかを悩む時点で見限られてもおかしくは無い。一体、どういう神経をしているのか、頭を断ち割ってみたい。


 周りを見てみろ。誰もが俺を同情の眼で見始めたぞ?普段は『余所者』と俺を蔑む連中までもだ。


 「それにしても、官兵衛。よくぞ知らせてくれた」

 「は。殿と奥方には恩義がある故に」


 話を逸らしたいという意図を知りつつも、甲斐甲斐しく頭を下げるフリをする。本当に恩義があるのは貴様じゃ無くて、奥方様にだがな、と心の中で添えて。

 ハッキリ言えば、俺と親父はこのバカ殿の正室の方に常日頃から目を掛けてもらった恩義があったからこそ、隆鳳に命乞いをしたのだ。こいつなどオマケに過ぎない。


 「して、いかがいたしましょう?姫路は眼と鼻の先。禍根を残す事になりますぞ」

 「わかっておる」

 「龍野の赤松下野守と手を組まれたら……」

 「それはない」


 他の重臣とのやり取りの中で、優柔不断の割にはキッパリと言いきった姿に違和感を覚えた。確かにその通りなんだが……普通この状況で考えたら隆鳳の謀反の背後には赤松下野守が居ると考えるだろう。

 ……何か掴んでいるのか?それともただの馬鹿なのか? 


 「官兵衛」

 「はっ」


 おっと、疑念が顔に出てしまったかもしれない。思わず頭を下げて平伏する。


 「そなたは残れ。皆、少し外してくれないか」

 「……はっ」


 雲行きが怪しくなってきたな。俺と隆鳳の繋がりを疑うならば人を追いやる必要はない。やはり何かある。俺が知らない何かが。

 その疑念は首を傾げながらも出ていった他の者たちと入れ替わりで、奥方様が姿を現した事で確信へと変わった。


 「して、何用でしょうか」

 「用では無い。ただ率直に迷っている」

 「何を迷っておりましょうか?」


 流石にここまで来れば察する事が出来る。

 隆鳳と小寺政職は何らかの縁がある。おそらく隆鳳自身も知らない。けど、背かれて尚躊躇うほどの繋がりがあるはずだ。

 たとえば、隆鳳が黒田家ウチに来るように勧めた、とか。手繰ればあり得そうな話だ。なにしろ、隆鳳がウチに来るようになった詳しい経緯を知っている者は不自然なほどに少ない。

 隆鳳本人はあまり隠し事が得意ではない。どうでもいい事をシレッとした顔で嘘を付く事はあるが、重要な事は逆に曝け出す所がある。だから……やはり本人も知らないセンが濃厚だ。なにより、小寺政職に対しての何の感情も抱いていない様子だった事が引っ掛かる。

 それもちょっとやそっとじゃない。表沙汰に出来ない程の何かだ。

 

 ……という事は親父は確実にそれを知っている?その上で背いたのか?だから助命嘆願したのか?


 「実に困った事をしてくれた。故に、お前の意見を訊きたい」

 「……彼奴アイツを殺すのがお望みか」

 「否。出来るならばもう既にやっている」

 

 徹底的に敵対したくない……いや、小寺政職が抱いているのは、どことなく後ろめたい気持ちだろうか?


 「それに殺したいのならば悩まんよ」

 「……その辺りの事情をお伺いしても?」

 「それは―――」


 まさに核心に触れようとした瞬間、外からドカンッと尋常ではない音が響き、思わず腰を浮かした。


 「なんだ今の音は!?」

 「正門の方だ!」


 外からは即座に人が急いで走って行く音がする。俺は背中に冷たい何かが滝のように流れるのを感じた。主君の前であるが思わず舌打ちを一つ打つ。


 まずい……心当たりしか無い。彼奴はもう少し我慢という物を知らんのだろうか?!


 「敵襲か!?」

 「はっ!姫路の手勢より襲撃を受けております!」


 内心俺がどうしたらいいか訊きたいぐらいなんだが……まあ、間が悪かったとしか言いようが無い。本音では開戦を避けたがっていた小寺政職には悪いが、もう引き返せない。

 視線を小寺政職に戻すと、奴は困ったように肩をすくめた。もうどうしようもないという事は本人も十分に理解しているらしい。


 ……惜しむらくは、事前に俺が事情を全て把握していたか、または隆鳳にもう少し堪え性があれば。


 「どれぐらいの規模だ?」


 流石に隆鳳でも本格的に攻め込んできたという訳ではないだろう。おそらく偵察……いや、威嚇か。


 「それが……」

 

 報告の者が口ごもっている間にも外からは聴き憶えのある雄叫びが聴こえている。隆鳳は確定。武兵衛もいる。雄叫びでここまで空気が震えている。奴ら本気で斬り込んできている。

 ……本当に威嚇か?


 ……おい、まさかと思うが。威嚇だよな?


 「敵将、黒田隆鳳を含め二人、との事です」

 「隆ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ鳳ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!あのクソバカヤロォーッ!」


 瞬間、即座に頭に血が昇った俺は叫びながら傍らの刀を引っ提げて走り出していた。

 もうどうでもいい。一発ぶん殴らないと俺の気が済まん。何をやっているのだ彼奴は?!

 なんなんだ貴様は!?本当に天下人になっちまうのか!?


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