第6話 再開と対面

 太陽が3つ昇り、地表を焼く熱がもっとも高くなる時間帯。そんな時間帯にあっても、太陽光を遮る洞窟の中は少し涼しい。

 洞窟の中に作られているのは、リザードマンの家だ。

 その、リザードマンの家の中で、カルドは帽子をかぶったリザードマンと対峙していた。

「なぜお前がここに・・・・・・。いや共通言語を使わずにすむのは俺も楽でいいが」

 目の前のリザードマンとは、カルドは何度か話したことがある。黒騎士の情報を追って旅をしているカルドに対して、故郷で禁忌を犯した彼は故郷にとどまることを許されず、かといってどこかで落ち着くことも納得できなかった彼は、目的もなく放浪しているのだ。名をケケリという。

「ひさシイな、カルドよ。まエに会ったのは大陸ホくぶだったか」

 ケケリと以前であったのは大陸北部の都市だ。海にほど近いそこは、大陸中央よりも精霊の濃度が高い。そのため、大陸中央部に比べて精霊術の威力が高い。しかしその威力の高い精霊術をもってしても黒騎士を迎撃することはできなかった。

「あぁ。大体3年ぶりぐらいか。ここにお前が出てくるってことはここに住むことに決めたのか」

「イや。タしかにここには長いこと住んでいるが、コこに永住するつもりはない」

「何をもとめてここにいるんだ。前会った時は・・・・・・なんだったか」

「ホくぶで求めていたのは、セい霊をもっと効率よく使えないか、ダな。セい霊量が多いあそこならなにかあるかと思ったが。ザんねんながらあそこでは何も得られなかったな。コこではなにももとめていない。タだ・・・・・・。スこし疲れたのだ」

 種族が違うがために、その表情の違いは分かり難い。それでもケケリとの付き合いは長い。その表情には確かに疲れが浮かんでいる。

「じゃ、ここには休憩に来たって感じか・・・・・・」

{ここは我の故郷の環境によく似ているのだ}

 周囲を見渡すケケリの表情はいつもより優しい。そんな表情ができるケケリを、カルドは羨ましく思う。カルドにそんな表情で見ることのできる風景や人はないからだ。思い出してしまうのは、いつだって最後の瞬間で、それはいつ思い出しても苦痛を伴う物だ。

「で、俺の前にこうして現れたのはお前が代表者ってことでいいのか。俺はてっきりこの集落のものが来ると思っていたが」

「フむ、スこしちがう。コの代表者は後で来る。タだの通訳者だと思ってくれればいい」

「なぜお前が先に来たんだ。部外者であるお前と俺が二人きりになるのは対外的にまずんじゃないか?できれば外にある人間の村とことを荒立てて欲しくない。その可能性はなるべく下げたいんだが」

「ソの件については安心していい。モっとも、ソとから来た君からすれば、アんしんはできないだろうが」

 カルドは肩を軽くすくめる。ケケリの言う通り、人の言葉を鵜呑みにするほど気楽な旅はしてきていない。その経験から言えば、安心してくれ、と言われればまずは警戒するべきだし、甘い話には大抵こちらを騙そうとする意図が隠れていた。たとえ、付き合いの長い相手がそうだとしても油断することはできない。目の前の相手も騙されている、という可能性もあるのだから。

「ところで、お前と俺が旧知の仲だってことはここのリザードマン達は知ってるのか?」

 ケケリは首を左右に振る。

「イや、シらないだろう。ガガリゲも私のところには通訳としての役割しか要求してこなかった。アれは隠し事ができん。リザードマンの典型的な直情型だからな」

 そうか、と返したカルドは、これからのことについて考える。人間を襲わないことのメリット、デメリット。そしてそうすることで将来的にどうなるかをそれぞれ説明し、人間と争うよりも、共生することの優位性を理解させなくてはならない。

「聞き忘れていた。これから来るリザードマンはいったいどんな奴だ?その立場や性格を教えてもらえると嬉しい」

 ケケリは帽子を一度触った。特に傾いているわけでもないのに数回そうする。他人に対する評価を率直にズケズケというケケリにしては珍しいその動作に、カルドは首をかしげる。

「どうした。どんなやつがくるのかは知らされていないのか?・・・・・・それとも口止めされているのか?」

 厄介なことになった、と思う。前者ならばともかく、後者ならば少し相手を過小評価していたことになる。正確には、リザードマンが思った以上に自分を評価していたことに気がつけなかった。

 ケケリがどれだけここに滞在しているかは知らないが、言ってしまえば部外者だ。そのケケリに誰が外交を担当しているかを言わないのは、防衛上のことでは必要なことだろう。

 しかし、ケケリに外交担当者の人物像を言わないように、と釘を刺したということは、カルドがケケリにそういった情報を引き出そうとすることを想定したことになる。

 人間の世界では、異種族とは積極的に話をしようとするものは少ない。そもそも、この太陽が大地を焼く環境では、生活している土地から外に出ようとするものはあまりいない。それが直接関係しているかはわからないが、人間は結構閉鎖的なのだ。

「イや、イや、ソうではない。」

 相手の戦力を脳内で分析するカルドを、ケケリが止める。

「ハなさなかったのは、コ人的な理由だ」

{随分と楽しそうに話すじゃない。ケケリ。その人間と知り合いなの?私は別に構わないけど、目の前で理解できない言葉で話されるのってすごく不愉快だって知ってる?}

 突然、カルドとケケリのいた空間に新たなリザードマンが入ってきた。言動とは別に、その身にまとっているオーラは剣呑なものだ。これまで見てきたリザードマンよりも、輪郭がわずかに優しい気がする。おそらくメスの個体なのだろう。

{お、落ち着け。客人の前でそのようなとげとげしい空気を生み出すな}

{あら。別に構わないわよ。せいぜい目の前のトカゲが自分を食う相談をしてないかどうか心配してればいいんだわ}

{・・・・・・カルドは、あぁ、こいつだが。カルドは喋れないが蜥蜴語は理解できるぞ}

 ケケリに詰め寄ろうとしていたリザードマンが、その言葉を聞いて動きを止める。ゆっくりとその顔がこちらを向いたので、カルドは軽く手を振る。それを見たリザードマンは、口から舌をチラつかせて警戒心をむき出しにした。

 それを見たカルドは困る。何かしら弁解をしたいのだが、リザードマンの言葉は理解できるのだが、その音を人間が発することは極めて難しい。聞くところによると、喉に穴を開けてリザードマンの言葉を話すようにできるようにしたものもいると聞くが、逆に言えばそこまでしなければ人間はその音を発することができないのだ。

{ねぇケケリ。あなたこの状況分かってる?私はあなたがこの男と裏で取引していてもわからない。そしてこの会議中にその相談をしていても、私にはわからない。でも、あなたと私がなにか秘密の話をしていても筒抜けなの。そんな状況でまともな会談なんてできるわけないでしょう}

「ケケリよ。俺も同じ意見だ。少なくとも、お前は俺が蜥蜴語を理解できることは言わないほうがよかっただろう」

 カルドと、メスのリザードマンに交互に言われ、ケケリは帽子で頭を覆う。

{すまない。私が軽率だった。だがこれはこの部族の長であるガガリゲが決めたこと。この会議は行ってもらう。シェシェリもこの部族代表として自覚ある発言をするように}

 ケケリが謝罪と、今行うべきことをいう。カルドが蜥蜴語を理解できるため、双方に一気に説明するには蜥蜴語でしたのだろう。そこでカルドは今更ながらガガリゲの配慮に感謝する。

 ガガリゲはカルドが蜥蜴語を理解できるとは知らなかっただろうし、ケケリが人間語を話すことができるとも思っていなかっただろう。そのため、今はケケリの存在意義がカルドの言葉を伝えるだけになってしまう。それでは、ケケリが異なったニュアンスで翻訳し、シェシェリに伝えた場合、カルドにそれは伝わるが、シェシェリはそのことがわからないため対等な立場での交渉とは言えない。後々そのことが明るみに出れば、この交渉の場で起こったことはなかったことにされてしまう恐れもある。

 もっとも、これはガガリゲに蜥蜴語が理解できる、ということを伝えなかったカルドの手落ちではあるのだが。

{まぁいいわ。とりあえず会談を始めましょ。そっちの言い分はなに。族長からおおかたのことは聞いたけど。全く。ふざけてる。人間の集落を襲うのをやめてくれっていうのならわかるわ。代わりに食料を差し出してくれれば。こっちとしては食料が手に入ったらなんでもいいんだもの。多少ではあるけれど、人間の集落を襲ってこちらの人員に被害が出るのも事実だし}

 カルドは、考えていたことを口にするべきか悩む。ここに来る前はもう少し話が難航すると思っていたのだ。それが実際に向こうが提示してきたのはどうだ。人間を襲うことによるデメリットは理解している。今人間を襲っているのは、そのデメリットよりも、メリットが上回っているからだ、と理解した。

「まずはこちらがどうしたいか。そちらがいうように人間を襲わないでほしい。人間を襲うことによるメリットは、食料の確保。他に何かあるか」

 カルドの言葉を、ケケリが訳す。それを聞いたシェシェリが、舌を口から出し入れする。どうやら考えているらしい。

{若者の息抜き、というかストレス発散。後は小隊規模の指揮の訓練。個々人の武術訓練の実戦での成果確認。戦闘でこそ得られるお互いの信頼関係の構築。こんなところかしら}

 カルドは、シェシェリの言った言葉に内心頭をかかえる。正直ここまで出てくるとは思っていなかったのだ。想定していたのは体を動かすことによるストレス発散ぐらいで、まさか指揮訓練なんかもやっているというのは完全に予想の範疇を超えている。

(ガガリゲ、といったか?族長はここまでいってなかったぞ!!俺を油断させるためにあえて言わなかったのか?それとも族長はここまで考えてないのか?どちらにしろ完全に想定外だ!)

 とにかく、今シェシェリが言ったことを地面に書きなぐる。使ったのは持ち歩いている銃清掃用の棒の柄だ。

「次にデメリット。先ほどもそちらが言ったが、リザードマンの負傷、人間を襲うことで人間がリザードマンに反抗的になること。潜在的なデメリットとして、リザードマンの脅威のほうが、のの地に暮らす利点よりも上回った場合の人間の移住そんなところだとは思うが……。他になにかあるか」

 ケケリの翻訳が終わるのを待つ。シェシェリは、今度は首を左右に振った。

{いえ。正直にいうと、人間を襲うことで得られることしか考えてなかったわ。せいぜいが怪我人をどうにかしたいってことぐらいよ}

 シェシェリの言葉に頷き、カルドは人間を襲わない代わりに、食料の提供を提案した。

「そして、この洞窟。ズゥレが採掘できるな?それを食料の代金として人間の村に提供してほしい」

 シェシェリがケケリからそれを聞くと、その目が細くなる。

{族長は納得していたようだけれど・・・・・・。なぜそんなことをしなくてはならないの?ズゥレは硬いけど加工もしやすい金属。それを人間に提供することで、戦備を整えた人間がこちらに襲いかかってくることがない、と言い切れるの?そもそも、私たちは襲わない対価として食料の提供を受けるはず。その私たちが代価としてズゥレを渡すなんてことを、どうしてしなくてはならないの?}

 カルドは、シェシェリから見えないところで手を強く握った。正直、今この場ではここが一番の正念場だ。リザードマンたちの懸念するところも理解している。しかし

「わかっている。お前たちの言いたいことは。だが、人間の集落がこちらに食料の提供をして、物的な見返りが何もなければ、食料を新たに作る材料が買えないのだ。だから、その費用を得るためにも、リザードマンたちはズゥレを人間に提供してほしい」

 どこからか、カラカラ、というリズミカルな音が響いてきた。その音源を辿れば、目の前、ケケリからカルドの言葉を受け取ったシェシェリからだということがわかった。そして、それがリザードマンたちの笑い声であることも。

{変なことを言うのね、人間。私たちは別にこれまで通り人間を襲って食料を得られればいいの。潜在的な危険?共生することによるお互いの利益?くだらないわ。強者である私たちに、弱者である人間たちが貢ぐのは当然のこと。こちらからわざわざ武器を手渡して反撃の種を植えることは愚か者のすることね}

 襲うことによる将来的な危険性や、共生のメリットは考えられていたことを匂わしてくるシェシェリに、カルドは頭を回転させる。いや、回転させようとした。ふと、どうして自分がこんなに必死になってクローガ村を守ろうとしているのかがわからなくなったのだ。

 これまでの旅でも、異族に襲われる種族の村はたくさん見てきたし、それを見て見ぬふりをしてきた。黒騎士打倒の目標を掲げることはしていないが、誰かが黒騎士を打倒するときの手助けになれば、と黒騎士の特性を身を張って集めている。その行動に関わりのないことには背を向けてきたのだ。

 そんな自分が、なぜ・・・・・・?

 思い出すのは、クローガ村を出るときにアリアンスの言った言葉だ。黒騎士を災害と同一視する、というアリアンスの言葉はカルドに何かしらの意識の変化をもたらしていたのかもしれない。少なくとも、これまで立ち寄った場所ではこんな、無償の人助けはしてこなかった。思い当たる節がそれしかないのなら、自分の引き受けたこの場で起こっている衝突ぐらいはしっかりと解決していこうと決める。

 意識を切り替えた。前を見据える。いるのはリザードマン。わかっていることだ。いま自分がやるべきことも決まっている。だったら、それをやるだけだ。

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