第5話 潜入と交渉

 月が三つ空に昇ろうとも、砂漠の砂が冷えることはない。天頂の太陽が動かないからだ。

 しかし、月が昇れば精霊術は使いやすくなる。困るのは普段探さなければ見つけることができないような精霊が、宙を気ままに漂うことだ。

 カルドはいつもよりも騒がしい精霊をなだめながらリザードマンのいる洞窟に向かって進んでいた。

 リザードマンの本拠地に行くのだから、当然見張りがいるものだと思っていたが、道中でリザードマンと戦闘になることはなかった。

 そのことに若干の安堵と、これからのことを考え、カルドは覚悟を決める。

 目の前には、リザードマンの住処と思われる洞窟が、口を開いて横たわっている。

 

『話がしたい!!攻撃をやめろ!!』

 リザードマンの振り下ろしてくる武器をかわし、精霊をけしかけることでリザードマンを足止めする。そうしてできるだけ相手を刺激しないように心がけながらリザードマンの家を突き進んでいく。

 叫ぶのは共通言語、とされるものだ。村を定期的に襲うほどの頭をもつリザードマンがいるのだ。おそらく共通言語ぐらいは理解する個体がいるだろう、という希望的観測による行動だ。共通言語は知名度こそあるものの、話せるものはそう多くいない。 

 それは共通言語を作る際に、各々の種族が、できるだけ他種族の負担を減らすために設計したからだ。結果として、同じような発音、音の並びが、無数にあるものとして完成してしまい、正確に発音しても聞き手が誤解する、ということが多発する言語として完成してしまった。理想はそうなる前に手直しが入るべきだったのだろう。しかし、その頃、種族間の不信感を増長させる事件が発生。共通言語の利便性を追求できる環境ではなくなってしまった。共通言語はその問題を解決することなく完成とされてしまった。

 カルドの必死の叫びも虚しく、リザードマンの侵入者に対する攻勢は緩むことがない。これは精霊による時間稼ぎではなく制圧することによって指導者のもとに行った方が早いか、とカルドは判断。愛用の銃に手を伸ばした。

 リザードマンの間を、銃によって発せられた乾いた音が走る。

 しかしそれはカルドの銃から放たれたものではない。銃声はリザードマン達の間から、カルドからは離れた位置から響いた。

 すわ敵も本気で来たか、とカルドが銃声の響いた方へと視線を向けると、リザードマンを押し分けて、一体のリザードマンが歩み寄って来た。

『いや、申し訳ない人間よ。我以外のものは誰も共通言語などしゃべれんものでな』

 他の個体よりもふたまわり大きなそのリザードマンは、右手小指を伸ばした状態で差し出してくる。

『こちらも突然の訪問失礼した。そちらの言葉が話せれば良かったのだが、人間の身には少し難しい』

 カルドも右手小指を差し出す。互いに小指を組めば、初対面の挨拶となる。

『我はガガリゲ。人間の客人は久しぶりだ。話は聞こう』

『我はカルドだ。聞くだけでなく、できれば行動に移してもらえると嬉しいね』

 カルドはガガリゲが本気を出せば潰されてしまう己の小指を気にしながらそう言った。


******


『・・・・・・クローガ村の襲撃をやめてほしい?』

 カルドはガガリゲにつれられ、石でできた机と椅子に座っていた。正面にはガガリゲが座っている。

 リザードマンの族長、ガガリゲが、目を細め、怪訝そうに言った。

『ああ。できれば今のうちに。向こうの村長はここに住むリザードマンを殲滅することを俺に提案してきたほどだ。我はそんなことしたくないから、表向きはここに下見に来たことにしている』

 カルドの言葉を、ガガリゲは鼻で笑った。

『人間ごときが。何を言うかと思えば。我らを殲滅だと?万能の種にでもなったつもりか。爪も、牙も、強靭な肉体すらも持たず、ただただ群れることに特化した種族の分際で』

『そちらの言う通りだ。人間はただ群れることで事故防衛する種族だ。だが、知恵を出し、時として他の種族では考えもつかないような方法をとることもある』

 カルドは息を一度吸う。これを言えば最悪、次の瞬間には挽肉になっているかもしれない。

『我は、クローガ村に来たあんたの同胞の大部分を迎撃した。先の襲撃が失敗したときの報告は聞いているか?』

『聞いている。・・・・・・なるほど、たった一人の人間に迎撃された、と聞いたときには、任務に失敗した若者の苦し紛れの言い訳かと思ったが・・・・・・。精霊を従えることのできるそちらなら納得がいく。いや、この精霊の少ない大地でよくぞそこまで技を磨いたものよ』

 ガガリゲの言葉に肩をすくめることで返事とする。確かに、月の数でその性能を大きく左右される精霊術を習得し、実戦レベルまで鍛錬するのはかなり苦労した。なにしろ前任者が圧倒的に少ない。数少ない文献と、日々の研究の成果と言えよう。

 ガガリゲがカルドの前で首をかしげた。人間と違い、表情のほとんど動かないリザードマンの思考を読むのは簡単ではない。その細やかな仕草しか手がかりがないからだ。

『だがわからんな。なぜ人間であるそちらがリザードマンたる我らを殲滅することをしない?あまつさえ我らに警告をするなど・・・・・・。なぜそのようなことをする?』

『・・・・・・そちらも黒騎士はしっているな』

『無論。かのモノの暴虐なる振る舞いとその能力については我種族にも伝わっている』

『我は幼い頃から黒騎士の暴力の前に幾度から晒されてきた。両親をはじめ、親しかったものはその刃のサビとなった。・・・・・・我がこの力を振るい、そちらを殲滅すれば、我は黒騎士と同じになってしまう。そんなふうにはなりたくないのだ。・・・・・・このようなこと、クローガ村で言えば間違いなく村から出してはもらえんかっただろうがね』 

 カルドの前でガガリゲが腕を組む。そして口から息を吐いた。その膨大な肺活量を見せつけるように、長い時間だ。

『確かに・・・・・・。そんなことを言えば、我らの脅威にさらされている人間は、そちらが何をしにここに来るかわからんからな』

 そういったガガリゲが目を閉じる。カルドは、ガガリゲが何かを言うまで待つ。ガガリゲにすれば、カルドの話を聞く必要は全くない。村を出るとき、カルドが殲滅戦の下見にいくと誤解させて出てきたのだ。カルドが帰らなくても、村の人々はリザードマンにやられたと思うだろう。村の人間でないカルドの仇討ちをする必要は全くない。

『言ってみろ。何をしに来た』

『・・・・・・。村を襲う理由はなんだ』

『ふむ・・・・・・。我はなぜここにそちらがきたのかをきいたのだが。まぁいい。簡単だ。この周辺では食べ物の確保が難しい。だからあの村から調達している』

 ガガリゲの言葉に、カルドは呆然とした。 

「おいおい・・・・・・。そのためだけにホントにあの村襲っていたのかよ・・・・・・」

 思わず共通言語ではなく人語で愚痴ってしまったカルドをガガリゲが見る。

『いま、なんといったのだ?』

『いや、それだけの理由でホントに襲ったのか?』

『そちらも知っての通り、このあたりは草一つ生えぬ大地だ。リザードマンという種族は、まぁ、岩を食うこともできる。高山地帯に住んでいた我の父はその系統でな。昔話を聞いたことがある』

『じゃあなんで村を・・・・・・』

『岩を食うことはできるが、それはいよいよ追い詰められたとき。特に幼体のものに岩は少し酷い。だから襲う。食料を確保する。極力人は襲わんようにしておったのだが、なにしろ言葉が通じん。我としては必要以上に恨みを買いたくはないからの』

『つまり、そちらとクローガ村をつなぐ奴がいれば、そちらはクローガ村を襲うことはなくなるってことか・・・・・・』

『まぁ、そういうことになるな』

『ところで、まだ我がここにきた理由を話していなかったな』 

 ガガリゲは再び腕を組み、椅子の背もたれに体重を預けた。

『ここまでくれば大方の予想はつくがね。言ってみろ』

『村の食料品と、ここのズゥレの交易を行う。そうすれば、村はそちらに襲われるんじゃないかと怯える必要もないし、そちらも食料が手に入って万々歳だ』

『なるほど、確かにな』

 ガガリゲが億劫そうに頷く。

『だが、それはあくまでも人間の視点に偏っている。我らからすれば、襲っていれば払う必要のない代価。ズゥレと交換せねばならん。そんなことを我らがするとでも?』

『確かにそうだな。だが、まだ話は終わっていない。追加でリザードマンにはクローガ村周辺の護衛もおこなって欲しい』

 ガガリゲが、その腕で机を叩いた。石で作られた机に、ひびが入る。

『それでは話にならんな。こちらは仕事が増えているだけではないか!』

 ガガリゲの言葉に、カルドは落ち着くように手で促す。

『確かに、一見リザードマンにとっては利益がないように見える。だが、人間が食料品の生産に専念できる環境を作ることで、生産能力は向上。リザードマンもこれまで村を襲っていた人員を他の作業にあてることができる。何よりも双方が戦わなくなることで、戦闘による死傷者は圧倒的に減るぞ』

 カルドの言葉に、ガガリゲが喉の奥を鳴らす。

『確かに・・・・・・。言っていることはわかるが』

『今すぐに結論を出せとは言わない。結論を出すまではここにとどまらせてくれると助かるんだが、どうにかできるか?』

『手配しよう。・・・・・・ところで、仮にこの話を受けたところで、人間側はどうする?そちらがここにきた理由は殲滅戦の下見、ということになっているのであろう』

 ガガリゲの言葉に、カルドは頷く。

 カルドとしても、そこがもっとも頭を悩ませているところだ。最悪の場合、逆らえばリザードマンが村を殲滅するからおとなしく話を受けろ、とすることもできるが、出だしからそれでは、協力関係は長続きしないだろう。

 そして、ガガリゲにまだいっていない、大きな問題がひとつある。それを解決しないことには交易は上手くいかない。

『まぁよい。結論を出すまで、そちらにはここにとどまってもらう他ない。双方にとって、それが最善であろう』

『助かる。それともう一つ。ここの考え方を知りたいので、頭の回転の速いやつを我に貸してくれないか。できれば共通言語の話せるやつがいい』

『そうだな・・・・・・。我もそちらとずっとおるわけにはいかん。そちらも手配しよう』

 カルドは立ち上がり、その右手小指を差し出した。

『では、良い返事を待っている』

 ガガリゲは座ったままの姿勢で右小指を差し出してきた。体格差があるので、目線はそれでも同じぐらいだ。

『ああ、では返事を出すまでゆるりと待つがよい。滞在中の部屋への案内はこの部屋の部屋の外に待たせてある』

 カルドはガガリゲと小指を交わすと、ガガリゲに背を向け外へと歩き出した。


******


 カルドが部屋の外に出ると、一体のリザードマンが槍を持った状態で立っていた。尻尾がゆらゆらと揺れており、不機嫌なことがわかる。

 どのくらい前から待たされていたのだろう、とカルドが考えていると、リザードマンは体の向きを変えて歩き出した。

 共通言語で話しかけてみたが、なんの反応もない。おそらく共通言語が話せない個体なのだろう、という結論に達すると、カルドはおとなしくその後ろについて歩いた。 

 移動中、カルドは終始上を眺めていた。この洞窟に潜入してから先ほどまで、落ち着いて周囲を眺められるような心境ではなかったからだ。

 地下に住む人間の町や村を移動してきたカルドにとって、洞窟の中に作られた居住空間というのは新鮮だった。何よりも天井が高い。そう思って上を眺めていると、壁の亀裂の中から、まだ小さなリザードマンが飛び出したりすることもある。人間が作った地下よりもだいぶ無秩序なのだ。案内がなければすぐに迷ってしまうだろう。

 そうして歩いていると、前を行くリザードマンが立ち止まり、一つの亀裂をその槍で指した。

 ここに来るまでに、亀裂の中から人の出入りを見ていたカルドは、それを入れ、という指示だと解釈した。

 そして、頭を下げ、亀裂の中に入っていく。窮屈な思いをしたのは一瞬で、そのすぐ後には広い空間が待っていた。

 思わず感心していると、外からリザードマン同士の会話が聞こえてきた。

 トカゲ語を理解することはできるが、部屋の入り口の会話を聞き取るだけの聴力はない。ただ何か話している、ということがわかるのみだ。その会話は長い間続いた。

 やがて、その会話は一方が一方的に打ち切るような形で終わり、カルドのいる空間に誰かが入ってくる気配を感じ取った。

 やがて、カルドの部屋に入ってきたのは、リザードマンには珍しく、帽子をかぶった個体。

「おそクなった。スまん」

 そして、その帽子をかぶった個体の口から発せられたのは、聞き取りにくかったが、確かに人間の言葉だった。

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