第7話 放棄と締結

 周囲を土の壁で覆われた部屋の中に、人影が3つある。人型のものが一つと、トカゲ型のものが2つだ。3人は車座になって座っており、人間が話した言葉を、帽子をかぶったリザードマンが訳してもう一人のリザードマンに伝える、ということを行っている。対して、リザードマンの方の言葉を人間は理解できるのか、帽子のリザードマンの力を借りることなく、対面に座ったリザードマンの言葉のみを聞き、言葉を放っている。

{はぁ・・・・・・めんどくさい}

 それは、本当に突然だった。

 カルドの目の前でシェシェリがため息をついたのだ。散々にらみ合った後で双方ともにため息をついて笑いあったことなら戦場で何度か経験があるが、シェシェリは本当にいきなりため息をついた。ため息をつくまでは普通に話していたのだ。

{族長に言われて今までやってたけど、いろいろ考えるの面倒だわ。ほんとに面倒。もういいわあんたの言う通りで。こっちは手出ししないから、そっちも手出ししないでね}

「そんな適当でいいのか・・・・・・?」

 シェシェリの言葉に驚いたのは、カルドだけではないようで、ケケリもカルドの隣で瞳を大きくしていた。

{いーのいーの。いい加減こっちも人間襲うことで得られる経験なんてなくなってるところだったし。一回の出撃でうちの部族の若者が怪我する回数の方が少ないんだし、出撃して戻らなかったってこともないんだから。こっちとしては無条件で受け入れてもいいぐらいの話だわ}

「アれ、絶対にめんどくさくなっただけだな」

「やっぱりそうなのか」

{二人して私のこと悪く言ってるでしょう。そのくらいは人間の言葉がわからなくても想像できるわよ。ともかく。私は私でやることがいっぱいあるの。男どものくだらない政治争いやら利権争いに興味ないから。ゲゲリゲには私から言っておくわ。人間の村周辺の警護もやってあげる。もっとも、警護、というよりは何か不穏な行動を取っていないいかの警戒監視のついでになるけどね}

 シェシェリはそう言うと立ち上がり、部屋の入り口に向かって歩く。部屋からもうでる、といったところで、、シェシェリはいきなり立ち止まった。

{あ、でも。もしもそっちがこっちにだまし討ちをしてきたら容赦なく殺すわ。そのときは生き残りを監督してこの灼熱の大地の上で干からびるまで使役するからそのつもりで}

 シェシェリの言った言葉の鮮烈さに思わずカルドが固まっていると、シェシェリは今度こそ部屋から出て行った。

 シェシェリが部屋から出て行ってからも、しばらく何も言わなかったカルドとケケリだったが、カルドがため息を漏らすと、お互いに体を弛緩させた。

「ダそうだが?」

「本当にいいのか?これ俺騙されたりしてないか?・・・・・・正直この後あの村の人間が襲われても俺が知ることはないから別にいいんだけどさ」

 それでも、やはり自分のせいでリザードマンから奴隷支配を受ける人間の村を作ったとあれば自分の意図しないところで汚名が広がってしまう。噂というのはなかなか侮れないもので、大事なときに限って足を引っ張るものだ。

「ソの点については問題ないだろう。イまこの時点でお前を騙したところで、我らには大した利益がないからな。コん回のことで決まったことといえば、人間を襲って食料を得る代わりに、ズゥレとのブツブツ交換になるということ、人間の集落の警護をするということぐらい。・・・・・・フむ、実際口にするとこれはひどいな。ケッ構損している気がする。ムしろ人間に有益すぎんかね、これは」

 カルドも今回の交渉で決まったことを考えるが、確かに人間に有利すぎる気がする。というよりも、間違いなく人間側に一方的に利益の傾いている交渉だ。正直、こんなものは交渉とすらいえない。たかっているのと同じだ。

「やっぱりガガリゲに言って条件を詰め直してもらおうか・・・・・・」

「イや、それには及ばない。ソんなことをすればシェシェリの立場がなくなる。カの女がそう言ったのだから、交渉の結果は結果として受け止めるべきだ。ソれに人間側にしてみればいいことなのだろう?」

 ケケリの言葉に、カルドは村の人間の依頼を思い出す。

 正直、この結果を聞いても納得はしてくれないだろう。

「今回のことで人間とリザードマンが交流して、なにか問題が発生すれば、協力して問題を解決してくれるぐらいの連帯意識は持って欲しいものだが」

 クローガ村は田舎の農村を体現したような村だ。これが商人の多くいる貿易都市であれば、利益を優先してことに当たるので、リザードマンを無下にすることはないだろう。しかしクローガ村はそうではない。これほどの好条件であっても、身内を失った悲しみと、奪ったものに対する恨みによって、リザードマンに危害を加える恐れもある。

 そういった危惧があったからこそ、リザードマンには3回までは目を瞑って欲しい、といったのだが。今のクローガ村の人間たちが、どれほど抵抗しようとも、地上で長時間活動できるリザードマンの方が圧倒的に有利だ。カルドの希望としては、ズゥレをリザードマンから受け取った人間が、そのズゥレを売って少しでも村の発展に生かしてくれればいいと思う。

「せめて、ズゥレを売る相手ぐらいは用意してやりたかったが、俺にはそんなコネないからなぁ」

 どうにかならないか、と頭をかきながら呟く。

「ソんなことよりも、お前は村に帰ってから村人たちを説得する心配でもした方がいいのではないか?」

 頭をかいていた手が止まったのは、ケケリがそう呟いたからだ。

「な、何を言っているんだ」

 ケケリが鼻から勢い良く呼気を吹き出した。長年、と言えるほどの付き合いではないが、会うたびに厄介ごとに巻き込まれ、濃厚な時間を過ごしてきたカルドは、それが呆れているのだとわかる。

「バれないとおもったのか?タしかに人間のことはよくわからんが、少なくともお前のことはわかるぞ。ドうせ、村の人間たちにはこの巣を破壊して、リザードマンを皆殺しにしてきてくれ、とでも言われているのだろう?」

 あまりにも見抜かれているので、カルドは観念した、というように両手を頭の横にあげた。

「その通りだよ。どこまでよそ者の俺に責任を押し付ける気だろうな?人間と交流してない、あんな小さな村にいれば当然だが、人間以外にも自意識があるってことを考えて欲しいものだな」

「ソの言葉、初めて我とあったお前に聞かせてやりたいな」

 過去の自分を思い出させるケケリの言葉に、カルドはそっぽを向く。

「昔のことは言うなよ」

「スまんすまん」

 はぁ、とため息をついたカルドは、立ち上がる。あえてケケリの方は見ない。どうせリザードマン特有の、目を細めた笑みの表情を作っている、ということがわかるからだ。

「ま、それは俺の役割、俺が責任を持ってやることだ。ケケリが気にすることじゃないさ」

「ダれも気にしてなどいないさ。人間が勝手にやることだからな」

 ケケリも立ち上がり、二人で部屋の出口へ。

「人間が勝手にやること、ね。確かにそうだ。じゃあな。ガガリゲによろしく言っといてくれ」

「アぁ。ソうするとしよう。コれから太陽の下を通ってまた人間の村に戻るのだ。気をつけろよ」

「はははっ!!」

 ケケリには失礼だが、ケケリの言葉を聞いて、カルドは思わず笑ってしまった。それと同時に、部屋の外に向かっていた足が止まる。

 カルドが笑ったのを見て、ケケリの尻尾が一度地面を叩く。気分を悪くしたリザードマンが思わず取る行動だ。確かに、心配した相手がその言葉を聞いて笑い始めたら自分も同じような気分になるだろうな、と思いながら、それでも笑い声は続く。ついにケケリがからだをカルドに向け、カルドの胸ぐらをつかむ。

「・・・・・・ヒとが心配しているのに笑うとは失礼な奴だな」

「いや、悪い悪い。だがお前の好意を笑ったんじゃない。この土地で、本当に俺の心配をしてくれるのが、同じ種族の人間じゃなくて、他種族のお前であることが不思議でな。思わずわらってしまった」

 ケケリの鼻から勢い良く呼気が噴出される。胸ぐらをつかまれているせいで、その鼻息をもろに顔面に受けてしまったカルドだが、それは自業自得だろう。ケケリはカルドから手を離すと、その腰に手を当てる。

「クだらん。タしかにお前は他種族だが、この土地の生まれでない異邦人であることは共通している。ソういう意味では、我はこの土地の誰よりもお前に同族意識を持っている」

 なんの心構えもしていなかったところに飛んできたケケリの攻撃に、カルドは頬が緩むのを必死で抑える。

「お前がそんなに思ってくれてるとは想像してなかったぜ。ありがとう」

 ケケリの肩を軽く叩けば、ケケリも自分が何を言ったのか思い返したのか、カルドの足を尻尾で軽く叩き返してきた。それがケケリなりの照れ隠しであることは、カルドにもわかっている。ケケリ同様、カルドもケケリのことは他種族であろうとも親しくない同種族のこと以上にはわかるのだ。

「スなおに礼など言うな、気持ち悪い。ソして何よりお前らしくないわ」

 ケケリは部屋から出る唯一の扉を開くと、カルドよりも一足先に部屋から出て行く。

「・・・・・・さて、俺も仕事の続きをするかな」

 これからクローガ村で待っているであろうことを考え憂鬱になったが、だからといってここにいつまでもいるわけにはいかない。

 その後、帰り道が分からないことに気がついてケケリを必死で追ったのは別の話だ。

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