第2話 起床と詳細

 今の雇用主が、カルドの知らないうちにカルドを解雇していた。さらに今滞在している村で雇うことに勝手に許可を出したことに対する真偽を確かめようと、酒場に入ったカルドではあったが、酒場での客たちを見て後悔した。相当に酔っ払っている。これでは話にならない。

 これは日を改めんといかんな、と思い、酒場を出ようとしたカルドだが、その肩を何者かに掴まれた。

 酔っ払いに絡まれることほど面倒なことはない。逃げるに限る。そう思い、拘束を振り払おうとした。

「おぉぉい!俺らの英雄様のご登場だぜぇ!!」

 振り払おうとしたカルドの耳に響いたのは、酔っ払いのその声だった。

 その声を聞いたカルドは、まずい、と思った。酒で理性の飛んでいる野郎どもは、とにかくめんどくさい。

 幼少の頃にいた傭兵団でそのことを嫌という程わかっていたカルドは、この後の展開も嫌という程わかっている。

「おせぇじゃねぇか!英雄殿!」

 声を張り上げた男とは別の男の腕がカルドの肩にかかる。そして、それを皮切りに、酔っ払いどもが次々とカルドに群がってくる。

 その酔っ払いどもを見た瞬間、カルドは覚悟を決めた。



   ******

 翌朝、痛む頭を押さえながらカルドが目を覚ましたのは、柔らかなベッドの上だった。状況が掴めずに混乱する頭で、とりあえず愛用の銃があることを確認する。

 銃があることを確認すると、そのほかの持ち物を確認していく。全ての持ち物がなくなっているわけではないことを確認すると、カルドはさらなる混乱に巻き込まれた。ただ、わかっているのは今すぐに訪れる命の危険がないであろうことだけだ。

「あ、起きましたか!」

 そんな時、カルドの部屋にノックもなしで入ってきた人影があった。格好が違うので一瞬わからなかったが、昨日のアリアンスという女だ。

「おい、どういうことか説明しろ」

「あ、馬車なら既に次の目的地に向かって出発しました。カルドさんには用心棒として働いてもらいますね!」

 屈託のない笑顔とともに言われ、カルドはただ呆然とするのみだった。

 頭の中では言葉にならない疑問が入り乱れている。そんなカルドをよそに、アリアンスはなにやら色々と説明している。呆然としているカルドにわかったのは、これから村長のところに連れて行くので、用心棒としての詳細はそこで聞いてくれ、ということだけだった。


******

 地下世界における家がどのようなものかは玄関を見ればだいたいわかる。陽の光を遮るための場所を作る際に最もはじめに作られるのは地下へと続く通路であり、個人の居住はその後に作られるためだ。

 通路から掘り広げていき、通路との境に扉で仕切りをする。それが個人の部屋だ。そのため、個人の家を判断するための材料は、玄関の扉の色や形しかない。

 村長の部屋の玄関はなかなか凝った作りをしていた。この陽光大陸では貴重な木版を扉に使用しており、その扉には繁栄と不屈の象徴であるグロゥアンの木が描かれている。

「はいりますよー?」

 アリアンスがノックをしたのちにドアノブをゆっくりと回して扉を開ける。

 アリアンスに促されて、村長の部屋の中に入ると、火行の精霊が踊る部屋の中で、安楽椅子に腰掛けた老人が穏やかな表情でこちらを見ていた。

「あなたがカルドさんですね?」

 しゃがれているが、温かみのある声が老人の口から発せられる。幼い頃に世話を焼かれた世話係を思い出す。傭兵団の中では前線を引退し、指揮することに専念していた団長の次に年齢を重ねた『人』であり、獣人の血も引いていた人だ。傭兵団に所属していたほとんどの人はその人に面倒を見られているため、団長ですら頭の上がらなかった存在だ。

 居心地の悪さの中に落ち着いている自分を感じながらカルドが頷くと、老人は少し肩を小さくした。

「よかった。あなたの雇い主の方には申し訳ないことをしました。黒騎士を追い払うほどの腕前の用心棒を手放して、さぞや心細い思いをしながら旅を続けていることでしょう」

 肩を小さくしたのが、申し訳なさからきているのだと理解したカルドは、首を左右に振る。

「いや、そんなことはないだろう。今も日に焼かれながら馬に鞭を振るっているさ」

「そう言っていただけるとありがたい。・・・・・・さっそくで申し訳ないが、この村に留めるようになった経緯を説明させていただきます。実は村の近くに洞窟がありまして、そこからリザードマンが襲ってくるのです。そのリザードマンを殲滅していただきたい」

 この穏やかな老人から、殲滅、という物騒な表現が出てきて、カルドは驚く。同時に、傭兵団の世話役を再び思い出してしまう。あの人も穏やかな顔で物騒なことを軽く口に出す人だった。

「殲滅?迎撃ではダメなのか」

 リザードマンは人間と同じく社会を構成して生きている生き物だ。それを殲滅するとなると、とてもではないが一人では無理だ。近くの洞窟から、と村長は言っていた。そこにどれくらいのリザードマンがいるかもわからないのだ。安請け合いはできない。

 そのことを説明すると、村長は部屋の中で踊る火行の精霊を見つめていた。

「・・・・・・わかりました。迎撃で構いません。しかしそうなると用心棒としてこの村に滞在していただくことになるが、宜しいかな?」

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